第19話・〇〇〇〇覚醒。

 下段から上段へと太陽が昇るように蹴り上げる技。その名も……


「神楽流・昇陽脚しょうようきゃく

「はぁ? 魔法を蹴り飛ばしただと……女、お前はいったいなんだ」


「通りすがりの黄泉がえりJKだ、覚えておけ!」


 どこかで聞いたセリフをBGMに、黒い球は空高く上がって川の真ん中あたりで破裂した。


 飛び散る魔力はキラキラと光り、知らない人には真夜中に上がった花火に見えるだろう。


「おいもさん!」

「よっしゃ、30秒。バッチリや」


 その瞬間、目の前で起こったことなのに、なにがどうなったのか私もクミコも理解が追いつかなかった。


 グッタリとしたままクミコに抱かれていたあまぐりは、突然白い煙に包まれたかと思うと……


 ――ぽんっ!!


「「ふう、やっと自由に動けるでござるな」」


 ――



「ちょ、あまぐ……」

「はぁ???」


 これには私もクミコも絶句し、ぽか~んと口を開けてしまっていた。


「「よっ、アカリ殿。待たせたでござるな」」


 月明かりに照らされて黄色く光る眼。そして細マッチョに引き締まった体躯とキラキラと流れる髪としっぽ。


「あ、はい。ども……」


 って、え? なにがいったいどうなって……いや、それよりもその……


「その声っておいもさん?」

「「思考の半分はワイやからな。声も半分ワイになるみたいやで」」


 いやいやいや、あまぐりの中においもさんが入って獣人化したってこと? って、ああもうなんだかわからん!


「「アカリ殿の回復はおいも殿の抜け殻を……いや、抜け石を持っていれば大丈夫でござる」」

「「ちょいまてや、そこ言い直さんでええやろ。石差別やぞ、まったく」」


 声が二重に聞こえる。二人同時に話しているような感じだ。


「半分がおいもさんなのよね。ってことは、『ござる』な爽やかイケボがあまぐり?」

「「その通りでござる、アカリ殿」」


 と、投げキッスをするあまぐり。……なにこのめちゃくちゃな展開。


「覚醒したあまぐりってイケメンよね~」


 と、のんきなことを言うクミコ。でも、マジでアイドルなんて目じゃないルックスだ。子犬の時はあんなに可愛いのに、獣人になったらイケメン青年って反則過ぎる。


「あ……」


 そういえばおいもさんが『あまぐりは人間年齢で二十四歳』って言っていたっけ。


「アカリん?」

「うああああ……」

「ちょっと、頭抱えてどうしたの?」

「ああああああああ!」


 ――あまぐりとお風呂入って、赤ちゃん言葉で話しかけていたのを思いだしてしまった。


 ――首や胸をぺろぺろとなめられて『くすぐったい』と喜んでいたのを思いだしてしまった。


 ――最近寒くなってきたから布団の中に入れて抱きついて寝たのを思いだしてしまった。


 ……それら全部、アイドルイケメン二十四歳の彼を相手にしていたなんて!


 恥ずかしさMAX。顔が真っ赤に火照ってシューって湯気がでて心臓がドキドキバクバクやばい。


「う、心臓吐きそう」


「もう、なにがあったのさ……」



 そこからは完全にこちらのターンだった。あまぐりの身体能力とおいもさんの魔力で白装束の男を圧倒し、完膚かんぷなきまで叩き潰していた。


「なにこれ……」

「マジ強よっ」


 私とクミコに向かって、犬歯をキラリとさせながらサムズアップするあまぐり。


「「嬢ちゃん、残心や」」

「……は?」

「「残心の要領で、嬢ちゃんの中にある回復魔力をこの男の身体に残してくれ」」


 なんか難しいことをあっさりと簡単にいってくれちゃって。


「「それで中身を追いだせると思うで」」

「ちょっと待って。それだとアカリんが回復されなくなるんじゃ……」

「「安心せい、ギャル子。ワイの魔力は無限や。その程度で影響はない」」  


 理屈はよくわからないけど、死体に回復魔力を入れることで身体が蘇生され、乗り移った人は追い出されてしまうそうだ。


 もっともこれは異世界人の誰にでもできることではなく、おいもさんの無限魔力と、魔力を“とどめる”残心があってこその芸当だといっていた。


「「魂が抜けきった死体が生き返ることはあらへん。中身を追い出したら、葬儀場へ直送ドナドナやで」」

「ああ、そうだ。このあとまだ運ぶ作業もあるんだった」


 せっかくだから、死体をあまぐりのパワーで運んでもらおうと思ったんだけど……世の中そんなに甘くはない。


「「アカリ殿。これからは、なんでも拙者にまるっと任せるでご……ざ……」


 ――ぽんっ!!


