第87話 「おー」


 改めて調合の話になり、今回は実際に調合を体験するという話だったので私はデラキナの作業部屋へと連れてこられていた。


「それじゃあ、早速調合の方を始めていきましょうか。……これが、調合台よ」

「おー」

『でかっ!漫画で見るやつじゃん!魔女が使ってるやつ!』


 そこにあったのは私よりも少し小さいかというくらいの大きさの釜で、その隣には今度こそ私より大きいのではというくらいの大きさのおたまが置かれていた。

 なんならそのおたまで私を持ち運べそうなくらいで、再び筋力や体力的な壁が立ちはだかっている気配をぷんぷんと感じるものだった。


「さて、調合の流れは前回に説明をしたけれど、どの程度覚えているか確認させてもらおうかしら」

「わかりました」


 前回デラキナから受けた説明を、そっくりそのまま口にする。

 六種類の基液と、対応する属性の話。素材を入れる際に、粉末状にするかそのままかの効果の違いの話。それから、軟点と沸点の話。

 それらを全てし終えると、デラキナは満足そうにうなずいた。


「ええ、それで大丈夫よ。ちゃんと覚えているようね」

「はい」

『あー……なんか難しい話だったねー』


 この辺りには本の冒頭にも書かれていたので、一度読み返して復習している。それがなくとも一日で忘れるとは思わないが、完璧に覚えていたのはそのおかげだろう。


 ちなみに、全然理解してなさそうな感想をぼやいている紗音だが、こう見えて実はかなり頭が良い。それも、知識が多いとか記憶力が良いというよりは、ロジカルな思考力や知識の扱い方的な方向で。

 そもそも紗音と知り合ったきっかけの同じ中高というのも、国内でもトップクラスの進学校での話である。尤も、本人はそれを活かした仕事をする気は全くないようだが。自分のことに対してかなり適当な人なのだ、北森紗音という人は。


