第83話 さおんというひと
なんて紗音とのじゃれあいもこのくらいにして、エリーナから送られてきたマイハウスの購入方法を確認しておこう。
そう思いメッセージを改めて確認してみると、メッセージが来るまでに少し時間がかかっていたことから察せていたが、それはかなりの量がある文章だった。
「……」
『幸姫ー?何見てるの?』
「んー?……あー……家の買い方?」
聞かれたことにしっかり答えるとしてどう伝えたものかという気持ちと、マイハウスの購入方法の説明を読みながらマイハウス自体の説明をするのが面倒だという気持ちがせめぎ合った結果、私は適当に返事をする方を選んだ。
とはいえ、そこには面倒だという理由だけではなく、紗音ならゲームに詳しいのでそれだけでも伝わるかなという判断もある。
そしてその思惑通り、紗音には適当な説明でもしっかりと伝わったようだった。
『家?あー、マイハウスね!ネットじゃどこ行っても買えない買えないって騒がれてたけど、幸姫は知ってるんだ?』
「ん……今教えてもらったとこ」
『おー……例の人?』
「うん……エリーナっていう人」
エリーナのことは何度か紗音との会話の中でも話題に出したが、特に名前を出していたわけでもなかったので改めて伝えておく。
メノのことは、まあ話の流れで出てきたらでいいかな。ソワンは……向こうにもこっちにも色々ややこしい事情があるので、できるだけ黙っておこう。
『おー、その人がプロを目指してるっていう?』
なんて思ってたら、早速流れがやってきた。
「んー……や、そっちはメノっていう人」
『へー……それ以外には?』
「この二人だけだよ。NPCならこれから会いに行く人がいるけど」
なんて言いながらマイハウスの購入方法に関する説明を読み進めていたところ、タイミングを見計らったかのようにその文章の中にもNPCというワードが出てきた。
『へー。そういえば、NPCに関してもVCSは最近のVRMMOの中でも違和感なく作られてていいって言われてたっけ』
「そうなんだ」
他のVRMMOを知らないので何とも言い難いが、確かにデラキナもおじさんも、それだけではなくショップの店員さんとかも、普通に会話している分にはほとんど普通の人間のようだ。
私は色々と裏を考えてしまうところがあるが、そういうことを考えない人にとっては彼らの反応は生きている人間同然なのだろう。
「……んー……」
『お、読み終わった?』
メッセージをスクロールする手を止めた私を見て、紗音が興味ありげな態度を見せてくる。
とはいえ、これに関してもエリーナは秘密にしておいてほしいと言っていた。まあゲームのことだし、エリーナとも軽く口約束をしたに過ぎないので、そこまでお堅いことを言わなくても構わないだろう。
そう思いはするが、それはそれとしてこの手の情報に関する扱いにはかなりうるさかった業界にいたので、軽々しく漏らしてしまうことに気が引けるのも確かだ。
「なんか秘匿しておきたい情報だから、他の人に喋るなって言われてるんだよね」
『えー!なんでー!?』
「んー……マイハウスには購入上限があるから、まずは自分たちが良いとこを確保してから、相手を選んで情報を売ろうって思ってるみたい」
『あー、それなら納得だねー。……ていうか、先行組に結構有利なシステム多いね。まあ、そもそもMMOってそういうものだけどさ』
「ふーん?」
それだと、新規プレイヤーの獲得が難しくなってしまうのではないだろうか。
なんて素人の私は思うが、長年続いてきたMMOというジャンルで大手ゲーム会社がそういうスタンスを選択したということは、実はそれが一番良いということなのだろう。
『でもさー、私くらいになら良いんじゃないのー?守秘義務ーみたいな契約をしたわけでもないんでしょ?』
「……やっぱりそう思う?」
『うん。私は別に話を漏らしたりしないしー』
「それはわかってるんだけど……」
『前は教えてくれなかったんだから、今回は教えてよー』
「う……」
その話をされると、弱いところがある。
ちなみに前の話というのは、ソワンに関することだ。ソワンの件で傷心だった私は紗音に慰めてもらったわけだが……まあ、こちらは守秘義務があるので詳しい話をするわけにはいかなかった。
