第2話・マッチポンプでプラマイゼロ

「しかし不思議ですね~」


 と、ワイドショーのコメンテーター。これはもちろんゾンビJKの話題だった。


 あの時、スマホで写真や動画を撮られまくり、私は全国区の不名誉有名人になってしまう……はずだった。


「どの写真、どの動画を見ても、顔だけモザイクがかかっていてわからないのですよね」


「防犯カメラの映像でも、顔だけがボヤけてます」


「あと、これは社会部の記録にあったのですが、この場所では過去にもトラック事故が起こっているそうです。なにか構造的欠陥が…………」


 そうなのだ。巷を騒がすゾンビJKが私だという証拠はまったく存在していなかった。


 これは石さんが『認識阻害スタンド・ジャマーの魔法を使ったからだ』と言っていたけど、どうせなら白三角の方にモザイクをかけて欲しかった。


「なあ、嬢ちゃんや。これはあまりに酷すぎひんか?」


 湯船につかりスマホでワイドショーを見ていると、石さんがぼやきはじめた。


 しかし、なにを言われてもこれは譲れない。この石さん、声色は女でも間違いなく中身は男だ。どう考えても男だ。だから……


「お風呂に入る時も離れられないなら、目隠しするしかないでしょ。花のJKの入浴シーンを見せるわけないっての」


 しかしながら石さんは、タオルでグルグル巻きにして見えなくした分、口の方がよく動くようだ。


「ちょまち。そのワンコも男やで? そいつはええんか?」


 なんの因果か子犬は家までついてきて、私が玄関ドアを開けた瞬間、当然のごとく上がり込んでいた。


 栗色のモフモフにフリフリと小さなしっぽ、ウルウルとつぶらな目を見ていたら追い出すことができなくなってしまい……。


「この子はいいの。まだ小さいし、ペットとお風呂入るなんて普通じゃん」


 浴槽の中でパチャパチャと短い脚を必死に動かす子犬。全然進まない犬かきが死ぬほどい!


「差別や~、石差別や〜。だいたい見せても減るもんやなし。ワイなんていつも全裸やで、ほれ、ZE・N・RA!」

「そんなの自慢するな」


「なあ、独身と独身貴族の違い知っとるか?」

「知らないって。むしろ知りたくないわ!」

「独身貴族ってのはだな……」 

「あ、続けるんだ」

「家の中で常に全裸でいるヤツのことやで。春夏秋冬、寝る時も飯食う時もトイレも全裸や。服着たらただの独身オタクになるんやで」


 ……めちゃくちゃ言ってるな、こいつ。


「ワイなんて外でも全裸やからな。24/7twenty-four sevenや。今日からワイのことは貴族オブ貴族と呼びや〜」


「はいはい。ところで裸族オブ裸族さん」

「裸族やないわ、貴族や」

「名前なんていうの?」


 この先もずっと『石さん』って呼ぶのもなんか変だしね。こんなでもいちおう私の命を握っているのだから、名前くらいはちゃんと確認しておくべきだと思う。


「ワイの名前を知りたがるとは、ませた嬢ちゃんやで。カッコええで〜、覚悟しとき」

「わかったからさっさとして」


「ワイの名は、ブレイズロック・シリウスガンフェイト・ダークマルスコルブラント男爵や」


「長っ。覚えられないって」

「そうか? じゃ、もっかいいうで。ブレイズロック・シリウスガン……」

「あ~、いいよ、めんどい」

「ちょ、おま、名乗っているのにめんどいはなかんべ?」


「じゃあ今後はで」


 おいもさん。うん、我ながらよきセンスだ。


「はあ? なんやねんそれは」

「ん~、男爵……いも?」

「ちょっとまてや嬢ちゃん、敬称をあだ名にしてどうすんや」

「かわいいじゃん、おいもさん」


 それにしてもこのおいもさん、関西弁かと思ったら微妙に変な感じがするんだけど……これがエセ関西弁ってやつ?


「普通名前からつけるやろ? ブレイズとかシリウスとかカッコイイ響きがあんのやし」

「そうね、おいもさん」


「いや、だからな、ダークとか……」

「やっぱり、おいもさん」


「あ、そうや。コルブランドってのは、有名なエクスカリバーの別名なんやで!」

「う〜ん……」


「お、考えなおしてくれるんか?」

「残念、おいもさん」

「嬢ちゃんいけずやで……」


 命名確定! おいもさん。





 ♪ぴぃんぽぉ~~~~ん……


 お風呂から上がって髪の毛を乾かしていると、来客のチャイムが鳴った。時刻は午後4時すぎ、いつものお迎えだろう。


「タケル? 開いてるから入ってて」

「は~い。お邪魔しま~す」


 幼馴染の神楽かぐらタケル、近所にある空手道場の一人息子で、歳は二つ下の十五歳。礼儀正しい上にちょっとだけ中性的なルックスだから、町内のおば様方に大人気だ。


「あれ? アカリちゃん今日は道場こないの?」


 タンクトップにスウェット、素足にスリッパという超インドアな恰好を見てのひと言だった。


「ごめん、今日はいろいろあったからもう風呂入っちゃった」


 ホント色々ありすぎた。血まみれの身体を洗って、血だらけの制服を洗わなきゃならなかったし。


 視線の先で、シュルシュルシュル……と脱水を始める洗濯機。これなら母親が帰ってくるころには乾燥まで終わっていそうだ。

 

