第18話 ぬまぷれい(にじゅうのいみで)



「うーん、なんとか木の枝じゃないものも見つけたけど……」


 手に持つアイテムを見ながら、私は唸り声をあげていた。

 そのアイテムを見ると、こんな風にウィンドウが表示される。


 ≪森カラスの落とし物 森カラスが落した何か。あまり価値はない≫


「いや、何かって言われても……価値もないし」


 その何かとは、手のひらサイズの、どちらかといえば球体と表現した方が適切なのかなというくらい球体とも言い難い感じの土交じりの何かだった。結構固い。


 そもそも、森カラスとはいったいどちら様なのか。

 この世界の生態系はよくわからないのだが、街の外にはモンスター蔓延っているという設定なのは間違いない。そんな中で普通の生き物は無事に生きていけるのだろうか。生きているとして、私たちプレイヤーにとってはどういう存在なのか。そしてこの森カラスは、果たしてモンスターなのかモンスターではない普通の生き物なのか。

 図鑑を見てもあの三匹以外の情報は全て???で隠されているので判別ができない。


「まあ……ゴミだよね。多分」


 私は見た目は幼児でもよくわからないゴミを大事にするような幼児の性質は持ち合わせていないので、そのアイテムは元の拾った場所の近くに投げ捨てることにした。

 私は筋力が低いので、アイテムの所持上限がかなり少ないのだ。こんなものでバッグを圧迫するわけにはいかない。というか、既に回復アイテムでほとんどその容量を満たしてしまっている。明らかにレアなものではないと、とてもじゃないが拾う気にはなれない。


「うーん……やっぱり毒沼エリアの方に行こっかな。むしろアイテムを使えばバッグも空くし」


 私は気の向くままトレジャーハントなんて言っていたが、一旦よくわからないものを拾ったおかげでバッグの容量がほどんどないということを思い出していた。


 先ほどのようなどう考えてもゴミみたいなものでももしかしたらという淡い気持ちで持ち帰って、鑑定してから一喜一憂するというのがトレジャーハントの面白いところでもある。

 そういうことをする心の余裕を生むという意味でも、あえてアイテムを使ってバッグを空けるという……いや、正直言えば普通に木の枝しかなくて飽きてきただけだ。


「……あ」


 一応エリーナがこちらの動向に気づいているかということを確認するために彼女のことを探してみると、丁度森の方に退避していたようでこちらに向かって手を振っていた。

 私も大振りに手を振り返してから、毒沼エリアの方を指差してそちらに歩くような仕草をしてみる。

 すると、私の意図が上手く伝わったようで、エリーナは両腕で大きな丸のサインを送ってきた。


「よし、それじゃあ……」


 毒エリアの方に充満している毒素はしっかりと目視でもそのことがわかるくらいはっきりとした描写がされており、うっすらと視界がぼやける程度の薄紫色の霧のようなものが充満している。

 もちろんここはゲームの中であり、仮に毒に侵されたとしてもアイテムを使えばすぐに回復できるので問題ないということは頭の中で理解しているのだが、それでも本能的にそこに入るのを拒絶する感情があるのも確かだ。


 私はそんな気持ちから一瞬入るのを躊躇ったが、覚悟を決めて毒沼エリアへと足を踏み入れた。


「うっ……ん……いや、別に息苦しくとかはないんだ」


 エリーナが言っていたのは、「毒状態だと少し気持ち悪い」ということだった。

 その言葉通り、このエリアの空気自体にはそこまで気持ちの悪い感じがなく、むしろこんな毒々しい見た目なのに普通の空気のような味わいという違和感が脳内を惑わす気持ち悪さがあった。


「さて、こっちは沼地だから色々探し甲斐がありそうだけど……」


 その足場は、割と固まっているところもあるが沼地という名に恥じないドロッとしていて引き込まれそうな感覚のあるところが多い。

 つまりその中には何かが埋もれているという可能性も高く、目視ではわからないが故にあたりを付けてその中を探らなければならないという手間が、むしろトレジャーハントの楽しい要素にもなっているわけだ。


 そんなわけで沼の中へと踏み込んでいくと、数歩目で足がずぶりとハマる感覚が伝わってきた。


「あ……ちょっと、これは……あっ!」


 ずぶりと毒沼にハマり込んだ足を上手く引き抜くことができず、そのままバランスを崩して前方に倒れてしまう。

 なんとか手をついて毒沼にダイブという結果を避けることはできたが、今度は手も引き込まれてしまって余計に抜け出しにくくなってしまった。


「ちょっと、どうすればいいのこれっ!」


 全く抜け出せずに、藻掻く私。

 冷静に考えれば沼となっているところに何の対策もせずに突っ込めばこうなることは必至だし、それが毒沼なのだから本来ならば自殺行為に等しい。

 エリーナもまさか私が沼のところに躊躇なく踏み込んでいくとは思っていなかったのか、こちらを見て慌てたようにあたふたしていた。


 とはいえ、助けに来てくれるわけではなさそうだ。

 まあ、慌てて助けに来られてもエリーナごと沼に引き込まれる未来しか見えないので、むしろその方がありがたい。

 というか、今むしろ冷静になってきているこの頭を数秒前の私に与えてほしかった。


「とりあえず……接地面を増やした方が良いのかな?」


 沼にハマった経験なんてないのでよくわからないが、このまま四点で身体を支えるのはリスクが高い気がする。一点一点にかかる体重が重くなってしまうから、どんどん引き込まれてしまいそうだからだ。

 というわけで、ぺたりと毒の沼におしりを付けてみた。


「うう……気持ち悪い……」


 それは、毒状態になったからというわけではなく、下半身にひんやりとした泥水が入り込んでくる感じを覚えたからだ。

 だが、その感覚がじんわりと体に馴染んでくると同時に諦めの気持ちが湧いてくると、今度はむしろちょっとした快感に変わってきた。


「はぁ……どんどん吸い込まれてく……」


 私の考えが間違っていたのか、もう腰のちょっと下の辺りまで引き込まれてしまった。その代わり、腕の方は引き抜けたが。


 不幸中の幸いなのは、この辺りのモンスターは一通り二人が狩りつくしてくれていたことだ。

 いくらここでぐだぐだしていても、モンスターに襲われるという心配はない。


 流石に全身引き込まれることはないだろうし、もしそうなりそうだったら地面が固くなってるところまでせいぜい数歩分の距離なのでがむしゃらに手を伸ばせば何とかなるだろうという考えから、私はもう少しここで粘ってみることにした。

 沼の中を探せなければ、トレジャーハントもそこで打ち切りになってしまうからだ。何とかいろいろと試して、この中を上手に移動する方法を見つけ出したい。


 なんて考えていた時に、それとは関係のないことだったが、ふと私は一つの気づきを得た。


「あれ、そういえば、まだ毒状態になってない……?」

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