第15話・引っかかるもの

 白装束を着て綺麗に整えられた死体。写真で見るよりも背が高く、180センチは超えている。


 そして今からおいもさんは、この死体に乗り移る。


丹田たんでん言うてな、ヘソのちょい下に気が集まる場所があるんや。そこに置いてくれ」

「時間はどのくらいかかるの?」


 私は言われた通り、腹部においもさんをそっと置いた。


「そうやな、5分ってとこか。乗り移るのに3分、そのあと温めるのに2分や」

「温め……る?」

「死後硬直しとるからな。温まらないと動かへん。冷凍餃子をレンチンするみたいなもんやで」

「ほんっと、ひと言多いなぁ」


 今やっていることは100%犯罪行為だ。その事実もあってか時間の進みが非常に遅く感じる。ドキドキが止まらず、心はザワザワしていた。


 私はなんだか居心地が悪くなって、なんとなく視線を泳がせていたら、そこにを見つけてしまった。


「え、これって……」

「どうした?」

「首の所にちょっと、その……」


 死に化粧で誤魔化しているけど、首にうっすらと見えるのは明らかに縄絞めた跡だ。死亡原因は心不全のはずだけど、これっていったい?


「なるほど、死因はこれやな。他殺か自殺かはわからんけど、世間体を気にして病死にするのはよくあることやで」

「——っ」


 私は、『他殺』というひと言に動揺してしまった。それは殺人犯がいるってことなのだから。


「どちらにしても、奥さんや小さい子供を残して亡くなるなんて、悔しいだろうな」

「そうか? ワイには引っかかるものがあるけどな」


 引っかかる? 言葉の意味がわからず、おいもさんに聞こうとしたその時――。

 

「お姉ちゃん、なにしてるの?」


 突然、うしろから声をかけられた。


 ……えっ、子供?

 

「あ、あの……その……」

「パパをどうするの?」


 ど、どうするって……え、えっと……。


「——やあ、お姉ちゃんは夢の妖精さんだよ! もふもふ子犬の妖精さんもいるよ!」 

「きゅぅん」

「今日は、君のパパを生き返らせにきたんだ」

「きゅきゅぅん」


 おいもさんが変な声色を使ってめちゃくちゃいいだした。そして合いの手を入れるあまぐり。なにこの変なテンションのノリは。


 ……って、これ、私が言ったことになるのか。


「お嬢ちゃんはパパのことが好きだよね? 今、生き返らせてあげるね」


 しかたなく口調を真似して言葉を続けてみたけど、なんかもうめちゃくちゃ恥ずかしい。


 でも、これも黄泉がえるためだ、我慢我慢。


 生き返らせたあとは、おいもさんに“よき父”を演じてもらえば問題はない。


 ……はずだった。



「大嫌い」

「え?」

「パパなんて大嫌い。生き返えらせたりしちゃダメだから!」


 ええ……どういうこと?


「ママもわたしも幸せになるの」

「し、幸せ……えと、あれ? お父さんもいた方が幸せ……だよね?」


 わけもわからず取りつくろっていると、おいもさんが小声で話しかけてきた。『その子の腕を見てみろ』と。


 言われてみて気が付いた。袖口から見えるその小さな手には大きなアザがある。よく見ると反対側の腕や首筋にも同様の痛々しいアザがあった。


「まさか……」

「虐待されていたんやろな」


「ママ、毎日泣いてた。でもこれでやっと幸せになれるんだって。だから生き返らせちゃダメなの」


「なあ、嬢ちゃん。ワイをその子の手に触れさせてくれ」

「アザを治すの?」

「いや、それは無理や。ただ、ちょいとばかり話をするだけやで」


 私は言われるがまま、その子の手においもさんをそっと乗せた。


「妖精のお姉ちゃん、これはなに?」

「やあ、ボクは石の妖精さんだよ! ♪君の名前はなんだろな?」


 おいもさんはこの子の心に寄り添おうと、コミカルな声で楽し気に話し始めた。


「わあ、石がしゃべった! わ、わたしは結衣ゆい。石の妖精さんのお名前は?」


 すると、暗かったその子の表情が、ぱぁっと明るくなった。もしかしたら、精神に効果がある魔法とか使ったのかな? もしそうだとしたら、笑顔を作れるいい魔法だよね。


「ワイはブレイズロッ……じゃなくて、え~と、コルブラ……ああ、もうなんでもええわ!」 


 しかし肝心なところでたまきずなおいもさん。


「じゃ、ワイ妖精さんだね。あのね、パパは毎日ママを泣かすんだ」

「ママはそこに寝ているのかな?」

「ううん、病院に入っちゃった。そしたらパパは、ゆいのことも、ゆいのこともね……」


 虐待とかDVってテレビでよく聞くけど、実際に被害者を目にするのは初めてで……衝撃が大きくて言葉が出てこなかった。


 ――こんな小さな子がアザだらけなんて絶対に許せる話じゃない。


 そして許せないと思うと同時に、よくわからない嫌な感情が自分の中にあるのを感じていた。


「もうええ、辛いことは言わんでええで」


 私は半分涙目になりながら、おいもさんと結衣ちゃんのやり取りを聴いているだけだった。


「結衣ちゃんはママが大好きなんやな」

「うん!」

「よっしゃ、わかった。じゃあコンチクショーなクソパパはこのまま殺しといたる。なんなら首切り落として絶対に生き返れないようにしたるで」


 ……こらこら、子供になんてことを。


 わずかな時間だったけど、おいもさんのおかげで結衣ちゃんの心の痛みが少し癒されたのかもしれない。最後には子供らしい屈託のない笑顔がそこにあった。


「いいかい、結衣ちゃん。ワイ妖精たちに会ったことは誰にも言っちゃダメやで。そしたらママと幸せになれるからな」

「うん、言わない。ありがとう、ワイ妖精さん」


 そしておいもさんは『布団にもぐって100数えれば朝になっているで』と結衣ちゃんを寝かしつけた。


「嬢ちゃん、帰るで」

「え、おいもさん身体は……」

「ええから、さっさと行ってくれ」





 裏口に行くとクミコたち三人がひっそりと待機していた。


「アカリ、どうだったにゃ?」

「って、おいもを持ってるってことは乗り移れなかったの?」


「あ? ああ、ダメや。アイツはブサイクすぎてやめたわ。……まったく胸クソ悪い話やで」


 この言葉が強がりなんだって、今の私にはよくわかる。もしかしたら今までの暴言も、なにか感情を隠す為だったのかもしれない。


「はぁ? なに言ってんだよ。ウチらがどれだけ苦労したと思ってんだ!」

「あの、あまり大きい声出さない方が……」


 一番年下のタケルが一番冷静だった。時間はすでに深夜0時を回ろうとしている。これにはさすがのクミコも声のトーンを落とすしかなかった。


「でもアカリんの命にかかわることなんでしょ? その為に来たんだからさ……」

「おいもちゃん、どうしたのにゃ。なんか変にゃよ?」

 

 クミコもレナも、そしてタケルも、私の為にいろいろと考えて行動してくれているのはわかるし、とてもありがたく感じている。


 ……でも、今回ばかりは私もおいもさんに賛成なんだ。


「ワイだって、ヒトの感情をもっているんやで。あんな小さい女の子の涙を無下にできるわけないやろ……」



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