第20話 もうどくじょうたい
毒沼に向かって、解毒ポーションをトプトプと垂らしていく。
瓶の小さな口から空気が逆流していく様を眺めながら垂らした解毒ポーションは、毒沼の泥に触れると……特に何の反応もなく、泥の上に幕を張る様に広がっていった。
「……」
解毒ポーションは、あくまで毒状態を解除するものであって、毒をどうこうできるものではないのだろう。
この結果を前に頭の中ではそう理解しつつも、どこか期待外れなその反応に残念な気持ちが溢れ出てきた。もっと、ジュワーってなって煙が出てくるみたいな反応を期待していたのに。それで、なんか泥に変化が起こって───
「ゆきひめちゃーん。大丈夫ー?」
唐突に声をかけられて、悪いことをしていたわけでもないのに咄嗟に小瓶を隠すように沼の中に沈めてしまった。
まあどうせ廃棄物なのでわざわざ取り出すのも……と思ったが、現実世界で環境問題がどうとかでうるさい世の中なので、そこで染みついた癖でつい小瓶を不法投棄するのも……という思いから再び沼の中からすくい上げてしまった。
そして、その小瓶に対して新たなアイテム表記が出る。
≪毒泥が入った小瓶 双翼の森の毒沼の泥が入った小瓶≫
……いらない。いや、もしかしたら毒蜥蜴の卵のために必要かもしれないが、それだとどうせこんな少量じゃ意味がないのでまた取りに来なければならないだろう。
というわけで改めて捨てておいたが、ポーションの小瓶は中身を捨てれば何かを入れてアイテムとして保管できるというのは良い発見かもしれない。
「ゆきひめちゃーん?生きてるー?」
「……あ、はい。なんとか……沼にはハマってますけど」
反応が遅れてしまった私に、エリーナが再び声をかけてきた。
慌てて返事をして振り返ると、どうやらまたポイズンスライムを倒した二人が心配してこちらの様子を見に来てくれたようだった。
「ていうか、その沼入っても大丈夫だったの?毒にかかってないみたいだけど」
「うーん、というよりは、なんかずっと毒にかかってないんですよね」
「ふーん……なんでだろう」
「LUCですよ!多分!」
メノが目を輝かせる。
「LUCには異常状態にかかりにくくなるっていう効果があるんですよ、きっと!これは大発見です!」
「まあ私もそうじゃないかなーとは思うけど、まだ確証はないんだしあんまりネットで騒ぎ立てないでよ?」
「えー!?第一発見者として注目を浴びるチャンスなんですよ!」
「えーじゃないの」
メノをなだめるエリーナ。
何かと暴走しがちなメノだが、エリーナが手綱を握ることで上手くやっているのだろう。
むしろ、エリーナがいないとメノはいつか絶対何かやらかす気がする。……というか、現実ではすでにやらかしてるのかな。ゲームのプロを目指して見切り発車で大学を辞めちゃうとか……ね。
「それにしても、こんなに毒々しいのに何もないんですねー」
そう言って、メノが毒沼の泥を手ですくい上げる。
その光景を見て、エリーナが呆れたように言った。
「ちょっと。ゆきひめちゃんは平気だったけど、そんなどう見ても危険なものに平然と触れるとか───」
エリーナが言葉を喋っている途中で、突然メノがビクンと身体を痙攣させてうずくまった。
「ちょっと、大丈夫なの!?」
「うっ……頭が……それと、目がっ……!」
「何が……って、その泥のせいなんでしょうけど……」
私は、無理に毒蜥蜴の卵を取りに行ったので再び沼に引き込まれてしまいそうな怪しい体勢となっており、あまり身動きを取るわけにいかなかった。
また、岸の方には背を向ける形になっているので、二人の姿をじっくりと確認することはできない。だが、私を助けに来たはずの二人が……いや、おっちょこちょいなメノがむしろトラブルを引き起こしているということくらいは簡単に察することができた。
「ちょっとメノ、あんたなんか見たことないマークになってるけど!毒みたいだけどもっといかつい……猛毒みたいな感じの!」
「もう、どく……?」
「とりあえず解毒ポーション使いなさい!多分マシにはなるでしょ!」
「げどく……おえっ!」
「メノ!?」
何やらあわただしいが、私にはどうすることもできないので申し訳なさを感じてしまう。
というか、この沼の泥ってそんなヤバい代物だったの……?
「ほら、これ!飲んで!」
「うっ……んっ」
「……どう?」
「んっ……ぷはっ!……ふぅ」
落ち着いたようなメノの吐息に、状況が見えてない私も安堵をすることができた。
エリーナはため息を漏らしたが、やはりメノは懲りないようで先ほどとは打って変わってテンションの高い声が聞こえてきた。
「ヤバいですよこの泥!でも、おかげでまたまた大発見です!さっきの異常状態はヤバすぎましたね!まさに猛毒って感じです!」
「……元気そうで何よりだけど、言動にはもう少し気を付けなさいよ?」
「はい!早速このことを報告しなければ!」
……それより、私を引き上げてほしいんですけど。
なんて私の心の声が届いたのか、エリーナが救いのパスを出してくれた。
「それじゃ、ゆきひめちゃんのことはメノが引き上げてあげてね。もう一回にかかって正式名称と効果を確かめておかなきゃでしょ?私は嫌だから」
「はい!……はい?」
最初は元気に返事をしたメノだったが、それは反射的なものだったのか、二度目は戸惑うような声の返事だった。
「いや、それは……さっきのをもう一回はちょっと……」
「でも、注目を浴びるチャンスよ?」
「うっ……それもそうですが……いや、ここはもうやむを得ませんね!私も覚悟を決めます!」
助けてもらう身としては非常に申し訳ないのだが、メノにはメノで目的があるのならそんな気持ちも少しは和らぐ。
左足はもう膝の少し上くらいまで完全にハマってしまっているので、もう自力ではどうしようもない状況になってしまっていたのだ。運良くアイテムも手に入れられたし、また自ら沼に入って抜け出せなくなって救助されては二人に申し訳ないので、今回のトレジャーハントはこのくらいにしておこう。
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