第2話 寧子
よく晴れた6月の昼飯時、社食の6人掛けのテーブルの入口から見た左端に座って、カレーを食っていた。因みに、同行者はいない。俺は、地元の工業高校をそれなりの成績で卒業して、国内有数のグループ企業の末端に近い方の電機メーカーに入社した。関東北端の農業県の工業高校卒としたらまあまあ、勝組だろう。誰との勝負だと言う話ではあるが。まあ、そうだ2度言う程度には。
一人でボーっとそんな事を考えていると、華やいだ女性の声が。
「ここ、空いてます。相席良いかしら」
と話しかけてきた。顔をあげ声の方を見ると、見知った二人がそこに立っていた。
「見りゃ分かるべ、がら空きじゃん」
「じゃ、遠慮なく」
「悪いね、一人でくつろいでるところに」
「ああ、まったくだよ、お熱いカップルはお呼びじゃ無いぜまったく」
「まったくを2度言うか、本当は構って欲しいくせに、ミー君たら、成長しないなー」
「誰がちびっ子じゃ、成長期は去年で終わったよ残念ながら」「あとさ、ミー君はやめてくれよ、ミー君呼びは」
「また、2度言う」
二人は付き合い始めてもうすぐ三年になる。安西が三十になるので、ソロソロらしいと同期の間で噂になっている。
二人は、設計開発部で俺は部品管理部だから普段、接点は無い。わざわざ、ここにくると云うことは、そう云うことなのだろう。
安西が気になったのか、俺たちに聞いてきた。
「何で、
「それ、ちょっと長くなるけど、良いかな」
「面倒くせ〜から、二人の時に話してやれよ」
「二人の時にあんたの話なんかするもんですか、冗談じゃない」
「あーネ、勝手にしてよ」
「でね、ガッコ、知ってるでしょ」
「ああ、寧子のベスフレか」
「そう、そのガッコが小学校のころ、コイツともう一人仲の良い男の子がいて」「コイツの名前がタクミで、もう一人がタクマだったから、コイツがミー君、もう一人がマー君になった訳」
「成る程、その頃は似合いの呼び名だったんだネ」と安西。
「よけーな、お世話ダヨ、ところで、話しあんだろ」
「まあ、俺たちも結婚が決まってね、招待する奴らにさ、声掛けてるわけ」
「あんたさ、ガッコと今、微妙じゃ無い」 「.....」
「ガッコはアンタに会いたいって」「もう許してあげなよ。マー君はキャリア官僚になっちゃつて、違う世界の住人なんだから」
「許すとかじゃ無い、拓磨は関係無い」「大丈夫、招待してよ、挨拶はしね〜けど」
「ありがとう、式は10月だから、近くなったら招待状送るね」
「うん」
「余興は、する、歌とか、アンタ、バンドやってたよね」
「やらね〜ぜって〜」
「まあ、じゃあね」
「またな」
「お幸せに」
二人は、睦まじげに去っていった。
「ガッコ、会いたいなー」独りごちた。
帰りの車の中、ハンドルを握りながら、いつもの帰り道耳元で、ガッコの声が聴こえた。細く小さなかすれ声、きっとガッコの中で好きになれないものは、この声だけだなと思う。それでも、今、一番聞きたい声なのだから、どんだけと言うことだ。もう、あれから10年か!長かったのか、短かったのか。
人生で一番幸せだった三ヶ月、高校一年の六月から九月までのたった三か月。
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俺と拓磨、ガッコは小学校を卒業後、同じ町内にある公立中学校に入学した。
その時から、拓磨とガッコは公認の仲だった。正式には、中学一年の秋から拓磨が告白して付き合い始めたらしい。
俺は、中学の三年間一度もガッコと同じクラスになることは無かった。
拓磨とは月に何度か話す程度だった。
拓磨は県で一番の進学校を目指していたし、その後も首都にある一流大学を目指すつもりでいた。
俺とガッコは小学校時代でも、オタついていたのに、思春期のイカ臭い俺では、まともに話すこともできなかった。
本当の話、ストーカーの様に物陰からガッコを見てドキドキするのが精一杯だった。
そんな日々の中で始めたのがギターだった。
初めて、国産メーカーのフォークギターを買って、弾いてみたのは中学二年の秋だった。
それなりにギター友達ができてバンドやろーぜとなり、もの珍しさからベースギターを購入したのが高校の入学祝いだった。
地方の工業高校の軽音部に入部して見たが、予想に反してリーゼントのロッカーは皆無で丸刈ボンズのヤバイ、パンクの人が一人だけいた。
思ったよりもナンパな先輩達で一安心。
そんな五月の連休明けに、拓磨から電話があった。
学校帰りに駅前のイートインのあるパン屋さんで待ち合わせしよう、との事だった。
断る理由もないので、即、了承した。
久しぶりに会った拓磨は、変わらぬ男振りで、まあ、普通にモテるよなと思った。
これで、頭も良いんだから、ガッコで無くても惚れるよなぁ。嫌になるぜ、全く。
「ところで、何か俺に用事か?」
と話しかけると。
「そう、
「そこまで、お前に言われりゃ受けるしか無いが、何すれば良い」
「ガッコのことだ、俺とガッコが付き合っているのはお前も知っているよな」
「ああ、羨ましい限りだよ、幸せ者が」
「それがな、俺、高校の三年間は大学受験に集中するつもりなんだ」
「今のままで目標に届かなかったら、ガッコとも上手くいかなくなりそうだ、虻蜂取らずは嫌なんだ」
「いや、分からんでも無いが、正直言って俺は、お前に負け無いくらいガッコのことが好きで、大事なんだ、お前が相手だから我慢したんだ」
「ガッコの気持ちは、無視でき無いし、万一、俺で良いと言われたら我慢しないぜ」「ガッコに、話はした。俺もガッコもお前なら良い」
「わかった、ガッコに俺から確認する」
割り切れ無い気持ちはあったが、ガッコに連絡出来ることが、声をまた聞けることが嬉しくて、他のことはどうでも良くなってしまった。
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