第19話 どくとかげのたまご
このゲームにおいてのステータスは詳細が隠蔽されたものが多いが、異常状態はかかっているかどうかを確認することができる。
知らない間に異常状態にかかっていて突然死にましたでは笑いごとにならないので、流石に運営的にもそこは見せていいラインだったのだろう。
エリーナ曰く、毒状態はステータス画面でも確認できるが、それ以前に若干の気持ち悪さと視界の隅に紫色の靄がかかって通常時の約八割ほどに視界が狭まるという効果があるので、毒状態にかかっているかどうかはすぐに気が付けるそうだ。
ところが私の視界は至って良好で、一応ステータス画面を確認しても毒状態という表記はない。
エリーナとメノの体感によると、早くて二十秒ほど、遅くとも二分ほど毒沼エリアにいると毒にかかると言っていた。
だが、私は既に一分ほど、それもただいるだけではなく毒沼にどっぷりと浸かった状態で毒沼エリアの中にいる。普通に考えればもう毒にかかっていてもおかしくないし、そもそも毒沼に足を突っ込んだ時点で確定で毒状態にかかるのがゲームとしては普通なのではないだろうか。少なくとも、私が十年ほど前にやっていたゲームではそんなだった記憶がある。
(うーん……私と二人で違うところがあるとすれば種族とかステータスくらいだけど……)
ぱっと思いつく要因はその二つだが、私の種族が毒に強い種族だとはとても思えないし、そもそもエリーナがここに来る前に毒状態無効という基本スキルがある種族がいるとかいう話をしていたので、こちらは要因ではないだろう。
となると、ステータスが要因なのだろうか。
私のステータスは、ただLUCが極めて高いだけだ。そこが要因となると、LUCが高いと毒状態にかかりにくくなるということになる。
(んー……納得感はあまりないけど、ないとも言い切れないくらいの微妙なラインだなぁ)
私はこういうゲームの定石とかは全く知らないのでどのみち断言をすることはできないのだが、運が良いと毒状態にかかりにくい、なんてちょっと都合の良すぎる話な気がする。
しかし、それ以外に要因が思いつかないのも事実だ。ひとまずはそういうことだと納得しておこう。それよりも、今は考えなければならないことがある。
(とりあえず、じっとしてたら沈んでいくのは止まったっぽいけど……)
沈んでいるのは、まだ足から足首の少し上くらいとお尻から腰のあたり、あとは体のバランスを取るために手を少しつけているだけだ。
その状態でなんとか沈んでいくのを止めることはできたが、当然動かなければここを脱することもできない。
ここを脱することが出来なければ、トレジャーハントを再開することもできない。
なんとかして……あ、でもこれ、もう少し泥が温かかったら泥湯みたいでもっと気持ちよかったかも。
なんかこういうドロっとしたものって、ざらざらした粒を含んでてちょっと粘性のある半分液体半分個体みたいなものが肌にまとわりつく感覚が意外と気持ちよくて病みつきに……って、違う違う。
(うーん、なんか、このバランスを少しでも崩したらまた引き込まれていくような気がする)
なんというか、今は身体の節々に力を入れていれて絶妙なバランスを保っているという感じで、その力を緩めるだけで引き込まれそうな雰囲気がある。
しかし私のフィジカルに関するステータスは極めて貧弱なもので、まだ数十秒といったくらいだが既に力を入れ続けるのがキツくなってきていた。なんというか、もう間もないうちに身体がプルプルと震えてきそうな気がする。そして結局、プルプルと身体が震え出してもまた沼の底に引き込まれそうだ。
(このままじっとしてても仕方ないし、思い切って移動してみよっかな)
この絶妙なバランスを保ちながら足を動かせば、この沼の中を移動できそうな気がしないでもない。
一応進路は岸の方へと向けて後退するとして、まずはこの左足を維持しながら、右足の力を抜いて、沼の中から抜き出して……
(あ、ちょっと沈んでる気がする)
だが、ここでやめたら意味がない。
今一番気を付けるべきなのは、両手が沼につかりすぎてハマってしまわないようにすることだ。そこに一番意識を割きながらも、右足をこう、なんとか……
「ほっ!」
引き抜けそうになったタイミングで、思い切って右足を振り上げた。
毒沼の泥をべちゃべちゃっと飛び散らせながら、無事に右足を沼の中から引っこ抜くことに成功する。
「さーっ!」
上手くいったことでテンションを上げて、TVで見たどこぞの卓球選手が上げていたような雄叫びを真似する。
こころなしかその反動でまた少し沈んだ気もするが、それには気づかなかったことにしよう。
「……ん?」
右足を振り上げたはいいものの、ここからどうすれば……?と悩んでいると、右足を振り上げたことで飛び散っていった泥がなくなって少し抉れた部分の奥に、アイテムを示すカーソルの反応があることに気が付いた。
まさか、お宝か!?という期待を胸に、そのアイテムを確認すべく詳細を表示させる。
≪毒蜥蜴の卵 毒蜥蜴の卵。強い毒性を持つため、食べることはできない≫
「でしょうね」
アイテムの説明に、思わずツッコミを入れてしまう。
こんな毒沼の中にある卵を食べようなどと思う人は、そうそういないはずだ。
しかし、沼の中に蜥蜴の卵とはこれ如何に。とも思うが、まあファンタジーなゲームの世界なのでそういうツッコミは野暮なのだろうか。
それに、一体この卵の生みの親は卵を放置してどこへ行ったというのか。
まあ、私としては親が居なくてラッキーなのだが。
しかし、少し先にアイテムがあることがわかっても、もう少し近づかなければ獲得することができない。
私は、少し悩んだ末に左足を犠牲にすることに決めた。
「よっ……とら、ほい!」
左足で強く踏み込んで、あとは腹筋やら背筋やらの力を駆使して身体を前へ倒す。
その力で沼に浸かっていたおしりがズボっと沼の中から抜け出し、初期装備の軽い布性のズボンからドポドポっと毒沼の泥が垂れ落ちた。
そのまま左膝を沼に着地させて身体のバランスを保つと、ゆっくり右足と左手をハマりすぎないように沼の上に置いて、右手をその卵へと伸ばした。
「毒蜥蜴の卵、ゲッ……トぉ!」
毒蜥蜴の卵が消え、無事にバッグの中へと入ったことを確認すると、今度は目の前に警告メッセージが表示された。
≪アイテムの所持上限重量を超えました。この状態のままでいると、過重負荷状態となります≫
過重負荷状態については、エリーナからすでに説明を受けている。
詳細は未確認とのことだが、HPの自動回復なし、体力の消費アップが付与されることは確定らしい。そしておそらくはそれだけではなく、他のMMOのここら辺に関するバランスを考えると他にもいろいろと弱体効果を受けているはずだとか。
体力の消費アップは私にとって洒落にならないので、慌てて左手を動かす。
「えっと、不要なものは……そうだ、もうここまでかからなかったら毒にはかからないだろうし、解毒ポーションはもういいや」
解毒ポーションを選び、廃棄を選択する。
すると私の目の前に緑色の液体が入った小瓶が現れ、毒沼の中にボトリと落ちた。
「……」
そういえば、この液体をこの沼にぶっかけたらどうなるのだろうか。
好奇心で試すには痛い出費だが、どうせこれはもう廃棄物なのだ。せっかくだし、これで試してみることにしよう。
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