その時も紗音は話しちゃいなよと言っていたが結局私は何も語らなかったので、紗音的にはそういったところでちょっとした不満が溜まっているのだろう。
「わかった。話すけど……一応、確認は取っておくね」
『おっけー!もしダメって言われても、こっそり教えてくれれば大丈夫だよね!』
「……」
紗音的には、教えてもらうことは確定事項のようだ。
≪ゆきひめ:マイハウスの購入方法なんですけど、友達がどうしてもって言うので教えても良いですか?他に漏らすような人ではないです≫
≪エリーナ:それなら別に構わないけれど、その人は一緒にVCSをやってるってわけじゃないのよね?≫
≪ゆきひめ:はい。正式リリースされたらやるとは言っていますが≫
≪エリーナ:そうなのね。それじゃあ、そのうち会うこともあるかしら?≫
≪ゆきひめ:その時はよろしくお願いします≫
≪エリーナ:いえいえ、こちらこそ≫
エリーナは何か引っかかりを覚えたようだが、深くは追及してこなかった。
というか、おそらくは何でやってもない人に教えるのにわざわざ確認を取ってまで?と思ったのだろう。
そしてその後、相手の答えを待つまでもなく「まあそういうのを何でも知りたがる人もいるか」と納得したに違いない。なぜなら、逆の立場だったら私も全く同じ行動を取ることが目に見えてわかるからだ。
その辺の感覚に関して、私は勝手にエリーナに対する親近感を感じている。私から見たエリーナがそう見えているだけで、本当は全然そんな感じじゃないって可能性もあるけど。
「大丈夫だって」
『ほらー!幸姫は気にし過ぎなんだってー。そりゃ、情報漏洩はご法度だけどさー』
「うーん、そうなのかなあ……」
今回の件に関しては、気にしすぎかもしれないという意見もわかる。だが、紗音の守秘義務がある場合でも構わず話をしたがるところは、私と紗音の感覚がすれ違っている部分の一つだ。
紗音にとっては不特定多数に漏らさなければ大丈夫で、私と紗音の関係性ならそう言った情報を共有しても問題ないと思っているのだろう。実際、紗音の方から向こうの業界に関するそういった話をされることもある。私はシンプルにあまり興味がないので聞き流しているが、思うところがないといえば嘘になるくらいにはいいのかなあと思っているというのが正直なところだ。
というか、紗音は私のことを半分くらい自分だと思っている節があるし、自分のことも半分くらい私だと思っている節がある。それも、子供のように自他の区別があいまいだからではなく、はっきりと「自分は自分。他人は他人。どこまでいっても人間は一人で、それ故にどんな間柄でも尊重し合い、最低限のプライベートは守るべきである」という社会的な道徳を理解した上で、そういった態度を取ってくる。
依存体質というわけではないが、あえて依存することを楽しんでいるという感じだろうか。付き合いが長くて私の超えられたくないラインを完璧に理解しているが故に、そこまでは絶対に行かなくとも自分から超えようとは思わないラインや道徳的に超えてはいけないラインは平然と超えてきたりする。超えようと思わないなら超えなければいいじゃんとは思うが、紗音は自らそういったことをして楽しんでしまえる質の人なのだ。少なくとも、そこに関する頭のネジは、曲がってはいけない方向に曲がっていると思う。……いや、思うというか、確実に曲がっている。
この件に関しても、紗音は別にマイハウスの購入方法を知りたいとか私が秘密にしていることを知りたいとかそういうところが本心なわけではない。ただ、私の領域に踏み込むことを楽しんでいるだけだ。
そしてそれに抵抗感が少なくなっているのは、紗音から受けた悪影響のうちの一つだろう。
「まあいいや。それで、マイハウスの購入方法だけど……」
少しややこしい……というか未検証が過ぎるふわっとした部分の多い話だったので、そこで言い淀んで私の中で説明のプランを固めていく。
とりあえず導入だけ喋ってしまってそこから会話の流れを考えるのは私の癖だし、当然紗音には嫌というほど知られていることなので、紗音はそんな私の様子を黙って見守りながら待っていた。
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