第82話 たいしょう・ゆきひめ



『幸姫ー。どうだったー?』

「ん?あー、大丈夫だって。でも、今日は何か検証に付き合う感じのやつだから、その結果については黙っててほしいって言ってた」

『はーい。ていうか、幸姫ってホントに検証とかにお呼ばれするほど強いんだねー』

「んー……強いっていうか、なんかLUCっていうステータスが高いんだよね」

『幸姫、ゲームの中でもそんななの!?』


 紗音がそんなことを言いながらおなかを抱えて笑い出したと思ったら、今度は突然真面目な表情に変わってつぶやいた。


『……でもさ、よく考えてみたら、幸姫ならLUCなんてなくてもいいんじゃ……』


 それは、私にはリアルラックの力もあるからという意味だろう。

 とはいえ、これは具体的な数値で物事が決まっているゲーム世界なので、LUCというステータスにも何か明確な価値があるはずだ。ふわっとしたドロップ率が上がるーみたいな感じではなく、LUCの値を参照して明確に白黒が分かれるような、何かが。……あって欲しい。

 まあ、私がLUCに振る理由はもっと単純な話なのだが。


「種族補正っていうのでLUCが凄く上がりやすいからさ、なんかいっぱいステータスが上がった方が嬉しいし、つい振っちゃうんだよね」

『あー、私もちょっと調べてみたけど、種族によってだいぶ格差があるみたいだねー。転生の方法もまだ詳しくわかってないらしいし、ステ振りに困ってる人がほとんどみたいだよ』

「ふーん」


 すっかり忘れていたが、ゲームを開始する前に転生がどーのみたいな説明もあったっけ。

 私はもうこの種族で最後まで行くつもりなのにステ振りに悩んでいるというのだから、転生前提だったり転生を視野に入れている人はもっと悩んでいるのだろう。


 なんて思ったところで、ふと一つの疑問が湧いてきた。


「……そういえば、私以外のユニーク種族の情報ってネットに転がってるの?」

『うーん、だいたいは名前くらいまでだねー。幸姫のラッキープリンセスも、ゆきひめっていうユーザーネームとセットだけどそれくらいしか情報なかったー』

「そうなんだ」


 エリーナやメノは色々知っているはずだが、わざわざネットで私の情報を公開したりはしていないらしい。


「それって、私のみたいに変な名前の種族だったりするのかな?」

『うーん……そうとも限らないけど、割とそうかも?『赤の賢者』みたいな赤って何?みたいな感じのもあるし、逆に『槍神』みたいなわかりやすいのもあったって感じー』


「まあ、ネットの情報を鵜呑みにするならだけどねー」と続けて言う紗音。

 そういう意味では、私の名前はワールドアナウンスでも何度か流れているので、ラッキープリンセスのゆきひめという情報はその中でも確実性の高いものとして認識されているのだろう。


 しかし、紗音の出した例えでも、赤の賢者と槍神はどちらもラッキープリンセスのような特定の人物を指している言葉である可能性が高そうだ。紗音はよくわからないものとわかりやすいものとして分けていたが、私にとってはどちらも同じ指標を持つ言葉である。

 やはり、ユニーク種族というのはそういった背景が用意されている種族なのかもしれない。そしてそれは、その背景を追うクエスト的なもの───このゲームに置いては種族進化条件のアンロックが、ストーリー的に一人のプレイヤーにしか与えることができないから、ユニーク種族という形になっているのだろう。

