第55話 ぶいあーるのあれやこれや
「ゆきひめさん!そろそろ終わりにしようと思います!」
「……はひ」
腕を力なくぶら下げて、なんとか離さずに掴んでいたポンポンを手放す。
ポンポンは少しの間落下していくとスーッとその姿を消し、私の『鼓舞』のスキルの効果が消え去った。
「ぷ?」
「ケケケケ……」
心配そうにすり寄ってくるべにいもとどど。今の私には、彼らを安心させるためになでてあげることすらできなかった。
「……ゆきひめさん、そこまで無理してくれなくても良かったのですが」
「む、り?……ぜんぜん、そんなの……して、な……いです」
「……」
困ったように私を見つめるメノ。
おかしいな。おっちょこちょいなメノのことは私が心配する側だと思ってたのに。
「とりあえず、このポーションをどうぞ!……あ、私が飲ませてあげます!」
「……ありが、とう……ござい……ます」
ポーションを握る力さえ残っていない私に、メノが甲斐甲斐しくポーションを飲ませてくれる。
なんだか、こうやって他人に甘えるのは随分久しぶりな気がした。
「んっ……ふぅ」
「落ち着きましたか?」
「はい。ご心配をおかけしました」
ポーションのおかげか、みるみるうちに息が整っていく。
激しかった動機も全く力の入らなかった腕もどんどん正常に戻っていき、まるで魔法の治療を受けているようだった。
「今のポーションはどういうものなんですか?」
「疲労回復のポーションです!」
「そんなものもあるんですね」
「はい!ちょっとお高いですが、効果はてきめんです!」
「……ですね。私も買っておきます」
これからも『鼓舞』を使うと思うと必需品だろう。
ちなみに、『鼓舞』のスキルレベルは5まで上がった。スキルレベルは上がるごとに次のレベルまでに必要な使用回数がどんどんと上がっていくので、ここから先はかなりしんどそうだ。
そして強化内容としては強化を8まで上げたのだが、『鼓舞』の派生スキルは他のスキルも取得して強化しないとアンロックされないようで、しばらくは『鼓舞』を使っていく感じになりそうだった。
「ところで、この後はどうするんですか?」
「そろそろ警告時間なので、私はログアウトしようと思っています!」
「警告時間?」
聞き慣れない言葉に、オウム返しをする。
「VRゲームは十二時間以上続けてプレイすると、警告が鳴って強制終了される仕組みになっているんです!それが警告時間と呼ばれているものですね!」
「十二時間……そんなにやってたんですね」
今がちょうど二十四時くらいなので、メノはお昼の十二時からずっとプレイしていたということになる。
昨晩も私がログアウトした時にはまだプレイしていたはずなので……うん深くは考えないでおこう。
「それじゃあ私も……いや、べにいもたちにごはんを上げてからにしようかな」
「ぷぎ?」
ごはんという単語に反応したのか、べにいもが私の顔を覗き込んでくる。
どどは無反応だけどあまり興味ないのかな?
コットンは……うん。
「では、また明日ということで!」
「はい。お疲れさまでした」
「おつでした!」
シューンと縦長の光になりながら消えていくメノ。
ログアウトする時は他人からこんな感じなんだ、なんて思いながら伸びをする。
「んーっ……疲れたぁ」
本当に、本当に疲れた。
こんなに運動をしたのはいつぶりか……なんて、現実の肉体には何の影響もないから健康的な意味はないのだが、それでも気分は晴れやかだった。
しかし、こんなに晴れやかな気分なのはVR空間だったおかげだろう。きっと現実なら今頃疲労こんぱいで大変なのだろうが、今はむしろそこを乗り越えてシャワーを浴びて程よい疲労感の中で達成感に浸っているような感じだ。
(……気分はいいけど、なんか……)
改めて考えてみると、ポーション一つで疲労感が吹き飛ぶのはなんだか麻薬的な依存性がありそうで怖い。
そういえば最近、フルダイブ型VR機器の快楽信号を出力する部分を改造して増幅させたものを販売して捕まった人がいたんだっけ。確か私くらいの女性がその機器の……いや、暗い話はやめておこう。私のはメーカーの懸賞で当たった新品のやつだから大丈夫だ。
「コットン、双翼の森の毒沼エリアまで行ける?」
「(大きな丸の形)」
コットンはVITが1なのに、本当にタフだ。むしろ、コットンの中にはスタミナという概念がないような感じすらある。そういう仕様なのだろうか。
しかし、たしかに現実的に考えてみると、コットンは飛ぶ際に体を一切動かさずに平行移動しているので、その運動では肉体が疲労しないのかもしれない。
……いや、布が浮いて謎の力で平行移動していることを現実的に考えても意味はないのかもしれないが。
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