「きゃうん」


 突然煙につつまれ、決めゼリフの途中で子犬に戻ってしまったあまぐり。


「いや~、まさか獣人化するとは思わんかったで。身体能力も高いし、いやいやいやいや、これは新鮮やったわ~」


 そして石の身体(?)に戻ったおいもさん。なにひとつ普段と変わらない調子だ。


「おいもさん、今のは?」

「見ての通り、ワイがあまぐりに乗り移ったんや」

「あまぐりが魔力持ちだったとは……」


 そして、おいもさんが入っていられるのは約3分ってところか。


「ねね、おいもさん」

「なんや?」

「おいもさんが白装束の中に入って走れば早いんじゃない?」


 我ながらナイスアイディア。


「あんな~、嬢ちゃん。そんな簡単に出たり入ったりできるもんやあらへんのや」

「そうなの?」

「そもそも、ワイを死体から追い出すだけの魔力をどうやって確保する気なんや?」


 そっか。死体には意思がないから乗り移ったままになるし、おいもさんを追い出せるほどの魔力を持つ人はまずいない。


 つまり、乗り移ったら死ぬまでその身体でいなければならないわけで……イケメンにこだわるのはそのせいか。



 結局レナとタケルを起こし、四人でかついで運ぶことになった。



「空が白んできたにゃ」

「ヤバイって、急ごう」

「アカリちゃん、引きずってるよ~」



 秋暁しゅうぎょう(注)に 心臓ドキドキ 死体ドナドナ [琴宮アカリ・心の俳句]



 結局、汚れてボロボロの白装束のまま棺にもどしてミッションコンプリート。


 戦うよりも重労働だった死体運びを終えて、私たちはコンビニの駐車場にぐったりと座り込んでいた。


「マジでパナイにゃ~」

「きっつ……もう動きたくないわ」

「もう、僕が寝ている間になにがあったんですかぁ」


「でもさ、あんな汚い状態で戻して大丈夫なのかな?」


 さすがに『なにがあったんだ?』と目を見張るレベルの汚れと損壊そんかい具合だ、親族が気づかないはずがない。


「ああ、大丈夫や。叔父たちは気がつくやろうけど、多分見なかったことにして蓋を閉めてしめて終わりや」


「あのさ、ひとつだけ言いたいんだけど」


 と、真剣な顔で話し始めたクミコ。


「アカリん、親族殺しを隠すのが、本当に子供の為だと思ってる?」

「え……」

「その子が成長して善悪の判断がついた時、母親や叔父のやったことで苦しむと思うよ」

「それはそうだろうけど……」


 どっちが正しいかなんてわからない。世間的にはクミコの考えの方が正しいって言われるかもしれない。


 それでも――


「私は、成長するために今は隠すべきだと思うんだ」


 最初はクミコと同じ考えだった。罪は罪、警察に行くべきだと。


 でも私には、将来の為に今を犠牲にする生き方を、あんな小さい女の子に強いることはできなかった。


 今を生き抜かなければ、将来はないのだから。



 ——ズキンッ!!!!!!



っ」


 突然、右のカカトに激痛が走った。黒い魔法球を蹴飛ばした時に、私の方にもダメージがあったのかもしれない。


「アカリん? どうしたの」


 カカトは真っ黒に変色し、神経がむき出しになったような痛みがある。


 同時にめまいを感じ、この薄寒い気温の中で汗がダラダラと流れ始めた。


「アカリ、どうしたにゃ?」

「なにその汗。タケルちょっと看てて。タオル買ってくる」


 私はそのまま倒れてしまったようだ。


「アカリちゃん? ねえ、アカリちゃんってば!」


 ほほに冷たい地面を感じながら、目の前が暗くなっていった。






――――――――――――――――――――――――――――

キャラクターイメージイラスト:あまぐり→https://kakuyomu.jp/users/BulletCats/news/16818093090262564199


(注)秋暁[しゅうぎょう] 秋の夜明けを表す季語


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る