第16話・正しい。とは?

 すでに終電もなく、私たちは現地で一泊することになってしまった。


 普通なら女子高生と中学生の男女なんて、怪しまれて泊めてくれるところなんてない。

 

 だけど、そこは宝生グループの力。あっさりと系列ホテルの家族部屋をとることができた。


「なんや、嬢ちゃん疲れてないのか?」


 みんなベッドに横になった瞬間、寝息を立てていた。当たり前だけど精神的に疲れているのだと思う。


「ん~、ちょっと体動かしてくる」


 もちろん私も疲れがあったけど、ショックな出来事をの当たりにして神経が高ぶり、眠気は吹っ飛んでいた。


 ましてや体力はほぼ使わなかったから、このままだと朝まで眠れそうにない。


 私はボストンバッグを開き、中からゴワゴワとした白い空手着を取り出して着替えた。


「バッグがパンパンだったのは、道着のせいやったか」

「いったでしょ、乙女に必要な物って」

「……絶対に違う思うで」


 私が着替え終わると、あまぐりが肩に乗ってきた。もはや定位置になっている。


 みんなを起こさないようにそ〜っと部屋を出ると、とたんに冷たい空気につつまれた。川沿いのホテルだから湿気もあって、体感温度はかなり低い。


「きゅぅん!」


 あまぐりは一瞬だけ体を震わせると、襟巻きの様に首に巻きついてきた。……い。


 私はストレッチしてから軽く走り、基本の型から始めた。


「嬢ちゃんは寒くはないんか?」

「全然。むしろ気が引き締まっていいじゃない」 


 強がりでもなんでもなく、こんなのは普段から慣れっ子だ。


「それに武道場なんてどこも、空調設備なんて無い灼熱極寒なんだから」

「旧態依然としてる業界やからな〜」


 ……確かに、今のご時世にあっても根性論が蔓延しているところが多いけど。


「でも武道ってぬるい気持ちでできるものじゃないからさ、それでもいいと思ってるよ」


 私は小さく見えるコンビニの看板をめがけて正拳突きを放った。冷たい静寂の中に、ビュッと空気を切る音が微かに聞こえる。


こぶしには心を残す……」


 ――そして、次の型につなげていく。


「お、残心やな」

「あれ? おいもさん、知ってるの?」

「当たり前や。ワイを誰やと……」

「はいはい、それはもういいから」


 空手でも剣道でも、打ち込んだ一撃に意識を残し、相手の反撃に備える精神がある。


 ――それが、残心。



「あのさ……」

「なんや?」

「結局、あの人は自殺だったのかな?」


 特に深く考えていたわけじゃないけど、なにかスッキリしなくて聞いてみた。


「なあ、嬢ちゃん。ギャル子が男たちにした話を覚えているか?」

「えと、三途の川がどうした~ってヤツだよね」


 地獄界とかいろいろ旅するってやつ。阿修羅界なんて一日中誰かと誰かが戦っていそうな名前だ。


「その時な、聞いていた二人の男が『地獄がアイツにお似合いだ』って意味のこと言うてたんやんか」

「……言っていたような?」


 あの時は緊張でそれどころじゃなかったから、覚えているのは変な妖精役をやらされたことくらいだ。


 その話がなんの意味があるのだろうと思っていたら、おいもさんの口から衝撃のひと言が飛びでた。


「自殺に見せかけて殺したのはあの二人の男やで」


「え……なんで……」

「それに母親も知っとる。依頼した張本人やからな」

「それが本当なら警察に届けなきゃ。兄弟を殺したってことでしょ?」


 おいもさんがいっていた『どいつもこいつも胸クソ』ってそういうことだったのか。


「やめとき」

「なんで? 犯罪は犯罪じゃん、どんな理由があってもそのままにしておいちゃだめでしょ」


「ええか、よく聞け。あの男は自殺や。そうすることで結衣ちゃんや母親には保険金(注)が入る可能性があるんや」


 初めて聞くおいもさんの真剣な声だ。


「だけどな、あれが『身内の殺人事件』ってなった場合、その可能性すらなくなるんやで」


 犯罪がらみだと保険金はおりない。そして母親と叔父たちは刑務所、結衣ちゃんは児童相談所預かりになってしまう。ということか。


「あの親子が生きて行く為の糧を、嬢ちゃんはその正義感で奪うことができるのか?」


「……」


「それに『本当に自殺か?』なんて聞いてくるってことは、嬢ちゃんもなんか引っかかってたんやろ?」