「えっとね、アカリちゃん……」


 と、タケルはちょっとうつむき加減でポケットからスマホを取りだした。


 シャシャシャッと指でスクロールすると、画面を黄門様の印籠のようにして私に見せてきた。


「これ、アカリちゃんだよね?」


 そこには【ゾンビJK、交通事故で大股開きの黄泉がえり】の見出しがおどっていた。そして白三角の画像。


「え……ななな、なんの~ことかな? うん、わかんないけど……」

「いろいろあったってこのこと?」

「さ、さあ。顔はボヤけているし、制服なんてみんな同じだしぃ~」


 じ~っと目を見てくるタケル。……あ、これ完全にバレてるな。


「でもこれ、アカリちゃんの身体だよ。いつも触っている僕にはわかるんだから!」

「こらこら、言い方!」

 

 確かにいつも触り合ってはいるけどさ、稽古の組手くみてで。でも、普通それだけでわかるものなのかな?


「トラックにはねられたんでしょ? 大丈夫なの?」


 と、心配して泣きそうな顔のタケル。申し訳ないけどこれがまた可愛い、ショタなお姉さんならイチコロだろうね。


「あ、あ~大丈夫大丈夫! 実は映研の友達に頼まれちゃってさ、【ゾンビJK対吸血金魚】って自主製作映画の場面なんだ」

「……本当に?」

「本当本当。だってほら、どこも怪我してないでしょ?」


 と、うっすらと筋肉が盛り上がる上腕二頭筋をペチペチと叩いてみせた。……頭の中には某お笑い芸人の顔が浮かんでいたけど、黙っておこう。


「明日はちゃんと行くから。師匠に伝えといて」

「わかった。今度、映画見せてね」


 さて、どうしよう。口からでまかせの映画撮影。特に吸血金魚……なんだそれ?





「なんや、嬢ちゃん空手やっとんのか」


 タケルが帰ったのを確認しておいもさんが聞いてきた。


「うん、黒帯」

「やるもんやな~。頼もしいわ」

「運動神経には自信があったんだけどね~。だからトラックにはねられるなんて思いもしなかったよ」


「わかるわ~。ワイも転移した瞬間に

「だよねぇ〜」


 ……ってあれ?


「どないしたんや?」


 あの時、ひかれる直前になにか踏みつけたような……。

 なにか丸っこいものに気が付かなくて……。

 いや、そもそもそんなもの道路には無かったよな、あれば当然よけているのだし。


「……ね、おいもさんちょっと質問」

「なんや?」

「おいもさん、いつ転移してきたの?」

「なにをいまさら言うとんのや。嬢ちゃんがひかれる直前やで。転移ゲートからでた瞬間、嬢ちゃんがいきなり踏みつけてきたんやないか」


 なん……だと?


「アスファルトで擦られて、ワイの鼻が0.3ミリ削られてしもうたわ」

「おのれか! 私がひかれたのはおのれのせいか!」

「直後回復したやろ。プラマイゼロや」


「それは深い関係にあったからで、マッチポンプとは関係ないでしょ!」

「嬢ちゃん、そんなデカい声で『深い関係♡』なんて言うたら近所中の噂になるで?」

「はあ? ♡とかつけんなし」


「それに、ワイがあの場にでたのは嬢ちゃんが呼び寄せたんやで。釣り上げられた魚のようなもんや。それをワイのせいにするのはお門違いやで~」


 ああ、なんかもう身体中の力が抜けて、その場でガックリとヒザから崩れ落ちてしまった。


「マジですか……」


 呆然と座り込んだ私の手をぺろぺろとなめる子犬。この可愛い生き物を見ていると、今日あった最悪ないろいろが癒されていく感じがする。


「ま、とりあえず生きているし、この子が無事だったからいいか」


 ……釈然とはしないけど。


「ところで、今の美少年は誰や?」

「幼馴染のタケル、可愛いでしょ」

「そうか……」

「どしたの?」

「なあ嬢ちゃん……」


 ひと呼吸おいて、おいもさんは“とんでもないこと”を言い出した。


「あいつ、殺してくれ」






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キャラクターイメージイラスト:神楽タケル→https://kakuyomu.jp/users/BulletCats/news/16818093089460017759

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