第6話・推し活とは……

「――え、今なんて?」


 私たちが屋上で襲われた日の夜のこと。空手の稽古が終わり、帰ろうとしたところでタケルから告白された。


「あの……。アカリちゃん、けっ……け……」

「け?」

「結婚してください。や、約束……だから」


 約束と言われても、それって幼稚園の年長さんだった頃の話なんだよね。


『タケルくん好き〜』

『ぼくはアカリちゃん大好き〜』

『けっこんしよーねー』

『うん、しよーねー!』


 こんな感じだったかな。所詮まだ『好き』の意味がいくつもあるなんて知らない幼児の純真無垢じゅんしんむく戯言ざれごとだ。


 だけど人間は成長するにつれ、このピュアな気持ちを忘れていき『恥ずかしい』『黒歴史』と言いだしてしまう。


 ――しかし今ここに、黒歴史とは無縁な純粋ピュアでキラッキラのまま育ったショタ属性マダムキラーがいた。


「タケルさ~、まだ中学生なんだから。ちゃんと考えないと」

「ぼ、僕は真剣に……あれからずっと考えていて……ます」


 突然の告白だったから動揺してしまったのは確かだけど、それでも高二で中三からプロポーズされるなんて、さすがに早すぎる。





「――で?」

「でって?」 


 今日は午後から休校になった。


 気象庁の職員が、昨日昼に発生した“高等学校を中心とする局所的な地震”を調査していたら、校舎屋上に焼けコゲとすり鉢状の破壊跡を発見してしまった。


 学校側は事件性を考慮して、安全の為に午後から休校とし、今まさに警察の捜査が入っているらしい。


「アカリんはなんて返事したのさ」

「ん〜、断った」

「なんでだよ!」


 そして今は我が家にて作戦会議中のはずが、タケルからプロボーズをされた話になっていた。これはおいもさんが面白がって、昨晩の話をしてしまったからだ。


「ショタ坊きばっとったで? あれはアイツにとって人生最大の勇気や。無下むげにしたらあかん」

「だってさあ、恋愛感情とかないし」


 おかげでタケル推しのクミコが詰め寄ってきて、私的にはかなりの難局を迎えている。


 私はレナに助けをもとめて視線を送ったけど……彼女はいつものごとく黙って耳だけをかたむけ、グレープグミをもきゅもきゅと食べていた。


「アカリんは、告白されてなにも感じなかった?」

「まあ、多少意識はしたかな。微妙に……」

「じゃあ……」

「私の中では弟なんだから。それにまだ高二と中三だよ」


「——なに言うてんねん、嬢ちゃん」


 いや、法的にも無理でしょ。と思っていたら、おいもさんに加えてクミコまでめちゃくちゃを言い出した。


「平安時代なんぞ十二歳になれば結婚適齢期やったで」

「だね。前田利家にとついだ“おまつ”は十二歳で子供産んでんだし」

「信長の娘は八歳やったな。それに家康の娘なんて……」


「ちょっと待ってよ二人とも、それは全然時代が違うって」

「時代なんてもんは生きた人間の後にできるもんや。違うも同じあらへん」

「アカリん、後悔できなくなってから悔やんでも遅いんだよ」


 なんだか妙においもさんとクミコの息が合っている。昨日のののしり合いが嘘のようだ。


「君ら、本当は仲いいだろ……」 


 それはそれとして、クミコはそれでよいのだろうか? 初めてタケルと逢った時にビビっときて、それ以来ずっと推し続けているのに。


「大体クミはどうなのよ。タケルが好きなんでしょ? なんで私に結婚しろなんて言えるの」

「あのさ、アカリん……」


 ――クミコは私の肩にぽんっと手を置くと、まぶしくて目を開けていられないほどの言葉をいい放った。


「推し活ってのは、推しを独占することじゃなくて、推しの幸せを願うことなんだよ!」


 と、気合の入った握りこぶしからキラキラしたオーラを振りまくクミコ。


「これが真の推しじょなのか……」

「最近はそこんとこ取り違えてるアホが多すぎなんだよ」


 そこまで黙って聞いていたレナは、グミの袋をクミコに渡した。『一個しか残ってないじゃない』と言いながらも、口に放り込むクミコ。