 そう考えると、ユニーク種族を引けたのはゲームを楽しむ上でかなりラッキーだ。……紗音もユニーク種族を引けば私は二つのストーリーを楽しめるけど、どうかなあ。


 なんて淡い期待を抱いていると、紗音が思い出したように声を上げた。


『あ!』

「……んー?」

『えっと、なんだっけ……称号?みたいなやつ!あるじゃん?』

「あー、うん」


 そのシステムにはいつもお世話になっています。


『あれ、付けてるとなんか恩恵があるとかないとか言われてたよ!幸姫なら、良いの持ってるんじゃない?付けてる?』

「ん……そういえば、付けてないんだっけ」


 エリーナと出会った時に外してから、ずっとそのままだ。

 もはや私のユーザーネームはネット上で晒されまくっているので、当時の称号を付けないことで注目されないようにするという目的はもはや意味をなしていないだろう。


『えー、もったいない!何か付けてみればー?』

「うん。そうする」


 恩恵があるにしろないにしろ、あるかもという話ならなら付け得だろう。少なくとも、付けてたら損をするなんてことはないはずだ。


 しかし、そうなるとどの称号を付けるべきかという話に発展する。

 もし仮に称号を付けて得られるボーナスというのがあるとするならば、そのボーナスがどんな称号でも同じというのは考えづらい。すごい称号ほどボーナスは高く、一般的な称号ほどボーナスは低いと考えるのが自然だろう。


「うーん……」

『どうしたのー?』


 獲得済み称号一覧を見ながら唸る私と、その画面が見えないために首を傾げる紗音。


「称号、何を付けようかなって」

『そんな悩むほど持ってるの?』

「うん」

『ネットだとあまり手に入らないって言われてたけど……これどっち?』

「……多分、私が稀有なだけだと思う」


 このゲームの攻略という点において、私ほど参考にしてはいけないプレイヤーもなかなかいないだろう。

 そんな私に紗音が少し困ったような笑い声を出すと、場の空気を切り替えるように声のトーンを少し上げた。


『じゃあさ、私が選んであげる!』

「ん……でも、この画面そっちからは見えないんだよね?」

『なんも見えてないよ!どんなのがあるか教えてー?』

「え……なんか、ちょっと恥ずかしいんだけど」


 ゲーム内で手に入れる称号と考えると雰囲気があっていいのかもしれないが、それを改めて自分の口で言うとなるとなんだかとても恥ずかしいものがある。

『誘われし者』とか、別にいいんだけど声に出して言うのは恥ずかしすぎるでしょ……


 なんて私の内心を知る由もない紗音は、私のことを急かしてくる。


『恥ずかしいってどーゆーことー?変な称号でも持ってるの?』

「変っていうか……いや、恥ずかしがってることがもう恥ずかしいというか……うん。別に気にするようなことじゃないっていうのはわかってるんだけど……」

『あー……幸姫って意外とそういうとこあるよね?』

「……そうかな?」


 紗音が言うならそうなのだろう。


 いや、そんなことはどうでもよくて。

 ここでうだうだしても時間の無駄なので、覚悟を決めよう。


「えっと、上から……『初めての友達』と、『ファーストテイマー』と……えーっと、『世界初の偉業』……」

『うんうん』


 次を促すように相槌を返してくる紗音。

 私は若干の恥ずかしさを感じながらも十六個の称号を全て伝え終えると、謎の疲労感を覚えてぐったりと机に突っ伏した。


『……んー、そうだねー……』


 紗音はあえてそんな様子の私には触れずに、わざとらしく声を出しながら悩む。

 そして、十秒も経たないうちに決断を下した。


『よし!たった今、幸姫の二つ名は『大将』に決まりました!』

「おー……まあ、まあ」


 中では一番しっくりくる称号だ。

 単に言葉が壮大過ぎて気が引けるものとか言い回しがちょっと洒落過ぎてピンと来るかと言われれば来ないものも多い中、紗音は「まあこれは私のことを指しているでしょう」と納得できるものに決めてくれた。実際私は四天王にも選ばれたわけだし、べにいもやどどたちの主という意味だけではなく、名実ともに大将クラスではあるはずだ。まあ、まだなる予定の段階だけど。


 まあ私の性格を考えるともし変なものを言われても断るだけだし、紗音が無難ものを選んだのは必然のことだったのかな。

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