第21話・無理なのはわかっているが……

 おいもさんが悪漢に追われて地球に転移してきたのは、すでにわかっている事実。


 その時、異世界からおいもさんを送り出したのが京地きょうじショウマとその仲間、つまり若い頃の私の親父たちだ。


 そしておいもさんを追って、京地ショウマも転移するのだが……仲間の計算ミスでに出現してしまったらしい。


「なんで一緒に転移しなかったの?」

「それがな。厄介なことに、一つの転移門ゲートにつき一人しか通れないんや」


「でな、仕方ねぇから世界中飛び回って、コイツが転移しそうな魔力の多い場所を探してたんだ」

「あ、じゃあ、戦場カメラマンやってた理由って……」


「戦場みたいに怨嗟えんさ渦巻く場所には“魔力が噴きだしていることが多い”。戦場カメラマンはうってつけの仕事だったんだよ」


 親父は『逆にいえば、過剰な魔力のせいで好戦的な人間が増えてる可能性もある』とつけ加えていた。


 人に歴史ありとは言うけれど……私は十七歳にして初めて、親父の過去に触れていた。


「そっか。そして日本にいる時に母さん出合ったんだね」

「おう、あまりに暇だったんでちょいと結婚した」

「え……その言い方ってひどくない?」


 暇だから結婚するって、人格疑うレベルじゃん。


「安心しろ。史上まれに見るほどの大恋愛をしたぜ。とろけるほどの濃密な時間を過ごし、愛を確認した上での結婚だ」

「「ね~」」


 いい年した夫婦が顔を合わせて『ね~』とか、少なくとも子供の前ではやめてほしい。


「……それ、真顔でいうなよぉ」


 聞いてるこっちが恥ずかしい。クミコたちもどんな顔をしていいかわからず、ひきつった笑いになっていた。


「あら、みんな飲み物がなくなったわね。おかわりいる人?」


 しかしそんな中、のんきなのか図太いのか、母さんは平然として普段とまったくかわらなかった。自分の親ながら感心してしまう。


「あ、いただきま~す」

「あーしも大盛りで。タケルは?」

「あ、僕もお願いします。」

「はいはい。ショウマさんは?」

「そうだな、興も乗ってきたし、をたのむ」


「……なんで素直にビールっていえないのよ」


 普段からもうちょっと真面目にやってくれればいいんだけど。こっちを見て『飲むか?』なんていってくるし。


「あとさ、ちょっと気になったんだけど」

「なんだ?」

「さっきいってた『日本やイギリスを潰した』ってなんのこと? 異世界の話だよね。なんで日本が出てくるの」


 その時、親父とおいもさんが顔を見合わせてニヤリと笑った……ように見えた。


「嬢ちゃん、いきなり知らない場所に放り出されたと想像してみい」

「うん……」

「でな、そこに日本人と欧米人とよくわからん国の人がいたとしてや。嬢ちゃんなら、その中の誰に話しかける?」

「そりゃまあ、日本人でしょ」


 それが当たり前じゃないのかな? 少なくとも私は、その状況で日本語が通じない人に話しかけることはないと思う。


「そういうこっちゃ」

「どういうこっちゃ」


 思わずエセ関西弁でつっこんでしまった……。いったいなにが言いたいんだ、おいもさんは。


「ああ、そうか!」


 と、右こぶしを左手の平にポンッと叩きつけるクミコ。言葉の意味を理解したのだろう。


「クミぃ~。どういうこっちゃなのよ~」

「言葉がわかる民族同士が集まればコミュニティができて、それがやがて国になるってこと」


「その通り。日本人が集まってできた国、アメリカ人の国、ドイツやイタリアやイギリスと、八十年の歳月をかけて異世界に地球と同じだけの国家ができていったんや」


 なるほど、言われてみればそれが自然な流れなのかもしれない。


 そうなると国ごとの建物や文化も地球の“それ”に似てくるわけで……ちょっと面白そうな世界って思ってしまった。


 しかし、どんな世界でも人間の欲ってものは尽きないらしい。親父たちは、そんな欲深い国家間の争いに巻き込まれてしまったそうだ。


「でな、日本とイギリス、そして王家のひとつが結託して、その世界を牛耳ろうとしたんだけどさ」


「それをワイらが計画ぶっ潰して、ついでに国を三つ崩壊させたっちゅー話や」


 なんか異世界でめちゃくちゃやってんな~。と思ったけど、この二人を見ていると、不思議と当然のような気がしてくる。なんだかんだでいいコンビだったのかもしれない。


「その国の生き残りが、昨日私たちを襲ってきた日本なんとかの人なのね」


「ああ、そやな。あの時とり逃がした山南やまなみの野郎が、日本やイギリスの好戦的な連中を束ねて国もどきを主張しているみたいやで」


「……あんの野郎。懲りずにそんなことしていやがったか」


 と、怒り心頭の親父。深い因縁がありそうで聞くに聞けない雰囲気だった。


「ああ、それからや。学校を襲ってきたヤツと、昨日の連中は別組織やで」


「たしかに、王宮魔術師と軍曹って同じ組織の肩書には思えないな……」


 と、補足するクミコ。


「つまり、おいもさんは複数の国から狙われているってこと?」


 エネルギー源としておいもさんを狙う国もあれば、恨みで狙う国もある。


 他にも別の理由で狙ってくる国や組織があるかもしれない。


「どうやろな。いずれにしても、目的の為には地球人がどうなってもかまわへんってのが、ヤツらの共通認識や」


「異世界人だってもともと地球人じゃん。なんでそんな酷いことできるのよ……」


「嬢ちゃんたち、それからショタ坊もよく覚えとき。世の中には話の通じない相手がぎょーさんおる。言葉は通じてもな、その先が壁なんや」


 それは言われるまでもなく、ここ数日の異世界人との戦いで、しみじみと感じたことだった。


「無理なのはわかっているが、あえて言うで」


 多分、親父もおいもさんもそういう世界で生きてきたのだろう。


「まったく話が噛み合わず、主張ばかりで耳も傾けない。そんな敵に遭遇したら、迷わずに殺せ」


 だからこの平和な時代(注)に『殺せ』なんて言葉が簡単に出てくる。


 もしかしたら、これが親父のいう『魔力が人を好戦的にする』ってことなのかもしれない。


「でなければ、いつか大事な人を死なせてしまうぞ」


 でも、明確に『それは違う』と反論できない自分がいることも確かだった。


 敵の姿が見えてきたのはいいんだけど、私はこの先、こんな気持ちで戦うことができるのだろうか?






――――――――――――――――――――――――――――

(注)平和な時代。

 『戦争のない日本において』が前提の言葉。もうちょっと深い言い回しもありましたが、それだと”年相応の発言“にならないため、本文中ではあえてこの表現にとどめています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る