第38話 北森紗音



「うあぁぁぁ……うぅぅ」


 VR世界から帰ってきた私を、ドロっとした血が体内をめぐるような浅い眠りから目覚めた時の感覚が襲う。

 これだこれ。これが嫌だから、私は今までVRを避けてきたのだ。


 この最新型VRゲーム機はカプセル型の機械の中にそのまま入り込むもので、中には身体にへの負担を軽減するためのシートが用意されている。

 私はそのシートに身体を預けたまま、目を瞑って大きく息を吐いた。


「はぁぁぁぁ……」


 おなかが空いた。

 けど、起きる気力が湧いてこない。

 あと、このシート大きすぎ。


「……っと!」


 無理やり気合を振り絞り、カバっと身体を起こす。

 一度起き上がってしまえば先ほどまでのけだるさもマシになるというもので、そのままカプセルの外に出ると部屋の中はすっかり暗くなっていた。


(もう十八時だもんね……八時間もやってたんだ)


 久々のゲームだったが、この歳になっても案外楽しいものだ。手探りで一歩ずつ進んでいく感覚がたまらない。

 まあ、最後の最後で全部ひっくり返ってしまったが。


(とりあえずご飯にしよ。こんなにやるつもりじゃなかったから、買い物に行くところからだ。掃除して洗濯物も取り込まなきゃ。掃除ロボットでも買おうかな、最近のはすごいらしいし)


 買い物前に家電量販店へと寄ることにした私は、軽めに外出の準備をして外に出た。

 結局、デスはしなかったが二時間以上はゲームに戻れないだろう。そう考えると、デスペナルティなんていうのはあってないようなものなのかもしれない。




 結局、家電量販店で色々とめぼしいものを買いそろえた私は、もう買い物と料理をする気力が残っていなかったので適当な飲食店で食事を済ませてしまった。

 帰宅時には既に二十二時半を回っており、あれから四時間半も経っている。

 私はお風呂を沸かしながら、携帯端末を手に取って適当なニュースを流し見た。


(……なんか露骨にゲームの情報が増えてる)


 今の時代、携帯端末とVRアカウントは紐づけられている。なので私が今日ずっとVRゲームをプレイしていたことはこちらの端末にも筒抜けであり、そういった情報を元にAIがニュースを流してくるので、ちょっと普段と違うことをしたらすぐにこうしてその色に染まるのだ。

 だが、経験上しばらくスルーしていればそのうちなくなってくる。宝くじを当てた時にお金のことを色々調べた時もそうだったから。


「……」


 ゆったりと時間が流れていく中、ぼっーっと携帯端末を眺める。

 特に情報を脳内に取り入れるわけでもなく、五秒後にはもう忘れているであろう情報を流し見する。

 私は、時間を無駄にしているこの感じが割と好きだ。


 そんな時、ふと携帯端末の画面上部に通知が出てきた。


「ん……電話か」


 宝くじに当たってから変わったことの一つとして、人とやり取りをするアプリの通知を切り、開かなくなったことが挙げられる。

 個人情報が様々なものと紐づくこの時代は、便利であるのと同時に厄介だ。私が宝くじを当てたなんて情報もどこからか流出し、それまで疎遠だった人たちや知らない人からも連絡が大量に送られてきた。

 しかし、今回の電話の相手は出てもいい相手だ。


「もしもし」

『あ!やっと繋がった!そんなにゲームに没頭してたの!?』

「んー……や、外出してた」

『あそう』


 相手の名前は、北森紗音。紗に音でさおんだ。

 なんてことはない。春日と北森で、席が前後だっただけの中高の同級生である。尤も、付き合いはそれ以降もずっと続いているが。


「でも八時間くらいやったよ」

『え、めちゃくちゃやってるじゃん!面白かった?』

「ん、まあ」

『ふーん。あたしも正式リリースされたらやるつもり!』


 紗音は私なんかよりもずっとゲームが好きで、携帯端末に色々なゲームを入れて遊んでいる。

 VRゲーム機もちゃんと持っているようで、私がVCSをやるといった時はとても驚いていた。


「あ、そういえばそれとは関係ないんだけど」

『なにー?』

「今日あそこの家電量販店に行ってさ」


 私が言葉を続けると同時に、紗音も口を開く。


「『温泉旅行当たった』」


 見事なハモリに、紗音が笑う。


『あはははっ!絶対そうだと思った!あたしもあそこのキャンペーンのガラガラやったもん!』

「私も引く前から出るなーって思ったよ」

『それで、また一緒に行く?』

「うん。よろしく」


 こういう旅行券プレゼント見たいな企画は昔からずっとあるが、何度も当たればもはや感動が薄れてくる。

 いつも私に誘われる紗音も、もはや慣れっこといった感じだった。


『まーそれは追々話すとして、まさか幸姫がVCSにハマるとはねえ』

「そんなに意外?」

『VCSってめちゃめちゃガチじゃん?そんな感じしなかった?』

「あー、なんか先行プレイ権がうん百万で取引されてたとか聞いた」

『ひぇー』


 わざとらしく驚きの声を出す紗音。


『じゃあ、ガチ勢しかいなかったんじゃない?ずっと一人で遊んでたの?』

「ううん。中で知り合った人と一緒に遊んでたよ。プロになるって言ってた」

『うぉー。よくそんな人と一緒にやらせてもらえたね?』

「なんかユニーク種族っていうのを引いて……むしろ目を付けられた?」

『あー、ガチャがある感じなんだ。ならそうなるね』


 中学の時も、紗音に勧められて始めた携帯端末のゲームでガチャからバンバン最高レアを出しまくったっけ。


「紗音はああいうゲームやるの?」

『昔はやってたなー。でも、人間関係でめんどくさくなってやめちゃった。今は時間もあんまりないし』

「人間関係?」

『そうそう。VRゲームだと国に申請しない限り性別を変えられないから、なんか出会い目的みたいな人も多くてさー。まあ、VCSの先行プレイ中は平気そうだけど』


 出会い目的のためにVCSの先行プレイ権を買うのは、あまりにも高すぎる買い物だ。

 それに、出会えるのもゲーム廃人が九割を超えているだろう。


『でも、幸姫と一緒にできるなら絶対やる!久しぶりに一緒にゲームしよ!』

「うん。楽しかったからしばらくはやると思う」

『決まりね!』


 紗音からゲームの話を聞くことはよくあったが、一緒にやるのは中学だか高校だかの時以来だ。

 なんだか、紗音と話していたらまたVCSがやりたくなってきた。


 お風呂に入ってちょっとゆっくりしたら、またやろうかな。深夜になっちゃうけど、私にはそんなこと関係ないし。

 でも睡眠はちゃんと取りたいから、やるにしても少しにしておこう。


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