第18話・クミコの機転

「嬢ちゃん!」

「アカリん!」


 アスファルト道路に叩きつけられ、ガゴンッって感じのがして、私は数メートル転がさてれしまった。


「痛ってぇ……」


 空手着にも魔力を付与しておいたから外傷はない。それでも叩きつけられたダメージを全て吸収しきることはできず、背中を強打して一瞬呼吸が止まった。


 そのあとも180センチの体躯から繰り出す攻撃はかなり強烈で、ガードしても衝撃が骨の髄まで響いてくる。


「魔力で全身をおおっているんや。攻守ともに数段能力が上がってるはずやで」

「おいもさん、それ……」


 私にもできる? と続ける前においもさんから返事がきた。


「ああ、無理や。ワイは嬢ちゃんの回復で手一杯やねん」

「やっぱり。そんな気がしてた」


 でも、おかげで食らったダメージはすぐに回復して、次の攻撃には影響がない。常に全力で動いていられるのは大きなアドバンテージだ。


 ま、痛いけど。……めっちゃ痛いけど。


 クミコの方をチラリと見ると、当然ながら劣勢だった。相手は二人。一人が盾となってつっこみ、もう一人がそのうしろから攻撃を仕掛けてきた。


 避けきれずに突進を喰らい、あとずさるクミコ。その場にひざをついてうずくまってしまった。


「あれぇ、もう終わり?」

「ねね、このあといいことしない? ホテルもあるしさぁ~」


 ――その時、“ズドンッ”と重くこもった音が響く。


 うかつに近づいたチョズいたバモス・弐号は吹っ飛び、道路の真ん中辺りに落ちて動かなくなった。


「なんやあの威力は」

「エアガンを撃った……んだよね?」


 BB弾には、すべて同じだけの魔力しか付与していない。どの弾を撃っても攻撃力は変わらないはず。


 ……しかし今クミコが撃った一発は、段違いに威力があった。


「クミ、なにやったの?」

「これ……」


 と見せてきたのは、キラキラとデコりまくったスマホ。


 私はここにくる電車の中で、みんなの持ち物すべてに魔力付与を行った。


 スマホや生徒手帳、ボールペンにいたるまでとにかく全部……いや、タケルの下着だけは妙な罪悪感があってできなかったけど。


「スマホリングにさ、こうやって……」

 

