第7話・トリビアの石

「話を戻していい?」

「ん~、なんやったかな?」

「もう……今後どうするかでしょ。昨日みたいなことがまたあるかもなんだから!」


 おいもさんのおかげで、タケルの告白から昔話まで脱線しまくった作戦会議。


 昨日の襲撃はラッキーで切り抜けたけど、あんなことが何度もあったらたまったもんじゃない。今のうちに対策を練っておかなければと、なんとか本筋に戻そうとしたんだけど……


「ねぇねぇ。おいもちゃんってさ、結局なんなん?」


 今度はレナの好奇心が新たな脱線経路サブ・ウェイを構築してしまった。


「なんなん言われてもなあ……」

「気になるんだよにゃ〜」


 とは言っても、この疑問は私も持っていたし、脱線ではあるけれど異世界人の情報は今後の方針を決める助けになるはず。これはこれでちゃんと聞いておいた方がよさそうだ。


「不思議ではあったんだよね。おいもさんって異世界からきたのに、地球の歴史や文化にめちゃくわしいからさ」

「だね。そのあたり、キッチリ話してもらうよ」


 と、圧をかけるクミコ。こういう場面では機転がきく彼女の存在がものすごくありがたい。


「ん? 言うてなかったか。ワイは元々地球人やで。死んで異世界転生したんや」

「え、そうなの?」

「せやで。ワイの波乱万丈な人生を聞きたいか? 聞きたいやろ? しゃーないな、聞かせたるわ」


 そしておいもさんは『驚くなよ』と前置きをして、自分の過去を語りはじめた。


「ある日……」


 ……ゴクリ


「電車事故で異世界転生したら石になってたんや!!」


「……」


「え、終わり?」

「おう」

「……」


「まてまてまて、冗談や冗談。ゴミ箱に放るなって。ガチとネタの区別がつかんのは関東人の悪いクセやで」

「……おいもさん、出身は?」

「甲斐の国、山梨や」

「おまえも関東人じゃねえか!」

「甲信越をつけろやギャル子ぉ!」


 私の親父も山梨出身だから聞いたことがある。関東に含まれたり中部に含まれたり、甲信越でくくられて『関東でも中部でもねえ』って言われる微妙な地域。 

 富士山の北半分は山梨なのに、全部静岡にあると思っている人がどれだけ多いことか。


「まあ、真面目に話すと、や……」


 改めて話し出したおいもさんの異世界道中は、意外にもガチで波乱万丈だった。


 二人の友人とともに電車事故で異世界転生したおいもさん。その時、なぜか自分だけ石になってしまったそうだ。


「その異世界ってな、人口の半分が転生者やったんや」

「半分も? じゃあ、生活しやすかったんじゃない?」


「そう思うやろ? ワイも最初はそうやったんやが……あかんかった。そもそもが科学技術未発達の世界、俗にいう中世ヨーロッパのファンタジー世界やで」


 私はその時、小説やアニメを思い出しながら、『夢があっていいじゃないか!』と考えていた。


 ……それがどんな意味なのかを知るまでは。


「一番の問題は、化石燃料の精製技術が低いことやな。さらには電気なんて微々たる量しか作れないから、どの国でもメインストリートの街灯をつけるだけで精一杯やった」


「でも、昔の人はそれで生活していたんだから、なんとかなるんじゃないの?」


「嬢ちゃん、それを言うか……」

「今の時代、キャンプとかでむしろ不自由を楽しんでいるんだからさ、できないことないでしょ」


 しかしその甘い考えは、たったひと言でくつがえされてしまった。


「なら、今その手に持っているスマホがなくなったらどないや?」

「あ……」


「ネットもテレビもなく、バスも電車も車もない。トイレは水洗じゃなくそこら中に垂れ流しで、街全体に糞尿の臭いが漂っているんや。特に夏なんて最悪やで。生ゴミの腐った臭いが“それ”と混ざって臭気のワールドカップやったな。窓閉めても扇風機なんてないし、クーラーなんてもってのほか」


「で……でも冬はまきを燃やせば暖房器具いらないでしょ」


「夏のうちに森に入って伐採して、ひと冬使う分をひたすら薪割りしたら積み上げて数カ月間乾燥や。それら全部自分でやらにゃならんのやで?」


 想像していた中世ヨーロッパが……剣と魔法のファンタジーのイメージが……音を立てて崩れていきました。


「どや、生活できるか?」

「う〜、ごめん。無理」

「そやろな……」


 このタイミングでクミコが口を開いた。ここまでの話でなにか引っ掛かりを感じたらしい。


「でもさ、人口の半分が現代の転生者なら、インフラ整備ができる技術者とかいるでしょ。江戸時代には上下水道があったっていうし」


 彼女の成績は常にトップクラス、そして視点が鋭い。これは、そんな彼女だからこその質問だと思う。


「おったで。それこそぎょうさんな。ただ、技術や知識だけがあっても意味がないんや」

「どうゆうこと?」


「チャーハン作ろうおもたら、米の生産や食用油の精製、鶏の飼育に鍋の作成、その他もろもろの準備が必要ってこっちゃ。調理技術や知識だけがあっても作れんやろ?」


「……そっか、車の設計や組み立てる技術があっても、金属加工が出来る機械が無いとダメなんだ」


 と、口に手を当てて考え込むクミコ。


「うむ。さらにはその金属加工の機械を作る為の機械が必要になる。今皆の目の前にあるちょっとした物でも、何百、もしかしたら何千って人の手で作られた物なんやで」


 小学校卒業の頃に、師匠から『人は人によって生かされている』って教えられた。当時は全然意味がわからなかったけど、こう言うことだったのか。


「お米は八十八の手間がかかるって言うじゃん? なんかそれに似てるにゃ」


 と言いだしたのは、ポテチをパリパリとほおばるレナ。こちらは食べることが大好きなレナ視点のひと言だ。


「そうやな。目の前にある一つの物に多くの労力がかかっているという意味では同じや。実際八十八かはわからんが、土を作ってあぜを塗り、発芽させた苗をひとつひとつ植えて、病気に注意して収穫を迎え、脱穀だっこく籾摺もみすり精米と、そこまでやってやっと銀シャリや。ええか、これからは一口ごとに八十八回噛んで『ありがとう』言うんやで」


「……なんか、おいもちゃんって知識凄いにゃ~」


 心底感心している様子のレナ。脱線がすごいんだけど、なんというか、こんな状況なのに面白くも感じてしまった。


 ……幅広い知識って、ひとつの才能なんだな。


「恐れ入ったかひよっこども! さあ、心の底から敬いたまへ、諸君!」


 このひと言が玉にきずだけど。


 ……いや、石に瑕?


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