もみの木
見上げると、大きなもみの木がある。
あまりにも大きくて、思わず飲み込まれてしまいそうなほどだ。
樹皮に手を触れると、もみの木の鼓動を感じた。そんなわけないとは分かっているが、あまりにも自然だったので違和感はない。
だんだんともみの木の鼓動が早くなる。
「……いつまで触っているのですか」
誰もいないはずなのに、声が聞こえる。不思議と声の主が誰か理解できた。
手を離して謝罪する。もみの木にも感情はあるようだ。
「こんな場所まで、人間が何をしにきたのですか」
もみの木は興味深そうに尋ねる。だが、これと言って事情があるわけでもない。
学校が休みだったからなんとなく遠出し、適当に見つけた道を歩いていたら迷ってここに辿り着いた。
そう伝えると、もみの木は驚いたように声を上げた。
「ここに立ち入るためには、特定の場所を特定の順序で通らねばなりません。とても適当に来れるとは思えないのですが……」
そう言われても、来てしまえたのだからしょうがない。来てほしくなければ、今後は手順をもっと複雑にすればいい。
だが、そんな特別な場所に居ていいのだろうか。どのようにして帰ればいいのかを問うと、もみの木はため息を吐いた。
「来た時と同じように帰るのです。ただ、あなたは道を覚えていないようなので、どうしようもありませんが」
薄々とそんな気はしていた。ということは、やはりもう戻れないのか。
どうすればいいか思案していると、もみの木は言う。
「この体では地図も描けませんし、道を教えようにも木々しかない森では理解するのも難しい。あなたの体を貸してくれるなら、出口まで行って順に目印を置いてきましょう。ただし条件があります」
もみの木がいう条件はこうだ。
一つ、他言しないこと。
一つ、道順を忘れること。
一つ、二度とここにこないこと。
「そして最後に、貴方の体を返す日を明日にすること」
曰く、もみの木は元は人間だったらしい。とある事情で人間を辞め、ここでもみの木になった。
そして最近になって、かつての友人の死期が近いことを感じとった。死ぬ前にもう一度だけ顔を見たいらしい。
了承すると、もみの木は一言「ありがとう」とつぶやいた。
そして、そのまま目の前が暗くなった。
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