 なにをやったのかわからずクミコを見ると、彼女は落下防止用のリングに銃口をあてて見せた。


「ああ、そうか。レナの対戦車ミサイル!」

「正解」


 あの時レナの球は、魔力がたまっている私の手のあいだを通って爆発的に威力とスピードが上がった。


 そしてクミコはそれを再現したにすぎない。


 魔力が張られたスマホリングを通すように撃ったBB弾は、レナの球と同じく段違いの威力でチョズいたバモス・弐号を吹き飛ばしていた。


「ギャル子、おまえ……」

「どう? れたでしょ」

「う〜む……」


 想像すらできない機転に言葉を失ったのか、おいもさんは感心して唸るだけだった。


「くそったれ。なにしてくれんだよ!」


 チョズいたバモス・壱号は、弐号が完全に気を失っているのを見ると逆上して襲いかかってきた。


「クミ!」

「あかん、魔力の爆発をもろに受けて動けないんや」


 しかし、撃ったときに発生した爆発の反動が強すぎたのだろう、膝をついたまま動けないクミコ。


「――クミ、逃げて!」


 どうやっても間に合わない。チョズいたバモス・壱号の手には、キラリと光るナイフが握られている。


 そして、その凶刃がクミコを刺しつらぬこうとしたその時――


「ガァァァ……」


 あまぐりはクミコのフードから飛び出すと、チョズいたバモス・壱号の鼻に噛みついた。


「あまぐり」

「ナイスやで!」


 ジャケットフードの中に子犬が潜んでいるとは思いもよらなかっただろう。


 なにが起こったのか理解が及ばないチョズいたブサ男・壱号は、慌てて顔からあまぐりを引きはがす。


「なんだこいつは?」


 しかし、いくら気合が入っていても子犬は子犬。力及ばずそのまま地面にたたきつけられてしまった。


「ぎゃんっ……」


 と短い悲鳴を上げると、その場で動かなくなるあまぐり。


「このクソ犬が……」


 と、チョズいたバモス・壱号があまぐりを踏みつけようと注意を向けた一瞬、クミコはそのスキを見逃さなかった。


「アカリん直伝……」

「あ、あれはっ!」


「横蹴り!!」


 かかとを上にして、足を真横に蹴り上る。だけどハイキックみたいに高く蹴り上げる必要はなくて、要は……


 


 以前私がクミコに教えた護身術のひとつだ。


 そして横蹴りは見事ど真ん中、ストライク! チョズいたバモス・壱号は声にならない声をあげ、悶えて転がった。


「嬢ちゃん、今や!」


 私は白装束に飛び蹴りを食らわせ……と見せかけて股の間をするりと抜けると、そのままクミコの前に転がり込んだ。


「クミ大丈――」

「ウチよりあまぐり、早く!」


 よほど力一杯叩きつけられたのだろう、意識はあるけど体が痙攣けいれんを起こしていた。


「あまぐり……どうしよう、おいもさんどうすれば」

「嬢ちゃん、おちつけ」

「だって、あまぐりが……」


 おいもさんはあまぐりをじっと見ると、落ち着いた口調でゆっくりと話しだした。


「あまぐり、なにか言うことはあるか?」

「きゅ……きゅうん……」

「そうか、そうやと思っとったわ。よっしゃ、ワイに任せとき」


「……え、なにを話したの?」

「嬢ちゃん、ワイをあまぐりに近づけてくれ。ほんでな、30秒でええ、稼いでくれ」


「え、どう言うこと?」

「ええから早くせい! あまぐりを助けとうないのか?」


 そこまでいわれたら、訳がわからなくてもやるしかないだろう。私はあまぐりにおいもさんを抱かせ、クミコに預けた。


「30秒ね……」

「ああ、嬢ちゃんもワイから離れすぎるんやないで」


 白装束の男は魔法の詠唱を始めた。なんの呪文かわからないけど、中断させるのが最優先だ。


 おいもさんが認めるほどの魔力持ちの身体だけに、どんな強力な攻撃がくるかわからないのだから。


 しかし考えが読まれたのか、私が踏み出した瞬間、白装束の男は数歩下がって距離をとり、その間にチョズいたバモス・壱号が割り込んできた。


 私は咄嗟に左ヒジでの“上げ打ち”を放つ。ヒジでの攻撃は射程距離こそ短いものの、体重を乗せやすいので体格差がある相手に有効な技だ。


 魔力で強化した道着でナイフを弾き、そこから右の正拳に繋げてみぞおちに一撃を叩きこんだ。『ぶふぁっ』と息を吐き出して力なく倒れる壱号。


「よし、次は……」


 しかし壱号は私の動きを封じようと、倒れながらも私に抱きついてきた。


「こら、どさくさ紛れにどこ触ってんだよ!」


 うしろからパスッパスッ……と音が聞こえ、クミコの撃った弾が壱号の頭をガクンガクンと揺らす。


「おいぃ、そのまま離すんじゃねぇぞぉ」


 白装束の男は、グルグルと渦巻く様な黒い球を作りだし、それを私たちに向けて撃ち放った。


 自分の仲間がいるにも関わらず、だ。


「――アカリん!」


 その時の私は、多分なにも考えていなかったと思う。咄嗟に直感だけで動いた感じだ。


 ヒザで壱号の顔面を蹴り上げて体からはがし……


「まかせな……」


 私は迫りくる巨大な黒い魔法球を


「さい!!」


 ――めっちゃ蹴飛ばした。

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