第24話 すらいむはかわいい



「私が来たのはこの辺までですね!」


 ポイズンスライムを引き付けるために少し奥の方までは来ていたメノの案内で、一通りモンスターを倒し終わている道を進んで奥へと足を進めていた。

 だがそれもここで終わりのようで、ここから先はモンスターも闊歩する未踏の地となるわけだ。


「うーん……もしかしなくても、このエリア結構広いわよね」


 メノの案内についていきながらマップを確認していたエリーナが、ぽつりとそんな声を漏らす。


「ポイズンマジシャンもまだ見かけてませんからね。少なくとも、もっと奥に行った人はいるということです!」

「その上で一旦探索を諦めたのだから、まだまだ入口くらいの気持ちでいた方が良いわね」


 改めて警戒レベルを引き上げた私たちは、メノを先頭にしてずんずんと毒沼エリアの奥へと足を踏み入れていく。


 足場の半分ほどが毒沼で覆われているこのエリアは、道の分岐が多く迷路のような構造となっている。といっても視界を遮る壁とかがあるわけではないので、そこまで迷子になるようなものでもないのが救いだ。

 そんな中でぽつぽつと姿を見かけるポイズンスライムは、毒沼の中にいることも多い。その場合、毒沼の泥がポイズンスライムの身体に付着して危険度が上がるようだが、それ以上に厄介なのが───


「……ん?」


 ふと物音がしたような気がして、後ろを振り返る。

 するとそこには、突然毒沼の中から姿を現して私に攻撃をしようと構えを取っている最中のポイズンスライムがいた。

 ……そう。毒沼の中に潜んでいる場合はその姿が見えないこともあるので、こうして気が付いた時には背後を取られている場合があるのだ。


「ぶびーっ!」

「あっ」


 ポイズンスライムの毒ブレスをもろにくらった私が、毒の霧に包まれる。

 だが、その攻撃でも毒状態にならないことは確認済みだ。むしろポイズンスライムが奇襲を仕掛けてくる時は初手で毒ブレスを使ってくるということが判明していたので、こうして私が最後尾を歩いているのである。


「エリーナさん、スライムが出ました」

「ごめん、前からも来たから、ちょっと引き付けておいてくれる?」

「はい」


 そして、挟み撃ちに合った時にはその対処を任されることもある。


 ポイズンスライムの攻撃力はただのスライムと大差ないので、体当たりはそこまで警戒する必要がない。

 問題なのは毒弾の方で、こちらはかなり痛い(被弾したメノ談)とのことで、私がくらうと死んでしまう可能性もあるとのことだった。


「ぷぎ……?」

「とーぅ!」

「ぷぎーっ!?」


 毒ブレスを受けても平然としている私に戸惑っているポイズンスライムを、毒沼ではない方に向けて蹴り飛ばす。


 毒弾を防ぐ方法は至って簡単で、相手に毒弾を撃つ隙を与えないことだ。

 ポイズンスライムの攻撃パターンとして毒ブレスで敵を遠ざける→毒弾で遠距離攻撃というのが多いらしいので、毒ブレスが効かない私には毒弾を事前に防ぐのは容易なことだった。


「ぷぎぎっ……!」


 コロコロと転がり、道の真ん中で止まったポイズンスライムがこちらを睨む。

 私は毒ブレスが来たらすぐに突っ込む・体当たり攻撃が来たら蹴り返すという二択を心の中で準備しながら、ポイズンスライムを挑発した。


「さあ、こい!」

「ぷぎっ……ぷぎー!」

「ほいっ!」


 体当たりが来たので、タイミングを合わせて右足を振り上げる。

 私の足先にぶにっとめり込んだポイズンスライムは、そのまま反動で元の位置まで蹴り返された。


 ぼいんぼいんと弾み、痛みでも感じているのかぷるぷると身体を震わせるポイズンスライム。

 こうしてポイズンスライムと戯れるのも数回目で、簡単に手玉にとれるのでなんだかポイズンスライムのことを可愛いと思えてきた。


「ぷぎぎ……」


 ぷるぷると震えるポイズンスライムに、ゆっくりと近づいてみる。

 するとポイズンスライムは、こちらを警戒するように身体をグイっと伸ばした。


「ぷぎっ!」

「どーうどうどう……こわくないよー」


 どうせこちらの攻撃は相手にノーダメージなので、ポイズンスライムからしたら本当に私は怖くないわけだが。


 とはいえそんなことはわかっていようがいまいがポイズンスライムにとって私は敵であることに変わりないので、ポイズンスライムは私に対して威嚇するような声を出す。

 それでも私は、体当たりをされても対処できるように警戒しながら、ゆっくりとポイズンスライムの方に近づいていった。


「どーうどうどう……」

「ぷぎ……ぎっ!」


 ポイズンスライムが選んだのは、毒ブレス攻撃だった。

 もちろん私には無効なので、今度は思い切って近づいてポイズンスライムをホールドした。


「はっ!」

「ぷぎ!?」


 そのまま立ち上がり、猫を抱え上げるようにポイズンスライムを抱っこしてみる。

 突然私に抱きかかえられたポイズンスライムは、私の腕の中でぷるぷると藻掻き出した。


「ぷぎぎーっ!」

「よーしよしよし」


 ぶにぶにとした感触が気持ちいい。

 それに、スライムのサイズは個体によってかなり違いがあるのだが、この子は直径が私の胴体の横幅と同じくらいの球体サイズで、ちょうど抱きやすいサイズだ。

 沼の泥が付いているのも厭わずに抱きかかえて撫でまわす私に対して、ポイズンスライムは他人の温もりを初めて知った子供のように、私の腕の中で段々と大人しくなっていった。


「ぷぎぎ……」

「よーしよし、かわいいかわいい」

「ぷぎー……」


 私に撫でられ、気持ちよさそうな声を出すポイズンスライム。

 そういえば、こうやって他の生命を抱くのなんていつ以来だろうか。私の心は、ポイズンスライムに対するほんわかとした温かい気持ちで包まれたのだった。


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