第86話 おじさんのしょうたい


「デラキナ先生。いますか?」

「あら、その声はゆきひめちゃん?」


「そんな道に入って大丈夫なのー?」なんて言う紗音に軽く説明をしながらデラキナの家へとやってきた私は、丁度留守のところにやってきてしまうなんてハプニングにもならずに、無事にデラキナに会うことができていた。

 今回は特にアポを取っていたわけでもないのだが、NPCにも予定というものがあるはずだ。何か、連絡手段があれば良いのだが。


 なんてことをふと思い浮かべた私を、奥の部屋から出てきたデラキナが笑顔で迎えてくれた。


「もう来たのね。やる気があるのはいいことだわ」

「ちょうど時間があったので。……ところで、デラキナ先生はいつもここにいるわけではないんですよね?」

「そうねぇ。ほとんどの時間はここにいるけれど、いない時ももちろんあるわ」

「そういうタイミングで来ちゃっても意味がないので、何か連絡手段とかないのかなーと思ったんですが……」


 上目遣いでデラキナに視線を送ると、デラキナは悶えるような声を漏らした。


「うっ……ゆきひめちゃん、貴方……可愛すぎないかしら?」

「えっ」

『幸姫ー。NPCたぶらかしてどうするのー』


 紗音の冷ややかな声が聞こえてくる。

 私としては紗音に何かお願いをする時と同じことをしただけなのだが、これがたぶらかしているという判定になるのなら、いつもこれを出すまで渋り続ける紗音は……まあ、紗音ってそういうところあるか。

 というか今は幸姫じゃなくてゆきひめというアバターの姿だし、そもそもそれとこれでは話が……いや、本題はそうではなくて。


「えっと、そういうのってないんですか?」

「そうねぇ……あるにはあるのだけれど、色々と手続きをしないともらえないものなのよね」

「手続き?」

「ええ。街の長に必要な理由とかをまとめた書類を提出して、認められれば借りられるアイテムなのよ」

『へー。そんなのもあるんだねー』


 紗音の感想の通り、私もそんなアイテムの存在を聞いたことはない。

 そもそもプレイヤー同士ならいくらでもやり取りできるわけだし、街の長から借りるという仕様なのもプレイヤーとNPCの間でのみ使われることが想定されたアイテムなのだろう。

 そしてそれを使えるようには、何か条件を満たす必要があると。


「私たちの事情では理由にならないんですか?」

「正直、微妙なところね。理由がダメという理由で断られることはないと思うけれど、貴重で数が少ないアイテムだから、優先順位的な問題で断られるのではないかしら。私も、この街の中では少し疎まれている立場だから……」

「……」


 何か事情があるのだろうということは確信していたが、やはりそういう扱いを受けているという話だったようだ。

 しかしこのタイミングで深く突っ込む気もないので、「なになに!?どんな話!?」なんて騒ぎ立てる紗音は無視して今のところはスルーしておこう。


「でも、一応申請を出すだけはしてみるわ。とは言ってもおそらく断られるでしょうし、ゆきひめちゃんには少し不便をかけてしまうけれど、私が不在の時は待ってもらうかまた次にしてもらうかでお願いできないかしら?」

「申請は、してもらえるんですね」

「ええ。でも、期待しないで頂戴ね」


 何かの条件を満たすというところに関して、例えば好感度を一定以上にすると申請をしてもらえてやり取りができるようになる、のようなそのNPCとの関係性に関する話ではないようだ。


 そしてここで一つ気にかかるのは、デラキナの「自分が疎まれている立場である」という発言だ。

 この発言がデラキナのコンプレックスによるものではなく、事実としてそういう話であるのなら、その申請を出すNPCの街の中での立場というのも関わっているということになる。例えば、デラキナならダメでも、おじさんなら同じ理由でも大丈夫、みたいな話だ。

 だが、それはあまりにも不平等というか、ゲームのシステムとしてはストレスの元になりそうな話でしかない。私としては、デラキナの自意識過剰な発言だという予想だ。


 それを確かめるには、何度か同じ会話をしてみて毎回この発言が出てくるようならそれも一つの要素として確定的になるという話になってくるが……まさか、ここで同じ話を何度もするわけにはいかないだろう。研究の時なら、ちょっとデータを巻き戻しながら何度も同じことを聞いてみたりしたけど。

