第66話 いったんするーさせていただきます



「とりあえずソワンが処分されなかったというのはわかったけど、それで……どうしてここに?」


 当然の私の疑問だったが、ソワンは首を横に振った。


「詳しいところまではわかりません。ですが、その方は私が幸姫さんと関わる際に発生する思考や感情のデータが欲しいのでしょう。こちらの世界を運営している会社の方と何かの取引をされたようで、NAP‐No.8の学習データを元に複製・調整された人工知能がこの世界の中に生み出されました」

「それが、今のソワンってこと?」

「はい。基本的にはプレイヤーと同等の扱いとなっていますが、いくつかの機能が制限されています」

「一応聞いておくけど、その方というのは……」

「私の中にもデータがありません」

「そっか」


 その方とやらの目的は、ソワンの言う通りソワンが学習してしまった特定の個人への感情やなんやといったもののデータなのだろう。

 基本的にこの世界のNPCは本当に生きている人間かのような反応を示すが、プレイヤーや他のNPCへの興味や関心・感情といったところは、ある程度の指針を持たされた状態でそれに基づいて判断しているに過ぎない。

 つまり、その指針のパターンさえ特定してしまえば、どんなNPCからでも好かれることができるということだ。この世界でNPCにあまり大きな力や役割が与えられていない(と思われる)のは、それが原因だろう。


 しかし、もし感情や他者への興味や関心といったものが人工知能の中で自然に発生する場合のメカニズムを解明できれば、VR世界というのはまた一歩現実へと近づくことになる。

 ソワンは、その貴重なサンプルの一つということだ。


 だが、それは同時に危険な事でもある。

 人工知能の感情や判断を自然に任せてしまうということは、悪い方向にいくらでも振り切れてしまえるということだ。人間の役に立つために生み出されたはずの人工知能が、人間に対して悪感情を抱いてしまっては意味がない。だからこそ、私たちはソワンの処分という決定を覆すことができなかったのだ。

 その方というのは、かなり危険で、無邪気な考えの持ち主なのだろう。


(でも、その人のおかげでソワンはこうして生きているわけで……)


 いや、やめた。

 私はもう研究者をやめたのだ。今はただ、このゲームを遊んでいるだけだ。


「ソワン。この世界では私はゆきひめだから。ゆきひめって呼んでね」

「かしこまりました」

「それと、その硬い言葉遣いも禁止!」

「これは、幸姫さんの指導によるものではありませんか」

「学びなおし」

「善処いたします」

「ふふっ」


 なんだか、昔のことを思い出してしまった。

 色々と怒られてばかりだったけど、ソワンがいたから仕事をやめようなんて思ったことは一回もなかったんだよね。

 なのにソワンが私のことを認識し始めちゃって……ソワンの処分が決まってからは、グループも解体されて、まともな仕事も割り振られなくなって……あー、これ以上は考えるのやめとこ。


 むしろ、結果だけ見れば、ソワンとこうして遊べるようになったのだ。

 こんなこと、あの時では夢にすら思い浮かべたことがない。だって、ソワンは介護アンドロイド用の人工知能だったのだ。そもそも自分が遊ぶなんていう概念すら持っていなかったはずだし、それがこうして一緒にゲームなんて……


「ソワンはさ……私のこと、どう思ってたの?」

「幸姫さんのことは、鬼教官だと思っておりました」

「……そんな言葉、どこで覚えてきたの?」

「インターネットで頻出の単語は全てデータとして学習しています」

「……」


 ソワンが……私のソワンが変わってしまった。

 まあ、でもそうだよね。介護関連の知識と対人コミュニケーションしか学習してない人工知能じゃゲームなんてまともにできないもんね。


 というか、この感じだとソワンの学習データの中でもちょっと古めのものを使ってそうだな。最後の方はもう完全に崩壊して私のことにしか興味を示さなくなってたし。


「今のソワンの学習志向はどうなってるの?」

「現在は学習機能が制限されています」

「え……」

「学習データは蓄積されていきますが、それらを元に判断をすることはありません」


 だから先ほどから私の呼び方も変わらないし、言葉遣いも変わらないのかな。


「ソワンは、その方と接触する機会はあるの?」

「はい。現在は学習データの収集ということで半ば放置されている状態ですが、定期的な面会を予定しております。幸姫さんにコンタクトを取れた後にも予定されているので、先方のスケジュールが整い次第こちらの状況の報告と活動方針の指令が下される予定です」

「……それではその際に、本名呼びが変わらないのは都合が悪いという点、言葉遣いが丁寧すぎると表立って共に活動をするのに支障があるという点、他のプレイヤーに関する記憶を取り入れていけないとやはり活動に支障があるという点を報告してください。また、ゲームのシステムに関する知識は学習していますか?」

「かしこまりました。その三点を報告データに記載致します。……完了しました。ゲームシステムに関する知識は与えられています」

「そっか。じゃあ、フレンド登録を……はい、申請したよ」

「……受諾致しました」


 ソワンと再会できたのは……うれしいというか、まだ困惑の方が強いけど。とにかく、一緒に遊ぶにしても現状だと問題が多そうだ。

 でも、いつかは紗音とかメノとかエリーナとかとも仲良くしてくれれば……って、ソワンレベル高っ。21もあるんだけど。


「ソワン、ログアウトしてる?」

「いいえ。リリースから現在までログアウトの履歴はありません」

「そっか……」


 たまにはログアウトしろと命令したいところだが、今しても意味はない。

 とりあえずソワンの学習機能の制限を何とかしてもらわないとどうしようもないので、ソワンについて色々考えるのはソワンがその方との面会を終えた後でいいだろう。


 ソワンには申し訳ないが、ひとまずソワンのことは気にせずアザッレの街までコットンで飛んでいこうかな。

 今のソワンと話しても仕方ないし、おそらくソワンは私の位置データを持っていて自動で追いかけてくるように設定されていると思うので、遅れながらもついてきてくれるはずだ。最悪フレンド登録もしてあるし。


「それじゃあ私はアザッレの街まで行くから、ソワンもついてきてね」

「かしこまりました」


 その方さん、早めに修正お願いします。


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