第14話・三途の川

「だ……大丈夫かな?」


 Y県S町、午後8時半。県をまたいでとある葬儀場にきた私たちは、通夜式が終わるのを待っていた。


「アカリん、堂々として」

「そうはいってもさ〜。葬儀場なんて初めてなんだから……」


 目的は、若くして不整脈で亡くなったらしい男性、三十二歳の死体。


 今から葬儀場内の安置部屋に遺体を移し、親族が同じ部屋に泊まって最後の別れをすることになる。


 ここに来て初めて知ったんだけど、葬式の手順って地域によって全然違っていた。ここでは通夜式の翌日朝に火葬をするそうだ。


 つまり、おいもさんが身体を得るには今夜しかないということ。しかし……


「ほんま、ギリギリなんやで」

「もう、いつまでボヤいているのよ」


 外傷がなく、魔力量が申し分ない死体。ただイケメンかどうかの部分が気に入らずにゴネているのだ。



 昨日クミコが見つけ出した、唯一の“やんごとなき死体”。


『いきなり大当たりを引きおったな!』


 とテンションが上がるも、拡大顔写真を見た時のおいもさんの反応は微妙だった。


『F1マシンのエンジンを積んだ軽トラックみたいなもんやで』


 とボヤいて考え込んでしまっていた。


『そうかな? 控えめにいっても普通だと思うけど』


 超イケメンって条件には合わないが、F1マシンに例えるくらい魔力量は申し分ない。


 正直、これだけの死体が見つかるだけでも奇跡だ。少しは我慢して欲しいと思う。



「アカリん、手順はちゃんと覚えてる?」

「う、うん……」


 ①まずクミコとレナが更衣室に忍び込み、ホールスタッフの制服を盗み出す。


 ②睡眠薬入りの飲み物を“ホールからの差し入れ”として提供する。


 ③親族が寝静まるのを待って、私がおいもさんを死体の上に置く。(死体GET!!)


 ④タケルが開けておいた式場裏口から逃げる。


 以上、4ステップの作戦だ。


「ねえ、私もホールスタッフの恰好した方がよくない?」

「どこの世界に子犬を肩に乗せたホールスタッフがいるのよ」


 あれ以来、あまぐりはトイレの時以外は私の肩にしがみついている。


 おいもさん曰く『嬢ちゃんを守る言うてるで』ってことだけど、恩返しのつもりなのかな?



「――じゃ、作戦開始。慎重にいこう」


 クミコの合図とともに、おいもさんが全員に認識阻害スタンド・ジャマーの魔法をかけた。

 

 クミコとレナは更衣室へ、タケルは裏口通路へ、私は遺体が安置されている親族控室の隣部屋に急ぐ。


 部屋に入ると、ふすま一枚隔てただけの隣の部屋から複数の話し声が聞こえてきた。


(早くこないかなぁ……)

(大丈夫や、落ち着けって)

(でもぉ〜)


 ――トントントンッ


 隣の部屋のドアがリズムよくノックされた。クミコたちだ。


「夜分に失礼止します」

「……するにゃ」

「あれ、なにも頼んでないですよ」

  

 ふすまを数ミリ開けて覗き込むと、二十代後半くらいの男性が二人見えた。


「いえ、こちらはサービスです。実はホールの館長が、故人様には生前お世話になったらしくて」


 相手の警戒心をとくスマイルと立ち振る舞い。ギャルっぽい見た目とのギャップが効果を底上げしていた。


「ああ、そうでしたか。それはご丁寧に」


 まさしくクミコの本領発揮の場面だ。レナはボロを出さないようにと、黙って配膳だけを担当している。


「あ、そうだ。聞きたいことがあるんだけど」

「なんでしょう?」

「三途の川の渡し賃ってなぜ六文なんです?」


 それって今する質問なの? 早く寝て欲しいのだけれど。


「ついさっき姪っ子たちに、って、故人の娘だけどね。聞かれて困ったんですよ」

「それな。俺もわからんかったわ」


 控室はかなり広く、他県からきた親族が泊まれるようになっていた。


 室内には布団が五組、すでに寝ているのは姪っ子たちなのだろう。


「多分皆さんは“三途の川”が一本だと思われているのではないでしょうか?」

「え、違うの?」


 と話し始めるクミコのひと言に、驚く二人の男性。


(なんや、ギャル子は仏教の知識まであるんかい)

(さあ、私も聞いたことないけど)


 ……ちょっと不安になってきたぞ、と。   


 しかしそんな私たちの心配をよそに、クミコは流暢りゅうちょうな言葉で話を続けた。


「まず、人が亡くなって極楽浄土に行くまでに、六つの世界を旅をします」

「地獄界とか阿修羅界ってやつだよね?」

「そうです。そしてそれぞれの世界を隔てるのが三途の川なのです」


 おいもさんは『ワイは知っていたでぇ』とドヤ顔を向けてきた。ムカつくって、それ。


「つまり三途の川というのは、六本の川の総称で、その渡し賃が一回一文」

「ああ、それが合計で六文になるのか」


 目から鱗が落ちたのだろうか、二人は軽く微笑みながら、レナに勧められるままビールを口にした。 


「ところで、六文持たせなかったらどうなるのかな?」

「地獄辺りで足止め食らったりしてな」


 嬉しそうな男性二人は棺の方をチラリと見ると、再びビールを飲み始めた。 


「もちろんこれは“諸説あり”なので、他の方にたずねればまた違う話が聞けると思いますよ」


 あとで聞いたんだけど、これは角センが話していたそうだ。社会科の授業中、仏教の由来を説明していて脱線したときのトリビアらしい。


(そんなの知らなかった〜)

(嬢ちゃん寝てたんやろ)

(……うっさい)


 クミコとレナの作戦は上手くいった。


 あとは寝静まるのを待って、私とおいもさんの出番だ。



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