第45話 こっとんさいこう
「んぁ……」
ぐっすりと眠り、自然と目が覚める。
真っ暗な部屋の中で、時間を気にするわけでもなくゆっくりもぞもぞと身体を覚醒させる。
この時が、仕事を辞めて良かったと感じる一番の瞬間だ。
「ふぅ」
身体を起こして、ベッドに座るような体勢で息を大きく吐く。
覚醒直後からだるさを感じないのは、十分に眠れている証拠だろう。
「んっ」
身体を伸ばして、立ち上がる。
軽く歯を磨いて、水分を補給する。
軽くパンでも食べてから、買い物に行こうかな……なんて思いながら、時計を見る。
「あー、もう十六時半かあ」
昨日寝たのが……いや、そういえば時間は確認してなかったっけ。
しかし、最近の私はこんなものだ。あまり時間を気にする生活ではなくなったので、何かしらと生活リズムが崩れることは多かった。それでも、睡眠時間さえ確保しておけば案外なんともないものだ。
でも、この時間だと早いとこ買い物に行っておきたい。ごはんもまとめて済ませてしまうとして、軽くシャワーでも浴びたらすぐに買い物に行こう。
「……んっ、美味しい」
スーパーで買い物をした私は、およそ一日ぶりに料理をした。
料理はそこそこ好きなのだが、今回は簡単にトマトとツナのスープパスタにしておいた。おなかも空いていたし、買い物から帰ってきた時点で既に十九時前だったので、そこから色々と仕込みが必要な料理は厳しいところがあったからだ。
と、ご飯を食べて後片付けをして歯を磨いて。
その間に昨日購入したお掃除ロボットが届いていたので、起動して掃除をやらせてみて、その性能に感動したりして。
気が付けば、時間は二十一時を過ぎていた。
「……よし」
やることもやったので、VCSをやろうかな。
私は、VR世界の中へと飛び込んだ。
「……」
「キキッ」
VCSの世界へとやってくると、私が転送されると同時にどどとコットンが姿を現した。
どうやら、ログアウト時に召喚状態にしていたテイムモンスターや騎乗ペットはそのまま召喚状態が維持されるようだ。
「っと、べにいもも召喚しておこうかな」
べにいもの再召喚までに必要な時間は、八時間だった。
丁度、昨日のログアウトしようとした頃に再召喚可能となったくらいのタイミングだろう。
コスト2で再召喚のクールタイムが八時間なので、どどは三日くらいはかかりそうだ。なので、ログアウトで召喚状態が解除されないのはありがたいところである。
「ぷぎ……?」
「おかえり、べに」
「ぷぎっ!」
よしよしとべにいもをなでまわす。
それをじっと見つめる残りの二人とべにいもは初対面となるので、挨拶でもさせておいた方が良いだろうか。
「ほら、べに。こっちに新しい仲間がいるよ」
「ぷ?」
「ケケケ」
「(両腕を上げてマッスルポーズをする形)」
「ぷぎ……」
お互いにじっと見つめ合って固まっている三匹。
まあ、打ち解けられるかどうかは彼ら次第だろう。
私は、ログアウトしている間に来ていたメッセージを確認することにした。
≪meno:私も騎乗ペットが解放されました≫
≪meno:ブラックボアという大きなイノシシが当たりました≫
≪meno:ゆきひめさんは何が当たりましたか?≫
≪meno:とても速いけど全然曲がれません≫
メノのレベルを確認してみると、レベル18に上がっていた。
対するエリーナも15まで上がっており、二人ともかなりプレイしているようだ。
≪ゆきひめ:一反木綿が当たりました≫
これだけ送っておこう。
私だったら一瞬何の話か分からない自信がある。
「みんないくよー」
「ぷ?」
「キケケッ」
「あ、そうだ。コットン、乗せてくれる?べにとどども一緒に」
「(OKサインの形)」
どうやらコットンには私たち三人が乗ってもまだまだ余裕なようで、私たちを乗せるとボス部屋の外に繋がっているであろう青白い光を放つワープ床へ向けてビュンっと飛んだ。
「うわっ、はやっ」
とはいえ、不思議な力でも働いているのか落ちる気配は全くない。
スピードの割には身体に当たる風も少し強めだが心地良いくらいのもので、なんなら常に浮遊しているどどはコットンの体に触れてすらいなかったがちゃんと乗っているという判定のようだった。
「ぷぎぎ……」
コットンの体に触れるのは初めてだったべにいもが、気持ち良さそうに体をとろけさせる。
私もつい自宅のベッドと比較してしまい、なんだか少し残念な気持ちになってしまった。
約一日滞在していたボス部屋を出て、元の場所へと帰ってくる。
そこには前までいた大量のポイズンマジシャンの姿はなく、ただの毒沼エリアにある遺跡に変わって……いや、戻っていたというのが正しいのだろう。
「んーと、メノさんが言ってたのは南の方だよね……コットン、上昇できたりする?」
私の言葉に応えて、グングンと上昇するコットン。
どどもそうだが、コットンは飛ぶというよりは浮遊というのが正しい。羽ばたきによる体の揺れとかもないのでとても安定していて、座り心地も最高なので乗る側としては文句なしの百点満点だ。
AGIを上げればもっと速く移動できるのかな。
「あー……なんも見えない」
あくまでこういうところはゲームチックなのがVCSだ。
プレイヤーの視界には限界が設定されており、コットンがその限界よりも高く上昇してしまったので、むしろ真下ですら何も見えなくなってしまった。
「コットン、方角はわかる?南に行きたいんだけど」
「(先端部分で指差しの形を作って左の方を示す)」
「おー、じゃあそっちにお願い。あと、もうちょっと下降してほしい」
南へ向けてすいーっと移動しながら、徐々に高度を下げていくコットン。
騎乗ペットとして一反木綿ってどうなの?と思っていたが、その意見は撤回させていただこう。最高です。
なんて思っていると、メノからメッセージが返ってきた。
本当にいつでもいるね。
≪meno:一反木綿?≫
≪ゆきひめ:はい。今一反木綿に乗ってそちらに向かっています≫
≪meno:新手のメリーさんですか?≫
≪ゆきひめ:私も思いました≫
字面が怪奇でしかない。
≪meno:そういえば≫
≪meno:レベル20から必要経験値が跳ねあがるみたいです≫
≪meno:誰もまだ20から上がってないとか≫
≪ゆきひめ:そうなんですね≫
称号でサクッと上がったので私にはよくわからない話だ。
≪meno:それで≫
≪meno:レベリングは情報待ちで図鑑埋めとドロップ狙いの狩りがしたいと思っています≫
≪meno:どうですか?≫
≪ゆきひめ:わかりました≫
昨日の会話で今日なら付き合うと言ったのは私だし、新しい街の探索を急いでいるというわけでもないのでメノに付き合うことにしよう。
あとどのくらいで街に着くかはわからないが、狩りをするのならそのうちに昨日やらずに放置していたスキルの確認をしておこうかな。
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