第21話 きゅうしゅつ



 私はなるべく腕と手に付いた泥を払うと、後方に倒れる形で両手をメノの方へと伸ばした。

 メノはそんな私の手首辺りをガシッと掴んで、思いっきり引っ張る。


「いっ……痛い痛い!ちょ、あの、メノさん!?」


 おぼれた人を引っ張り上げるように、こちらのことを考慮せずに無理やり引っ張り上げようとするメノ。

 しかし、今回の場合は足がハマっているとはいえ沼の中なので、水の中とは違ってこちらも多少は踏ん張って力を合わせることができる。


「我慢してください!今一気にっ……ぐぬぁーっ!」

「いだだだだ!そうじゃなくてっ……」


 タイミングを合わせてほしいという言葉を続けようとしたが、それよりもこちらで合わせた方が話が早そうだと思い、その言葉を飲み込む。

 右足を沼につけて、メノの引っ張り上げの力が強まるタイミングに合わせて踏み込む。


「……うぅ、力、が……」


 だが、ちょうど私が踏み込んだそのタイミングで、メノは私を引っ張り上げるどころかするりと力が抜けたように私の手首をつかんでいた手を離した。


「うぐっ!?」


 踏み込んだ右足がズブリと沼に沈み、背中から沼の泥へとたたきつけられる。

 そこまで強い衝撃を受けたわけではないが、下半身に泥が入り込んだ時のように、背中に伝わるひんやりとした感覚に背筋がブルっと震え上がった。


「ぎゃーっ!泥がっ……あぁ……う」


 私の倒れた影響で飛び散った泥が、メノにぶっかかる。

 どうやら私の手首を掴む力が抜けたタイミングではすでに猛毒状態になってしまっていたようで、そこから更に泥をかぶったメノはバタンと地面に倒れ込んだ。


「はーい。解毒ポーション入りまーす。メノー、もうステータスは確認したー?」


 鬼畜とも思えるエリーナの間抜けた声が聞こえてくる。


「ステー、タス、は……猛毒、状態……と……書いて、あり、ます……」

「おっけー」


 メノの口に解毒ポーションの瓶をねじ込んで無理やり飲ませるエリーナ。


 うん。やはり鬼畜だ。

 エリーナは、親しくなりすぎると容赦がなくなってくるタイプなのだろうか。それとも、メノがとんでもないじゃじゃ馬だからこういう扱いなのだろうか。

 私には、もっと優しいままでいてくれると思いたい。


「ふぃー。危うく死ぬかと思いました……」

「安心して。今のところ毒で死んだって報告はないらしいわよ。HPが減っていくのは確かだけど、最終的には直接ダメージを受けない限り死なないって……いや、猛毒もそうだとは限らないわね……」

「エリーナさん?」

「メノ、そういえばさっきこの時点でのデスはアドとか言ってたわよね?」

「いやいやいや!わざと死ぬのは嫌ですからね!?あれは無茶して効率のいいレベリングと貴重なアイテム、そこらへんの地理的情報との引き換えに死ぬのはアドまであるって意味でっ!」

「でも、こっちも未確認情報を確認できるわよ?死なない可能性もあるわけだし」

「いやぁ……それはぁ……」

「ほら、まだゆきひめちゃんを引っ張り上げられてないし、どうせまたかかるんだから、そのついでに、ね?」


 エリーナに言いくるめられそうになるメノだが、私としてはこの感じで死なれると申し訳なくなってしまうのでやめてほしい。

 ついでに、全身毒泥まみれになってもまだ毒状態になる気配がないので、やはり私には毒は効かないと思って良さそうだ。


 そしてメノは最後のエリーナの言葉を聞くと、思い出したかのように私の方へと振り向いた。


「そういえばそうでした!ゆきひめさん、大丈夫ですか!?」

「はい。私は大丈夫です」

「すみません。先ほどは突然猛毒状態になって力が抜けてしまって……」

「いえ……私こそ……」


 正直、謝罪はいいので早く引き上げてほしい。

 こうして喋っている間にも、どんどん泥が身体に馴染んでいく。このままでは毒人間になってしまいそうだ。


「それでは改めて……一気に行きますよ!」

「はい」


 猛毒状態がトラウマになったのか、メノは先ほどのようにいきなり私の手首を掴んで引き上げようとすることはせず、掴む前に覚悟を入れるようにそう言って息を整えた。


「それでは……いきますっ!」


 その宣言と共に、メノがガシッと私の手首を掴む。痛い。

 痛いが、それを我慢してメノの引っ張り上げに合わせてどちらも沼の中にハマっている両足を軽く踏ん張らせる。

 すると、全身に泥が付着して少し重くなった私の身体は、ゆっくりと岸の方へと向けて、これまた泥を引きずってべちょべちょになりながらも引き上げられていった。


「このまま一気に行きますよ!」

「はい」


 力を振り絞ったメノが、先ほどよりも強い力で私を引き上げる。ガツンと肩が抜けそうになる衝撃が走ったが、それを我慢して私も足に力を入れた。


「うーっ、りゃー!」


 最後は半ば強引にずるずると私を岸の方へと引っ張り上げられ、私の身体はようやく固い地面の元へと帰ってくることに成功していた。

 メノは私が無事に引っ張り上げられたことを確認すると、本日三度目となる倒身を披露した。


「エリーナさん、ポーション、を……」

「はいはい」


 エリーナも流石に助けを求めるメノを見捨ててまで猛毒の検証をするほど鬼畜だったようではなく、解毒ポーションを取り出してメノの毒を治してあげていた。


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