「ん~、アカリんの正義感……か」

「——え、クミ? いつからいたの」


 そこにはジャージにジャケットを羽織っただけの、目が半分寝ているクミコがいた。


「喉が渇いてさ。コンビニにでも行こうと思って~」

「ああ、なるほど」

「アカリん……」

「なに?」


 ブルっと体を震わせるクミコ。


「あまぐり貸して。寒い」

「きゅうん?」

「いいよ、行っといで」


 あまぐりは私の肩から直接クミコの肩に飛びのると、そのままジャケットフードの中に入って首に巻きついた。

 

「めっちゃあったかい~」

「って、サンダルじゃん。寒くて当り前だっての」


 ちょっとそこまでと思って出てきたのだろう。足元はホテルのサンダルだった。


「アカリんに言われたくはない!」


 ……私も素足にスポーツシューズでした。


「ところでさ、今の話って本当に殺したって証拠はないでしょ。おいもの勘違いってこともあるんじゃない?」

「うん、私もそう思うんだけど。それでもなんかモヤモヤするんだよね」


「……あのときな、なんでか知らんがワイの中に結衣ちゃんの記憶が流れ込んできたんや」


 それは、母親と叔父二人が密談している所を、結衣ちゃんがたまたま見てしまった時の記憶らしい。


 なぜ保険金の話を知っているのかと思ったけど、母親たちの会話をのぞき見たのなら納得だ。


「結衣ちゃんは、嬢ちゃんに話そうとして……それでも母親の為に隠したんやろな。幼い精神にはよほどのストレスやったと思うで」


 その強い感情がおいもさんに流れ込んだのか。ぼそっと『魔力の波長でもうたんかな?』と言っていた。


「ま、警察に行くのはかまわんが、証拠が『異世界から来たしゃべる石が子供の記憶を見た』で通ると思ってんのか?」


 ……どう考えても無理だ。『異世界』とか『しゃべる石』とか『記憶を見る』とか、どれ一つとっても信用されないだろうな。


「そやから証拠はなにもない、真実を知っているのはワイらだけや」


 起こったことは間違いなく犯罪だ。社会的には罪を明らかにするのが正しいと思う。


 ……でも、母娘を路頭に迷わせるのは、人として正しいのだろうか?


 そんな答えの出ないことを考えていたら、突然通りの反対側から三人組の男に声をかけられた。


「あ~、お姉さんたち、なにやってんのぉ~?」

「オレらと遊ぼうよ~」


 クミコ目当てのナンパか。……つか何時だと思ってんだよ、迷惑すぎるだろ。


 背の高い男を一人残して、軽薄そうな二人が道路を渡ってくる。


「え、ジャージと……柔道着? って、なんか新鮮だよな」

「いいじゃん。なんつーか、ギャップ萌えってやつ?」


 空手着です。まあ、ぶっちゃけ厚みが違うだけだから、わからなくても仕方ないけど。


 こういうの慣れてないから、どうやってかわせばいいのかわからない。空手の試合なら打ち込んで終わりなのになぁ。と、面倒に思う。


 仕方がないのでクミコに丸投げしようと振り返ると、彼女はすでにエアガンを構えていた。


「……え、なに⁉」


 そして、有無を言わさずに引き金をいた。


 パスッパスッと抜けた音、そして頭から血を吹き出しながら倒れる二人のナンパ男。


 専守防衛用の魔力強化弾だから死ぬことはないと思う。主に魔法の詠唱を中断させるための装備なのだから。


 ……それにしても、いくら気に入らないからって躊躇ちゅうちょないな。


「クミぃ、さすがにやりすぎだよ」


 倒れた男たちを起こしに行こうとした私の肩を、クミコは掴んで動きを止めた。


 そしてひと言……。



「お前ら、異世界人だろ」






――――――――――――――――――――――――――――

(注)自殺の場合、保険法では支払う必要がないとされています。しかし実際は保険加入から1~3年(保険会社によって違う)経過後であれば、支払われる場合があります。

 ※この注釈は、あまり一般的ではない保険法の簡易説明であって、自殺をほのめかしたりするものではありません。

 身近に思い詰めている人がいたら、自己破産でも生保でも“生きる道”を勧めましょう。マジで。



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