第24話 名前呼びの尊さは強烈

 バイトが終わり俺と東都は一緒に帰る。


 何気ない会話をしながら住宅街を歩き、東都の家まで目指す。


 夜も深くなっていっている時間帯だから、彼氏である俺が責任を持って東都を家まで送り届けないといけない。


 ……彼氏……恋人……名字呼び……。


「な、なぁ……しぉ……」


 急に名前呼びしようとして莫大な照れを発動させてしまい、中途半端なところで言葉が途切れてしまった。


 彼女はなにを言いかけたのか気になり、かわいらしく首を傾げた。


「もうちょっと一緒にいたいから、公園で寄り道しない?」


 たまたまあった住宅街にある小さな児童公園に視線を向ける。


 というか、名前呼びよりも今の発言の方が照れるだろう普通、なんて思いながら俺の照れセンサーはおかしいんだなぁとか思っているところで彼女からの返答があった。


「私ももう少し一緒にいたいよ。よぉ……」


 今、明らかに俺の名前を呼びかけてやめたよな。


「一緒にいたいよ、よぉちぇけ、ふぃ」


 無理のある誤魔化しかたに、「ぷっ」と吹き出してしまう。


「あっはっはっ!」


「な、なに?」


「べっつにー」


 ケタケタと笑っているには単なる嬉し笑いだ。


 彼女も俺と同じことを考え、同じように照れてしまっているというのが心の底から嬉しかった。


「むぅ……笑うの禁止」


「あはは。悪かったよ」


 そう言いながら、公園の入り口にある自動販売機でサイダーを買って彼女へ渡す。


「笑った詫びだ」


「なんでサイダー?」


「爽やかでかわいいからピッタリだと思って」


「悪い気はしませんな」


 そう言いながら彼女がサイダーの蓋を開けたところで──。


 ぷしゃああああああ!


 サイダーが夏の夜空に向かって噴水のように吹き荒れる。


 噴水の落下地点にはサイダーがよく似合う彼女。そのまま頭から被った。


「……ぷっ」


 笑っちゃだめだけど……。


「あっはっはっ!! すげー噴いたな! あーはっはっはっ!」


 腹の底から笑いが止まらずにいると、彼女が可愛らしく睨んで来る。


「むぅ……」


「いやいや。今のは俺のせいではないだろ」


 そう言っても彼女はこちらをジッと睨んでくる。


「えいっ! 道連れにしてやるっ!」


 そう言って俺に正面から抱き着いてくる。


「うおっ! や、やめろー」


「やめません。すりすりー」


「おいい。まじでベトベトじゃねーかよ」


「初めてのペアルックだね」


「こんなベトベトなペアルックは嫌だわ」


 そう言っても彼女が俺の体に抱き着いて、すりすりするのをやめないため、もう諦めて俺もベトベトになってしまった。


「……私達、こんなにベトベトなカップルなのに、名字で呼び合っているのって変、だよね」


 すりすりをやめて、ぽつりと彼女がこぼした。


「そうだな」


 肯定してやると、俺の胸の中から上目遣いで見つめてくる。


「陽、くん」


 ドクンと嬉しさと切なさと恥ずかしさが同時にやってくる。


 名前を呼ばれただけなのに、思った以上の威力である。


「あ、心臓の音が大きくなった」


「俺の心臓の音を聞くなっての……詩音」


「きゅぅ……」


 彼女は俺の胸の中に顔を埋めて恥ずかしそうにしている。


「こ、これは思っている以上に強烈だね」


「だな」


 お互い、ただ名前を呼び合っただけなのに、抱き合いながら照れ合っている。


「陽くん」


 もう一度顔を上げて俺の名前を呼ぶ彼女に、俺は限界がきてしまった。


「詩音」


 名前を呼んで、俺は彼女とキスをした。


 バイト帰り。夜の公園。恋人と抱き合いながらのキスはサイダーの爽やかな味がした。

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