第48話 ちょうごうししかく
「調合台?そんなもん置いてるわけがないだろう」
アザッレの街に着いて真っ先にアイテムショップへと足を運んだ私は、店員から馬鹿にされたようにそんなことを言われていた。
「そうなんですか?」
「当たり前だ。調合台ってのは、調合師のところに調合を習いに行って調合師資格を貰うのと同時に授かるもんだろ?」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「おう。調合師んとこに行くなら頑張れよ!調合師資格を取るのは難しいっていうからな」
「頑張ります。……あの、ついでに調合師の居る場所を教えてもらうことはできますか?」
「ん?あー、ここに調合台を求めてくるやつならそりゃ知らねえか」
その通りだが、ちょっと失礼な人だ。
というか、このゲームのNPCはそういう人が多い気がする。
「ここの通りの二つ奥の道をずっと右に行くと大釜マークの看板を出してる家があるんだが、そこだな」
「ありがとうございます」
「気にすんな。たくさん素材アイテムを売ってくれた礼だ」
もしアイテムを売らずに聞いていたら、教えてもらえなかったのだろうか。
NPCがどういう行動基準をしているのかは知らないが、現金な人が多いと思っておこう。
ちなみに、素材アイテムは大狼・ポイズンスライム・ポイズンマジシャンが落すものをそれぞれ五つずつだけ残して他は全部売ってしまった。どうせ欲しくなったらコットンですぐ取りに行けると思ったからだ。
「……そういえば、これも見たような気がする」
店員の指示通りに道を進むと実際にその大釜マークの看板を見つけたのだが、それを見て私はグリーシャの街でも同じようなものを見かけたがスルーしたというだけの薄い記憶が蘇ってきていた。
確か剣と槌が交差する看板もあったような気がするが、あれは鍛冶師がいるというマークなのだろう。
「おじゃまします」
ノックをして、その家に入る。
中は草木をすり潰したときに出るような香りが充満していて、時が止まったような埃一つも舞っていない静寂な空気も相まっていかにもという雰囲気を放っていた。
「いらっしゃい。直接ここにくるお客さんなんて久しぶりね」
そんなことを言いながら、奥の部屋から顔を出してくる女性。わかっていたことだが、名前の表記がないのでNPCだ。
「……ここはお店なんですか?」
「そうね、一応は。何かを求めてきたわけではないの?」
「調合台が欲しくて来ました」
「あら……その意味は分かっているのかしら?」
「先ほど知りました。試験を受けるとかなんとか……」
「ええ。でも、その前に調合の指導を受けてもらわなければいけないのだけど……」
「……ダメですか?」
何かを言い淀んだその女性の情に訴えかけるように、瞳を見つめる。
するとその女性は、困ったように微笑んだ。
「ダメというわけではないのよ?でも、私のところに来る人なんて今まではいなかったから」
「……」
たしかに、この店がある場所は立地が酷かった。
そもそも、プレイヤーなら基本的には表通りしか行くことはないだろう。裏通りはだいたいがNPCの家で、プレイヤー的には意味のない場所となっている。
しかも表通りから更に二つも道を奥にした通りにこの店はあり、その通りも治安の悪そうな少し薄汚い場所だったのだ。プレイヤーでなくとも、ここに住んでいる人でもない限りあまり近づくような場所ではないだろう。
「アイテムショップのおじさんに聞いてここに来たんですけど」
「ああ、ニックね。あの人ったら、変な気を遣っちゃって……」
ニックというのがあのNPCの名前らしい。
どうやら、NPC同士にも色々と人間関係や都合があるようだ。
「私としては構わないのだけど、本当にこんな所で大丈夫かしら?貴方も、ここまで来るのは怖かったでしょう?」
「いえ、それは大丈夫ですけど、ここに何度も通う必要があるということですか?」
「そうね。詳しいことを話すと、調合師資格は師匠から弟子へと与えられるものだけど、正式には弟子の試験を監督した師匠がその結果を元に調合師管理局に申請を出して弟子の資格を受け取るという感じなの。だから、最低でも今日に指導と試験をこなしたとしても、資格を受け取りにもう一回は来てもらわないといけないわ。それに、資格にもランクがあるから、昇級試験の時にはまた来てもらわないといけなくなるわね。一度師弟関係を結んでしまうと、その弟子のことはその師匠の責任ということで最後の皆伝ランクまで面倒を見る必要があるから」
「なるほど」
ちなみに街中ではテイムモンスターがスタンバイ状態となるようで、召喚状態が解除されるわけではないもののその存在は一旦電子の海へと消えるようだ。
騎乗ペットには召喚状態解除による再召喚のクールタイムが存在しないので、そういうややこしい状態ではなくシンプルに召喚状態が解除されている。
その差としては、テイムモンスターは街から出たと同時に自動的に召喚され、騎乗ペットは自ら召喚しないと召喚されないという程度だろうか。
とにかく、彼女からしたらまるで子供の私が一人であんな道を通るのは危険だと言いたいのだろう。
「それならやっぱり大丈夫です。そちらに問題なければ、ぜひお願いします」
「そう?まあ、貴方がそう言うのなら受け入れましょう。私はデラキナ。デラキナ先生と呼んでくれれば大丈夫よ」
「私はゆきひめです。よろしくお願いします、デラキナ先生」
「ええ。よろしくね、ゆきひめちゃん」
やっぱり子ども扱いだ。
まあ、調合のことを学べるならこの際何でもいいが。
「それじゃあ早速指導を始めようかしら。それとも、今日は都合が悪い?」
「三十分くらいなら大丈夫なんですけど……」
「わかったわ。それじゃあ今日は基礎的な知識だけ教えるわね。私は基本的にいつでもここにいるから、いつでもいらっしゃい。手が離せない時でも、見守るくらいのことはできるから」
「ありがとうございます」
これって、私がデラキナから指導を受けている間には他のプレイヤーはデラキナからは教われないということなのだろうか。
だとすると、そのうち調合師の取り合いが激化しそうだ。街中にどれだけの調合師がいるのかはわからないが……それとも、プレイヤーが皆伝ランクまで行けばプレイヤーからプレイヤーでも調合師資格を与えることができるのだろうか。
うーん……一応鍛冶スキルも取って鍛冶師資格も取っておこうかな。今のうちに、念のためにね。
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