第64話 紗音と散歩した


「んっ……」


 VR世界から帰還して、凝り固まった身体を思いっきり伸ばす。

 時計を見るとおよそ一時過ぎといったところで、ログインしてから四時間しか経っていなかったらしい。

 今日あった出来事が四時間のうちに起こった出来事だと思うと、とても濃密な時間だった。


「……ふぅ」


 息を吐いて、頭を切り替える。

 今日はまだ一回しか食事をしていないのでご飯を食べてもいいのだが、この後すぐに寝てしまう可能性を考えると食べない方が良いのかもしれない。

 となると、今日はもう歯を磨いてシャワーだけ浴びてこのまま軽く寝てしまおうかな。それで明日の朝早め起きて、しっかりご飯を食べて、散歩でもして、ゆっくりお風呂に入ろう。


 そう決めた私は、九時に目覚ましをセットして眠りについたのだった。

 九時は超早起きだよね。




「……」


 目が覚めると、まだ七時半だった。

 昨日はあまり活動しなかったし、こんなものだろうか。

 いや、どちらかというとお腹が空いて目が覚めたって感じかな。


 というわけで、朝ごはんを用意する。

 こういう時は栄養の吸収率が良いとかなんとか言われているので、あまり量はいらないだろう。元々、私は小食な方なのだ。


 というわけで、サンドイッチを作ってパクり。その後、余った食パンの耳を齧りながら携帯端末を弄る。

 そういえば、昨晩紗音から来ていたメッセージを放置していたんだった。ゲームのことで何か気になってることがあったみたいだけど。

 この時間ならまだ家にいるかな、と思って紗音に電話をかけてみる。


『もしもーし』

「おはよう紗音」

『おはよー』


 ちょっと眠そうな紗音の声。


『どーしたのー?こんな時間にー』

「昨日メッセージ来てたの、あんまりよく見ないで放置しちゃってたから」

『メッセー?……あっ、そうだった!』


 突然意識が覚醒したのか、紗音の声のトーンが一段と上がる。


『あたしも事前に情報を仕入れとこうと思ってVCSのこといろいろと調べてたんだけど、なんか『ゆきひめ』っていうプレイヤーのことが話題になってて!』

「ん?」

『これって絶対幸姫のことだよね!?』

「うん。そうだけど」


 ワールドアナウンスとかで名前を晒されてるわけだし、ネット上で話題に上がってても当然だろう。

 まさか、それが先行プレイ権を持ってない紗音にすら見つかるほどの大きな話題になっているとは思わなかったけど。


『そうだけどって……まあ、幸姫がそーゆーの気にしないのは知ってたけどさー』

「なんて言われてたの?」

『えー。なんか、どこの企業所属なのかーとか、チーターなんじゃないかーとか?』

「おー」


 びっくりするくらい的外れだ。

 まあ、ネットの噂なんてそんなものだろう。


『それで、これもうネットで情報集めるより幸姫に聞いたほうが早いじゃん!って思ってさー』

「あー……なんか、私の場合はちょっと特殊だと思うから」

『そーなの?』

「そーなの」


 称号獲得でレベリングなんて、狙ってできるものではないだろう。

 いや、情報が出てからならある程度は狙ってできるのかもしれないが、少なくとも獲得経験値が多いと思われるファースト称号なんかは狙ってできるものではない。


「紗音がやる時には私が手伝うよ?どうせ暇だし」

『おー、パワーレベリングとかできる感じなのー?』

「ぱわ……?」


 まだ私の知らない用語があったとは……恐るべしゲームの世界。


『パワーレベリングっていうのは、レベルの低い人がレベルの高い人に経験値がいっぱいもらえる高レベルなモンスターが出てくる場所に連れて行ってもらって、その人は努力をせずに周りの人の力でレベルを上げてもらうやり方のこと!』

「なるほど……聞いた感じだとできそうだけど」


 ストーンリザードの狩りなんかでは、私は『鼓舞』をしていただけだったが、経験値やドロップアイテムはきちんと配分されていた。

 つまり、同じようにひとまずレベル8まで上げてしまい、そういう攻撃以外の面で貢献できるスキルを取得して高レベルな狩場に行けば、多少は危険があるかもしれないがそのパワーレベリングとやらも可能そうだ。


『おー!じゃあお願いしちゃおっかなー。今更ガッツリ手動でコツコツレベリングする時間なんてないからねぇ……』

「紗音もこのゲームでプロ目指せば?」

『えー!そりゃなれれば最高……いや、それはそれで色々プレッシャーとかありそうだけど。とにかく倍率とんでもないでしょー。まあ、幸姫がついてるって思えば行けない気もしないけど……』

「ダメだったとしても紗音一人くらいなら私が面倒見れるよ?」

『もー、紗音わたしのこと好きすぎ!』

「うん」


 大切な友達のことを、好きじゃない人なんているのだろうか。

 私だって紗音のことを頼っていた時期があったのだし、紗音も私のことを頼ってくれてもいいのに。


『そりゃ私も幸姫のことは好きだけどさー。ちゃんと自立した一人として幸姫のことを好きでいたいからさー』

「まあ、紗音がそう言うなら……あ、そういえばこの後散歩にでも行こうかなって思ってたんだけど」

『散歩?おっけー。三十分くらいなら時間あるよ!』

「じゃあそっち行くね」

『りょうかーい』


 それから紗音と散歩をして、家に帰ってゆっくりとお風呂に入って、改めてしっかりと食事を取った私は、ちょうど十二時くらいにVCSの世界へとログインしたのだった。


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