 そしてこれは選手交代の合図だ、レナは前々から気になっていたことを聞いてきた。


「アカリはさ、『タケルを守る』っていつもいってるじゃん?」

「うん」

「なんでにゃ?」

「あ~、うん……」

「言いにくいのかにゃ?」


「そうじゃなくてね。隠している訳じゃないけど、今から話すことは、タケルに会っても知らないふりをしててほしいんだ」


 秘密にする気はない、ネット検索すればいくらでもヒットするのだし。

 だけど、それでも触れてほしくない過去。


「私とタケルはね、幼稚園のころに……誘拐されたことがあるんだ」





 当時五歳だった私が事件の詳細を覚えているハズもなく、これは、大分あとになって調べた内容もふくめての話だ。


 事件は私の師匠でもあるタケルの父親が、空手連盟の仕事で海外に行っている時に起きた。


 渡航から二~三日たったある日、公園で遊んでいた私とタケルは数人の男に誘拐されてしまった。目的はタケルだけだったけど、私に騒がれたらまずいと思って一緒に誘拐したらしい。


 私の父親が身代金を持っていこうとしたけど、犯人はタケルの母親の舞季まきさんに、一人でくるようにと指示してきた。


「その頃は母さんが長期入院していてさ、タケルの家に一年くらいお世話になっていたんだ。舞季さんは私に対しても実の娘のように接してくれて、いつもニコニコしているステキな女性ひとだったよ」


 舞季さんが受け渡し場所に着いて身代金を渡そうとした時、遠くの方からサイレン音が近づいてきた。


 それは現場の近くでボヤ騒ぎがあって、消防車が鳴らした音だったが、男は警察と勘違いし逆上してしまった。


 ――そして舞季さんはナイフで腹部を刺され、その場に倒れてしまう。

 

 刺された場所が悪かったのか、大量の血があふれ出た。


『アカリちゃん……』


 舞季さんは手を伸ばして声を絞りだした。だけど私はその血まみれの手が怖くて触ることができず、見ているしかできなかった。


『タケルのことをお願いね』


 ……それが最後の言葉だった。


 唯一の救いは、タケルが私にしがみついて泣きじゃくっていたことだ。母親が殺されるところを見ないですんだのだから。





 ――私はなぜ手を伸ばさなかったのか。悔しい気持ちはいつまでも覚えている。


「それから私は、舞季さんとの約束を守るために空手を始めたんだ」


 ――もう、なにもできないのは嫌だから。


「だから私にとってタケルは恋愛対象にはならないよ」

「そうだったのにゃ……」


 聞いてしまって少し後悔しているのだろうか、レナの声のトーンが下がっていた。


「それで、逃げた男はどうなったのにゃ?」

「捕まったよ、全員瀕死ひんしの状態で」

「瀕死……?」

「両腕と両膝を粉々に砕かれた犯人たちが、廃墟ビルで発見されてね」


 あまりの状況に、クミコもレナも言葉を失っていた。


「そのうち一人は……まあ主犯の男だけど、腰椎ようついや鼻、あごまで砕かれていたみたい。あ、内臓も破裂してたって」


 師匠が帰国してからしばらく行方不明だったことや、その数日間、日本中の空手道場が『休館』していたことは言わない方がよさそうだ。



 ――ピコッ


 昔話が終わったタイミングで、レナのスマホにメッセージが入った。部活の先輩かららしい。おいもさんの死体探しの件で、彼女は彼女なりの人脈を使って情報を集めてくれていた。


「あ、これいいかも」

「なにか情報あった?」

「なんか、死体のホルモン漬けってバイトがあるらしいにゃ」


 ……いやそれホルマリンでしょ。






――――――――――――――――――――――――――――

※ホルマリンプール/死体洗いのバイト。

 実際には存在しないアルバイトです。

 大江健三郎さんの小説『死者の奢り』にでてきた描写から広がったといわれています。現実的にはホルマリンは危険薬物なうえ、遺体に関して医学的な処置が必要なために専門の技術者が行うそうです。

 

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