第49話 ちょうごう、むずかしい


「それじゃあ早速だけど、ゆきひめちゃんは調合のことをどのくらい知っているのかしら?簡単なイメージとかでも構わないわ」

「うーん……なんか、アイテムとアイテムを混ぜてポーションを作るっていうイメージです」

「そうね。だいたいそれで合っているわ」


 私の回答に、デラキナが満足そうにうなずいた。


「ただ、一口に混ぜると言っても、イメージがしづらいでしょう?そこのところはどうかしら」

「えーと……なんかよくわからない液体に入れてかき混ぜる、みたいな」

「大正解!そのよくわからない液体っていのは、基液と呼ばれる液体ね。ちなみに正式名称は『きえき』だけど、声に出すときは『もとえき』と呼ばれているわ。その理由は後で話すとして、ちょっと実物を持ってくるわね」


 そう言いながら、デラキナが奥の部屋から六つの液体が入った瓶を持ってくる。

 その六つはそれぞれ赤色・青色・緑色・黄色・白色・黒色のもので、更には品質を表すようなラベルが貼られていた。


「基液は一種類しかないけれど、性質が目まぐるしく変化する液体なの。だからこそ様々な素材アイテムの効果を吸収することができて、調合の基となる液体という意味で基液と呼ばれているわけね」

「なるほど……」

「それで、基液の性質は大きく六つあるわ。今持ってきたこれがその六つ。呼び方はそれぞれの色+液って感じね。赤色のこれなら赤液、青色のこっちなら青液って感じよ」


 軽い気持ちでやってきたのだが、結構複雑な感じなのだろうか。

 不思議液に素材を入れてかき混ぜて終わりみたいなものを想像していたのだが、どうやらそんな単純な話ではないようだ。


「それぞれの性質の話なのだけれど、ゆきひめちゃんは属性というものを知っているかしら?」

「火属性とか、水属性とかですか?」


 属性と言われて私が思い浮かべたのは、魔法の属性だ。

 ちょうど、魔法の属性も火・水・風・地・光・闇の六つである。

 そして、そんな私の言葉にデラキナはにこやかに頷いた。


「そうね。属性と言われたら魔法を思い浮かべる人が多いけれど、それぞれの素材アイテムにも属性があるの。例えばスライムジェルなら水属性、素材特性が魔力回復作用のルナラ草という薬草なら地属性という感じにね」

「素材特性?」

「ええ。素材特性というのは素材が持つ性質のことね」

「なるほど」


 そう言われて確認してみたものの、アイテム自体にその表記はされていなかった。

 属性や素材特性というのは、隠しステータス的なものなのだろうか。しかし、調合をするならわからないと困ってしまう。地道に実験して覚えていくしかないのかな。

 なんて余計なことを考えている間にも、デラキナの授業は続く。


「今例に挙げた地属性のルナラ草だけど、このルナラ草の素材特性をポーションに取り込もうとした場合、すり潰して粉末状にしたポランカッサを黄液に溶かす必要があるの。ちなみに、基液を『もとえき』と呼ぶのはこの黄液と呼び方が被ってしまうからというのが理由ね」

「……なるほど。黄液はきえき以外に読みようがないですもんね」

「そういうこと。話を戻すけれど、この六つの基液はそれぞれ赤ー火・水ー青・風ー緑・地ー黄・光ー白・闇ー黒で対応した基液ということになるわ。地属性の素材アイテムの素材特性を含ませたいなら黄液にすり潰して溶かす、闇属性の素材アイテムの素材特性を含ませたいなら黒液にすり潰して溶かす、といった具合にね」

「ふむふむ」


 つまり、店頭で売っているHP回復ポーションは赤なので体力回復作用のある薬草は火属性、解毒ポーションは緑色なので解毒作用のある薬草は風属性といった感じなのだろうか。

 だとすると、HPとMPを同時に回復するようなポーションは作れないということになってしまう。それとも、体力回復作用の素材特性を持つ火属性出ない素材アイテムもどこかしらにはあるのかな。


「そしてこの素材特性を含ませる方法だけど、ただ粉末状にして基液に溶かすだけではダメなの。温度管理と攪拌が大事で、火力調整をしながらかき混ぜ続ける必要があるわ」

「火力調整ですか」


 なんだかややこしい話になってきた。


「ええ。それぞれの素材アイテムには軟点と沸点というものがあるわ。素材アイテムを粉末状にしていれる場合、入れた時の基液の温度がこの軟点を超えていないと意味がないのだけど、入れた後に基液の温度が沸点を超えてしまうとその効果が失われてしまうわ」

「温度を上げ過ぎず下げ過ぎずでいい感じに保たなければいけないんですね」

「いいえ、そうじゃないわ」

「?」


 私としてはデラキナの説明をそのまま嚙み砕いたつもりだったのだが、どうやら違っていたらしい。


「ここが調合の難しいところなのだけれど、素材アイテムを粉末状にしていれた後、基液の温度が軟点を超えている間は素材アイテムが徐々にダメージを負ってしまうの。そして、そのダメージに耐えきれなくなったら、沸点を超えた時同様にその効果が失われてしまうわ。それまでの時間を、私たちは消失時間と呼んでいるわね」