 かと言って、それを直接指摘してしまうのもそれはそれで良くない。何が良くないのかというと、私の気分だ。「本当にあなたが疎まれているということは申請が通るかどうかに関係しているのですか?」なんて性格の悪いこと、NPC相手でも流石に言いたくはない。


 となると……話を引き延ばしながら、それとなく誘導していくしかないかな。


「それって、どういう場合なら申請が通るものなんですか?」

「うーん……基本的には、街のためになるかどうかっていうところが判断基準なんじゃないかしら。街の長は、当然街の発展に役立てて欲しいはずだもの」

「なるほど……調合師の育成は、そこに含まれないんですか?」

『幸姫ー?』

「そうねぇ……含まれると言えば含まれるけど、やっぱり優先順位が低いというのはあるんじゃないかしら。今のところ、人員が足りているもの」

「人員……そういえば私、先ほど鍛冶の師匠にも恵まれまして」

『幸姫さーん。なんかお仕事モードになってませんかー?』

「あら、そうなのね」

「それで、鍛冶師も目指すことにしたんですけど……そっちの方はどうなんでしょうか?」

『ダメだ。私の声が届いてないっ!』

「……ごめんなさいね。そちらの方の事情にはあまり詳しくなくて。それにしても、調合も鍛冶もだなんて、ゆきひめちゃんは欲張りさんね。……でも、その人がゆきひめちゃんを受け入れたのも納得かしら。ゆきひめちゃん、何かとんでもないものを作り出しそうな気配がしているもの」

「たしかに、その人にも似たようなことを言われました。なんか、光るものを感じる、とか」

『え、その人見る目あるじゃん!』

「あらあら、その人も見る目あるじゃない。なんていう人なの?」

「あー、それが……」


 おじさんの名前を知らないことと、どんな人だったかの特徴を伝える。あと、紗音がうるさい。「この人と意見合ってるし!」って爆笑しないでほしい。

 紗音のことはともかく、私の説明を聞いたデラキナは、その表情を神妙なものに変えていった。


「ちょっと待ってね。……その人、私でも知っている人かもしれないわ」

「そうなんですか?」

『え、幸姫有名人に弟子入りしたのー?ってか、弟子入りって何?』


 自分で調べろ。


「あの、ここから小さい通りを跨いだ大通りの、その二つ奥の大通りよね?」

「はい」

「その人、街の軍隊の隊長クラスの装備を任されている人じゃなかったかしら?たしか名前は……ガツェルさん。だったと思うわ」

『強そう!』

「……そうなんですね」


 たしかに、強そうだとは思うけど。濁音から始まるのが、特に。

 なんてことはどうでもよくて、本題はここからだ。


「じゃあ、そのガツェルさんなら申請は……」

「うーん……ガツェルさんくらいの人なら、通るんじゃないかしら?」


 うーん。


「ほら、私と違って忙しそうだし、家にいないことも多そうでしょう?」


 あー。


「まあ、今度本人に聞いてみればいいんじゃない?」

「そうですね」


 これ以上話を引き延ばすのはちょっと無理があるし、そもそも時間もそこまであるわけではないので、もう調合の話に入ってしまおう。


 とりあえずこれまでの会話でわかったことは、おそらくデラキナはその条件を知らされていないということだ。

 つまり、この問答は無駄な事だった可能性が高いというわけである。

 だって、デラキナが一度も断言しないんだもん。調合師の人員が足りているっていうことは断言してたけど、それが理由になっているのかどうかというところは断言してなかったし。


 ただ、デラキナが断られると思っているというのにも何かの理由はあるはずだ。

 例えば、そのアイテムはNPC同士の間でも使われることがあって、デラキナもしくはデラキナの知り合いが申請して断られたことがあるからその経験に基づいて判断している、みたいな。

 そしてそれと同時に、ガツェルなら大丈夫そうと判断したのにも似たような理由があるはずである。


 だから、まあ、デラキナの経験則としてはある程度参考になる意見が聞けた……って感じかな。

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