第32話 ふさつのべにいも



「べにいも!ゴー!」

「ぷ?」

「べにー?ゴーだよー?」

「ぷぎっ」

「ぷぎーっ!」

「ぷぎ!?」

「べにー!」

「ぷ……ぎ……」

「ぷぎっ!」

「……もう倒していい?」

「はい……」


 なんてやり取りがあったのが、数分前の出来事だ。




 遺跡の探索を開始した私たちは、べにいもの移動ペースに合わせながら民家の痕跡と思われるところを重点的に調べながら探索を進めていた。

 そこはなんというか比較的文明レベルの低そうな集落の跡地と思われる場所で、どこを漁っても大したものは出てこなさそうだった。


 遺跡の中にはかなりのモンスターが生息しており、種類でいえばポイズンスライムかポイズンマジシャンの二択なのだが、その数がこれまでの道中に比べてかなり多かった。

 とはいえ、ポイズンスライムに関してエリーナとメノは相当狩り慣れており、私も魔法が使えるようになったので立派な戦力としてカウントしていいくらいの活躍はできていた。それにドロップ率の検証もあるので、私たちはポイズンマジシャンを避けながらポイズンスライムに狙いを定めて狩っていたのだ。

 ……が、べにいもに関しては彼らと戦う素振りを一切見せなかった。


 そうしてポイズンスライムを次々と狩っていくうちに、ドロップ率に関する話に結論が出始めた。というか、私視点では戦闘に参加するようになってから倒したポイズンスライムは漏れなくといっていいほどドロップアイテムを落としていた。二人は流石にそこまでではないが、前よりは体感増えている気がするという感じだったそうだ。

 だが、体感増えているくらいでは気のせいだったという可能性もある。というわけで詳しいドロップ率を出してみようと二人が適当な物陰でドロップ率の計算を始めたところで、目ざとくこちらを発見してやってきたポイズンスライムが一匹でノコノコとやってきたので、それに対して私はべにいもを繰り出したのだ。


 そしてその結果は、上記の通りだ。


「うーん……ステータスとか戦闘系スキルもあるので、戦わないというわけではないと思うんですけど……」

「同じポイズンスライムが相手だったからとかかしら?」

「でも、その割には敵からは狙われてましたよ」

「そうねぇ」


 べにいもは私の指示にも従わず全く戦おうとする素振りを見せなかったが、相手のポイズンスライムからは普通に攻撃されていた。

 それでダメージを受けてしまったので、今は私の腕の中で元気なさそうにぐったりとしている。


「とりあえず、ポイズンマジシャンとも戦わせてみればはっきりするけど……」


 エリーナの歯切れが悪いのは、そもそも私たちもポイズンマジシャンとは未だに一度も戦闘をしたことがないからだ。遺跡内ではドロップ率の検証のためにポイズンスライムを選んで戦っていたし、ここまでの道中ではリスクを避けるという意味で彼らと鉢合わせないように道を通っていた。

 だが、この遺跡の中ではポイズンマジシャンもかなりの数が蔓延っており、なんとなく奥に進んでいくにつれてその割合が増えている気がする。今のところはなんとか避けながら進んでいるが、いつかは戦わなければならない時が来るだろう。

 そしてポイズンスライム相手にこの体たらくのべにいもをその時にぶつけてみても、とてもじゃないがいい結果になるとは思えなかった。


「あまり無理はさせない方向で行きましょう」

「そうね。ここで無理せずとも、変えてってから街周辺のスライム相手とかでもいいわけだし」

「ところで、ドロップ率の計算は終わったんですか?」

「ええ、ちゃんと上がってたわ。少しだけど」

「ですが、その少しの差がMMOでは大きな差に繋がりますからね!」


 そういうものなのだろうか。

 なんて思ったが、その疑問はメノの言葉によってすぐにどこかへ消えていった。


「ちょっとあれ、ヤバくないですか!?」


 メノが指差す方を確認すると、そこにはとてもじゃないが避けて通るのは不可能だという数のポイズンマジシャンが蔓延るゾーンがあった。というか、数が多すぎて若干気持ち悪い。


「こんなの、明らかにこの中に何かありますよって言いてるようなものよね」

「はい……ですが、この中に突っ込んでいくのはちょっと……」

「えー!ここまで来たら引けませんよ!」


 そのゾーンはわかりやすく小さな柵で囲われており、その中に何かがあるのは明らかだった。だが、そんなことが明らかでも中に入ろうとは思えないくらいの数が蔓延っている。

 しかしメノの辞書には撤退という二文字はないようで、意見の割れた私たちは揃ってエリーナの方へと顔を向けた。


「行きましょう!」

「無駄死にする未来しか見えません」

「うーん……そうねぇ」


 エリーナは悩む素振りを見せながら、左手を動かし始める。


「解毒ポーションももう切れてきたから、ここを探索して帰る……というか死ぬか、ここで帰るかの二択ね」

「せっかくならポイズンマジシャンの素材を少しでも取っていきましょうよ!どうせ街まで帰るのにも一時間くらいかかるんですし!」

「……デスペナルティっていうのはその二時間ログインできなくなるっていうのだけなんですか?」

「所持金が二割減るけど、どうせ今はすっからかんだからあまり関係はないわね」

「デスペナが厳しいゲームだと装備とかアイテムのロストもありますけど、VCSではそこら辺は優しい仕様になってるんです!ですから、せっかくならゾンビアタックもしていかないと!」

「ゾンビアタック?」

「普通では勝ち目のない相手とかに、突っ込んで死んでを繰り返して目的のものを手に入れようとする作戦のことね」

「なるほど……」


 私の感覚としては死なないようにプレイするというのがゲームの常識だったのだが、そこら辺の仕様を合理的に判断して時には死ぬことも厭わないのがゲームを本気でプレイしている人のやり方なのだろう。

 ていうかそろそろ現実に戻って食事とかをとらないといけない時間だし、二時間ログインできないというのも別にそこまで重くはないのかもしれない。せっかくなら彼女たちに付き合ってみようかな。


「わかりました。私も覚悟を決めます」

「さっすがゆきひめさん!」

「それじゃ、突撃ということで」


 どうやらエリーナは最初からそのつもりだったようで、多数決で無理やり従わせるよりは私を説得して納得してもらった上での突撃という形に話を運んでくれたようだ。

 VRゲームで死ぬというのはどういう感覚なのだろうか。なんて緊張を抱きながら、私はべにいもを右腕に抱えてエリーナから譲ってもらったステッキを左手に握りしめたのだった。


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