「え……でも、入れる時は軟点を超えてないといけないんですよね?」

「ええ。しかも、入れた時に素材アイテムと基液が反応することで熱が発生して基液の温度も上昇してしまうわ」

「じゃあ、一気に冷まさないといけないということですか?」

「最初の内はそれで大丈夫よ」

「……というと?」


 含みのある言葉に続きを促すと、今度は再び先ほど持ってきた六つの基液を四つのグループに分けて私の前に並べなおした。


「ここに基液の品質が記されたラベルがあるでしょ?読めるかしら」

「えーっと、荒基液とか基液とか書かれているところですか?」

「そう」


 デラキナが並べなおした基液には、赤液と黒液には荒基液、黄液には基液、緑液と白液には純基液、青液には超基液という風にラベルされていた。


「それぞれの基液は品質ごとに含ませられる素材特性の個数と調合時間が決まっていて、それは荒基液なら一つで一分、基液なら二つで四分、純基液なら三つで七分、超基液なら四つで十分という感じよ。最初の方はこの荒基液しか使うことがないから一度素材特性を含ませたら一気に冷ましてしまっていいのだけれど、複数の素材特性を含ませたい場合には粉末状にした素材アイテムを複数回に分けて入れる場合があるから、そういった時には冷ましすぎると温度を上げるのに時間がかかって調合時間が足りなくなってしまうの」

「……場合があるってことは、同時に入れる場合もあるってことですか?」

「ええ。素材特性を含ませたい素材アイテムの属性が同じで、同時に入れても沸点を超えない場合はね」

「……?」


 素材特性を含ませたい素材アイテムの属性が同じというのは、そもそも最低限の条件なのではないのだろうか。

 そんな疑問を抱いて首を傾げると、デラキナは満足そうにうなずいた。


「ちょんと話は理解できているようね。ゆきひめちゃんは今、属性が違う素材アイテムでも一緒に素材特性を含ませられるのか、と思ったでしょう?」

「はい」

「最初にも言ったけど、基液は性質が目まぐるしく変化する液体なの。だから、調合中に属性を変えることも可能だわ」


 なるほど。

 それならば、素材特性を持つ素材アイテムの属性が違う、例えばHPとMPの回復効果とかでも同時にその効果を持たせたポーションを作ることも可能になる。

 それどころか最大で四つまで含ませられるとなれば、到底店頭では売ってないような効果のポーションを作ることも可能だ。


「そしてその方法なのだけど、今度は素材アイテムに手を加えずにそのまま直接基液に入れるという方法よ」

「そのまま……」

「ええ。例えば赤液にルナラ草を直接入れれば、黄液になるわ。といっても、すぐに黄液になるわけではないの。ルナラ草をしばらく軟点以上の温度で温めて基液に馴染ませる必要があるという感じね」

「……あれ。でも、軟点以上の温度にしちゃうと粉末状にして入れた素材アイテムの消失時間が減っちゃうんですよね?」

「ええ。ただ、素材によって軟点に差があるという点と、消失時間は軟点よりも低い温度を維持することで回復するけど馴染ませるために必要な時間は軟点よりも低い温度になっても進まないだけで減ったりしないという点があるから、ものによっては軟点の差を上手く利用して効率的に進めたり、それが無理な場合は温度を上げ下げして上手く消失時間を管理しながら馴染ませたりという感じで調合を進めていくことになるわね。だから、そこの管理が調合の一番の腕の見せ所よ」

「……」


 聞いた限りだととても難しそうな話だが、その分どんなアイテムでも混ぜられるという自由度はとても魅力的だ。

 とてもやり込み甲斐がありそうだが、一つ問題がある。


「デラキナ先生、質問があります」

「はい、なんでしょう?」

「その、素材アイテムの素材特性や属性、あとは軟点と沸点というのはどうやって知れば良いんですか?」

「一から全部自分でやるとなると、実験を繰り返すしかないわね。でも安心して。ゆきひめちゃんには、私が培ってきた知識を授けてあげるから。といっても、私も師匠から譲り受けたものがほとんどだけれど」


 そう言って自虐的に笑うデラキナ。

 そんなデラキナに差し出されたのは、分厚い一冊の本だった。


「これが、私が受け継いできた知識とそこに私が書き加えた知識の結晶ね」

「……いいんですか?もらってしまって」

「もちろん。いつか弟子を取った時のために用意していたものだもの。むしろもらってくれないと困っちゃうわ」


 たしかに、この本は傷一つついてない新品だ。

 いつか弟子を取った時のためにこんな本を用意しておく割には、立地が終わっている場所にお店を構えているのは何か事情があるのだろうか。

 まあ、あったとしてプレイヤーの私がNPCの抱える事情の役に立てるとは思えないが。


「それじゃあ、次回は実際に調合をしてもらうわね。まだまだ説明できていないところもあるけど、そこは実際にやってみながらということで」

「わかりました」

「一応基礎的な知識もチェックするから、その本をちゃんと読んで知識を付けておいてね。もちろん、全部なんて言うつもりはないから、自分のペースで大丈夫よ」

「はい」


 全部と言われたら、本気でやっても何か月かかるかわからないほど分厚い本だ。

 コットンに乗って移動する時にでも読もうかな。まさか、ゲームの中で資格試験のまねごとをすることになるとはね。




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