「実際の調合に入る前に、もう一つだけ教えておくことがあるわ。それは、出来上がるポーションの質がどこで決まるかという話よ」

「えっと、素材評価と純度ですよね」

「あら、しっかり勉強しているのね」

「はい」

『幸姫、えらーい』


 この辺りの話も、冒頭に書かれていたことの一つだ。

 素材評価は鍛冶のものと同じで、純度に関しては鍛冶で言うところの硬度と似たような話だ。

 だが、私には一つ気になっていることがあった。


「そこに関して、一つ質問したいことがあるんですけど」

「いいわよ。何かしら」

「純度は、高ければ高いほどいいんですか?」

『そうじゃないのー?純度なんて、言葉の響き的にも高ければ高いほどいいでしょ!』


 基本的に純度の説明は、鍛冶で言うところの硬度と同じ説明が書かれていたのだが、ガツェルは硬度に関して高ければ高いほどいいというわけではないと言っていた。

 もちろん感覚的に言えば紗音の意見に同意だが、硬度と比べて考えると純度に関してもそうなのかなという疑問は出てくる。

 というわけでそんなことを聞いてみたわけだが、デラキナは静かに首を振った。


「高ければ高いほど良いわよ?どうしてそう思ったのかしら」

『ほらー!』

「えっと、鍛冶の方で似たような話があって」

「そちらは、そうだったと」

「そうですね」

『へー。ってか、本当に幸姫に鍛冶なんてできるのー?』


 紗音は、この状況で私が返事をするわけにはいかないということがわかっているのだろうか。

 いや、当然わかっているのだろうが、気が散って仕方がない。まあ、気を散らせようとしてわざとあれこれ喋ってるんだろうけど。

 あれだ、この状況は、仕事中に限って邪魔をしてくる猫のようなものだ。怒られない程度に、気を引こうとしてくるやつ。


「それじゃあ、まずは基本的なものから作ってみましょうか」

「基本的、というと?」

「ふふ、それはね……」


 そう言いながら、デラキナが二つの素材アイテムを取り出した。


「され、これがそれぞれ何か、ゆきひめちゃんにはわかるかしら?」

『え、同じじゃないの?』

「右がアガラ草、左がルナラ草です」

「大正解!ちょっと簡単だったかしら?」

『おー!』

「はい。葉っぱの形が丸ければ、それぞれアギーラ草とルニーラ草ということまでは知ってます」

「あらあら……本当にちゃんと読んでいるのね」

『幸姫、なんかこういうの好きだよね?野草図鑑とか』


 ちなみにアガラ草とルナラ草の見分け方は、根っこの部分の形状だ。

 それぞれの植生地の関係で、アガラ草はより地下に長く伸び、ルナラ草は地表付近で多数に枝分かれしている。という設定らしい。

 葉っぱの形状が丸ければより効果の高いものになるという感じだし、この辺りの理由は割と適当で現実のような生存競争の中での進化みたいな深い理由があるわけではないだろう。


「それじゃあ、どちらがどういう効果かなんて、聞くまでもないかしら?」

「アガラ草がHP回復効果、ルナラ草がMP回復効果ですね」

「ええ、正解よ。それじゃあ、それぞれに合った基液を持ってきてもらえるかしら?荒基液でね」

「はい」

『もとえき?』


 専門用語に疑問を浮かべる紗音だが、答えるわけにもいかないし、答えなくとも話の流れでどういうものかは理解できるだろう。

 ちなみに、アガラ草が火属性、ルナラ草が地属性だ。なので、持ってくる基液は赤液と黄液。完成品も、HP回復ポーションが赤色、MP回復ポーションが黄色となる。荒基液で作れば、だが。


 私が基液を持ってきている間にデラキナは踏み台を用意してくれていたようで、私から基液を受け取ると、その踏み台に私を誘導した。


「それじゃあ、これから調合台のセッティングを教えるわね。基液をセットする場所は調合台の型によって違うけれど、私のはここ。台の裏のとこね」

「おー」

『おー』


 紗音と反応が被ってしまったが、なんか台の後ろにうまいこと基液の容器の口を差し込んでから逆さに傾けられるところがあり、手際良くそのセットを披露するデラキナの所作が妙に美しくてそんな呆けた反応しか出てこなかったのだ。

 あれを見せられたら、誰でも「おー」となってしまう……はず。


「それじゃあ、今度は釜の方を見ていてもらえる?」

「はい」

「釜の中の液体はほとんど水で、基液はそのうち2.3%~2.6%が適量ね。最近の調合台はこの辺を自動でやってくれるから気にしなくてもいいけど、この配分を覚えておけば、基液と温める手段、あとは温度管理さえ感覚で掴めるようになればいつでもどこでも調合ができるから、覚えておいて損はないわね」

「はい」

『でもそれって、液体を正確に1:39で混ぜられる感覚も必要だよねー』

「それと、基液は蒸発していかないけれど、水は50ヘルン以上の時に徐々に蒸発していくから、割合がズレないように注ぎ足していく感覚も必要になるわ。それも、調合台の方なら自動でやってくれるけれど」

『それってつまり、その辺の感覚は調合台を使っている限り身につかないということなのでは……!』

「ヘルン……」

「ヘルンというのは、温度の単位ね」


 つまり、水が蒸発し始める温度は……なんて思ったが、現実だと水は常に蒸発しているといえばしているので、深く考える意味はないだろう。多分。そういうゲームだよって話だよね。

 あと、紗音が閃いたように言っていたことが尤もすぎて、何も言えない。その技術を身につける意味は、果たしてあるのだろうか。持ち歩くにしても、水と基液と素材アイテムを持ち歩くくらいなら最初からポーションにしておいた方が良いし。

 いやまあ、できたらなんかかっこいいっていうのはあるけど。


「それじゃあ、行くわよ?個々のボタンを押すと、水と基液が自動で入っていくわ」


 そう説明をしてから、デラキナがそのボタンを押す。


「……おー」

『……おー』


 デラキナがボタンを押すと釜の底からすごい勢いで給水が始まり、釜の下から三分目くらいのところにある穴からはデラキナがセットした赤液がピュッ……ピュッ……っと定期的に出ていた。

 それが混ざりながら水に比べて圧倒的に小量な赤液が透明な水を真紅に染めていく様は、なんだか少し、綺麗なものを汚す背徳感みたいなものがあった。

 これもまた、「おー」だ。「おー」でしかない。


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