コットンキャンディ

閑古路倫

第1話 綿菓子みたいな君を見た

 綿菓子みたいな君を見た。

 仄暗ほのぐらい講堂の予防注射の列、白いワンピースが薄ぼんやりと光ってふくらんで綿菓子みたいで、夢だったのか、本当にあった事なのか?

 あれは小学二年生の記憶、六月の花ぐもりの日の記憶、その日は小学校を徒歩で集団移動して近くの公民館で、予防接種が行なわれた。

 通常と異なり後にも先にも遠足以外での集団行動は、この時だけだった。

 その所為せいで、あの女の子を近くの別の小学校の生徒だと思い込んでいた。よく考えれば、あり得ない事は丸わかりなのに、本当に僕は馬鹿だった。

 綿菓子みたいな女の子が本当に居て、それも自分のクラスメイトに成るぐらいに、身近に居たと思い知らされたのは五年生のクラス替えの時だった。本当に僕は馬鹿だった。

 綿菓子みたいな女の子にかれて、ぼんやりと、また会いたいと思っていた。君は壁一枚隔てた隣の教室か、そのまた隣の教室に確実にいたのに三年間もそれに気づきもしなかた。 

 本当に僕は馬鹿だった。

 あの子の名前は、住家永子すみええいこと言うことがわかった。ただ、それだけのことが、こんなにも嬉しくて心が浮き立ってしまっていた。

 僕が近づく前に、あの娘は誰かと楽しそうに話していた。

 背の高いクラスメイト、上沢拓磨うえさわたくまだった。彼とは一、二年生の時、同じクラスだったから知っていた。

 その時から背が伸びること無く小さいままの僕は、彼が僕に無いものを簡単に手にしている様に思えて、あまり好きな奴ではなかった。

 そして、そんな僕の席は、あの娘の斜め後ろだった。嬉しすぎて変なテンションになるのも仕方なかった。ましてやあの娘は彼と楽しいお喋りの最中だもの、可愛さ余って何とやら、その時の僕には、やらかす未来しかなかった。そしてまんまとやらかした。

 その日あの娘は、背中にとどく長さの髪をポニーテールに結っていた、すごく似合っていたし、ちょっと近づくだけで、ミルク石鹸の香りがほのかにした。

 さすがに触れることもできないから、言ってしまった。心にもない言葉の暴力、まるっきりセンスの欠片かけらも無い言葉。

 「何だよ、その髪型コジローか?ブシかよー」「おまけに、名前も変じゃね、家は住むのに決まってるペ」

 突然見知らぬ男の子kら投げ付けられた言葉の飛礫つぶてに驚いて、一瞬の間をおいて涙がこぼれそうになった。

 それを見た僕は、愚かにもただ自分の言葉に反応してくれた事にだけ嬉しくなってしまっていた。「やーい、ブシー、サムライー」思い出すと只々恥ずかしい言葉の飛礫つぶてを嬉々として投げ続けた。と、突然、肩を押された。「ガキンチョみてーなこと言ってんじゃねーよ、おめーは幼稚園児か?」

 驚いて見上げると、上沢が僕を見下ろしながら鋭く言い下した。

 「自分だって、ガキじゃねーか」精一杯の声を出したつもりが、小さな震える声が出ていっそう惨めになった。

 「ガッコ大丈夫か?」上沢があの子に声をかける。あの子は、小さく頷いて「うん」とかすれる様な声を出した。

 うまく息が出来ない、せつなさの中で僕は何もできゃしないちっぽけな自分を抱きしめるしかなかった。

 その日から、僕は上沢にまとわりつく様に着いて回った。あの子が目に入る距離に自分がいられるように、その為だけにそうした。

 上沢は、いや、拓磨は思った以上に良い奴だった。心から信頼のおける男だったし、悔しいことに、そうあり続けた。それは、僕にだけだったのかも知れないが。

 ガッコとは、住家のニックネームは名前の永子の永の字をながいと読んで、それを縮めたらしい、可愛い呼び名とは思うが、正直言って似合ってはいないと思った。そのガッコとは席が近い事と、拓磨と僕が親しくなった事で、割と話せるようになっていた。ただ、それほど上手に話せている気はまったくしなかった。心臓はバクバクだし、顔面から火が噴き出すぐらいにはタドタドしていた。

 そんな日々の中で、図工が得意でも無い僕が、練り消しで二足歩行の恐竜、所謂いわゆるティラノサウルス・レックスの仲間をデフォルメした消しゴム作りにハマったことがあった。

 ガッコは、ちょっと興味ある素振りを示して。

 「可愛いね、それ」と言ってくれた。

 めっさ嬉しかった。けど、「ありがとう、ちょっと嬉しいかな」などとのたまいつつ「でも、あげないよ」と言えば、ガッコは「なんで、意地悪言うの」と軽くにらむ感じの上目遣いで僕を見る。「似合わねーだろう、ガッコには文句なく可愛いのが似合ってるもの」「それと、上目遣いやめてほしい、それされるとオタつくから」あとね、上向きの君のその鼻が、俺は大好きなんだ。

 言葉にはならないが、そんな感じ、不思議に伝わってる気がしていた。な、わけないない。

 授業の合間には、拓磨がちょくちょくやって来る。

 ガッコは、拓磨が僕と話してても嬉しそうだ。

 拓磨は、さりげなくガッコと言葉の出し入れをする。

 無理も淀みもなく、ガッコも僕と話すよりずっと楽しそうに見えた。

 きっと、楽しみなんだ........拓磨と顔を合わせるだけで。

 

   消ゴム使いの名人

 みくびらないで欲しい。

 俺等おいらは、消ゴム使いの名人

 ノートの端の落書きも

 計算違いの筆算の跡も

 きれいに全部元通りにできるさ

 これっぽっちの擦れ傷

 寂しさなんて、目にも止まらず

 綺麗さっぱり 消した後さえ残さない

 

 あわれまないでおくれ

 俺等おいらにだって消せないものはある

 裏表紙の君の笑顔

 気まぐれであげた君への優しさ

 全部すべてそのまま残したままにした

 ほんの少しのつながりを

 恋しい想い隠したままで

 不出来な仕事とけむに巻いて消えて行く


 うらやみたくはないんだ

 俺等おいら失敗ばかりの繰返くりかえ

 後悔こうかいの無い生き方

 あこがれの視線しせん 賞賛しょうさんの声

 全部すべてが横を通り過ぎて行く

 触れ合うことで出来る傷

 残したく無きゃすぐに消せるさ

 残す思いもいろどりに変えて抱きしめる

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コットンキャンディ 閑古路倫 @suntarazy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