第6話
※
きっと傍からこの船を見たら、一般人はどう思うのだろう?
少なくとも、船内が非常にシュールな展開になっているのは察するはずだ。
キャビンにおいて、今は私が仁王立ちして腕を組み、その足元ではヴィルが正座と土下座を強いられていた。
もちろん今の彼は、非戦闘時用のスポーツウェアに身を包んでいる。
「ほんっと信じらんない! ついさっきまでは、船内には男性しかいなかったから構わなかったんでしょうけど、いや、仮に男性しかいなくても、ちゃんと身体を拭いて着替えるくらいは脱衣所で済ませてください! デリカシーって言葉、知ってますか?」
「ん……。面目次第もない……」
幸いなことに、この船『スター・ファルコン』は大型の船舶であり、住環境が整備されている。それはいいのだが、やはり緊張感が欠落するのが問題だった。
そんな理由をつければ、シャワーの後に素っ裸でうろうろできるわけで……。
「まあ仕方ないじゃないか、ヴィル。お陰で悪癖のうちの一つはなくなりそうだ。露出狂め」
「無責任なことを言うな、ロブ。今日は女が二人もいたんだぞ? いつシャワーにありつけるか、分かったもんじゃ――」
「ちょっと静かに!」
何らかの気配を背後から察した私は、急いで振り返った。未だ私が遭遇していない、もう一人の存在に勘づいたのだ。
ヴィルの仲間なのだろうが、どうして陰でこそこそしているのだろう?
銃器の存在を恐れているのかとも思ったが、今は全員、装備を火器用のラックに立てかけている。また、自分は拳銃も自動小銃も返却されていない。
素手で戦おうというのか? 上等だ。
そう思った私は、拳で顎をガードするようにして摺り足でキャビンの曲がり角に意識を集中させた。
「ああ神矢、そんなに神経質になることはないぞ。彼女は――」
「ふっ!」
「ッ!!」
ロブの言葉を無視して放たれた私の鉄拳。辛うじて、『彼女』の鼻先で留めることができた。
「こら、子供はもう休んでいる時間だろう! 起きてきては駄目だぞ、ソフィア!」
やや怒りを込めた口調で、ロブが指摘した。
しかし女の子、ソフィアは引っ込もうとしない。それどころか、私の足に腕を回して、この場を動かないぞ、という意志を明確にしている。
「あっ、あれ? あの……」
私は少なからず動揺した。
この女の子とは初対面だし、なんなら言葉を交わした覚えもない。
それに、大人であるロブが彼女を叱りつけている。保護者が怒っているのだから、部外者の私が口を挟むべきではあるまい。
「神矢、すまない」
ロブはすっと私の前でしゃがみ込み、両腕で輪っかを作るようにして、あっさりと女の子を掴み上げてしまった。
「む~! むむ~!!」
「はいはいソフィア、ちゃんとお前にも説明するから、今はこのお姉さんから離れなさい。お姉さんも疲れているんだよ、分かるだろう?」
「む~……」
私はじっと女の子を見つめた。
年齢は四、五歳くらいだろうか。典型的な西洋人形のような外見で、可愛らしいというより美しい。あと十二、三年もすれば、きっと高嶺の花にでもなれるだろう。
が。残念ながら、ここは暖かい家庭でも学びに適した学校でもない。飽くまでも、テロリストの活動拠点なのだ。私がぼんやりしていると、ソフィアと呼ばれた女の子は、ようやく私の足元から離れて身体をロブに預けた。
「ほらほら、ソフィアはもう寝ような。明日になったら、これからのことはちゃんと説明するから」
「むーむむー!」
豊かな金髪から垣間見えた彼女の顔。明らかに不機嫌そうにしている。見開かれた双眸と、タコのように突き出された口が印象的だ。
「すまないね、神矢。わけあって我々と行動を共にしているんだ。今寝かせてくるよ」
不機嫌そうに唇を鳴らすソフィアを抱っこして、ロブは素早くキャビンから出ていった。
ばたん、といって扉が閉まる。
聞こえるのは、冷房機材の低い稼働音だけになった。
※
私がやれやれとかぶりを振ると、気楽に声をかけられた。
「お疲れさん」
「なんだ、ヴィルですか……」
「なんだ、はないだろう、ほら」
ヴィルは二つのジュース缶を差し出してみせた。これまた片方がブラックコーヒーだ。
無言でコーヒーを手に取ると、ほう、とヴィルは息をついた。
「渋い選択だな」
「きっとロブもそう言うでしょうね」
「ほうほう。で、リエン、お前は何を飲む?」
「……」
「リエン?」
するとさっきの私のように、リエンは驚いて椅子ごとジャンプした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。これは……まさか……!」
ヴィルはぐいっとリエンの椅子を引いて、自らもディスプレイに見入った。
「ロブ、至急メインデッキへ。作戦会議だ」
《了解》
ロブは間もなくやってきた。どうしてソフィアではなく彼自身がナイトキャップを被っているのか、理由はさっぱり分からなかったが。
「僕にも確認させてくれ。音響センサーをあともう二、三発展開して」
「了解」
短くもはっきりしたリエンの声に、私は確かに、武人としての自覚が明確であると感じた。
いや、これはカッコつけているだけだろうか? まあ、どちらでも大きく変わりはしないだろう。
逆探知を防ぐため、この船では最新型のソナーの代わりに音響ソナーを使っていた。それでもバレる時はバレるそうだが、デコイを展開してそれぞれが音波を発するから、多少はマシ、というくらい。
「敵の船種は分かるか?」
ヴィルの問いに、リエンは答えた。
「魚雷発射艇が三隻。向こうも古い船舶で近づいて来る。こちらを油断させるつもりらしいぜ」
「そういうことなら、俺がまたガトリング砲で迎撃しよう。問題は後方の守備をどうするか、だが……」
私はざっと皆を見回した。と同時に、ヴィルとロブが振り返る。
挙句、パソコンに向かっていたリエンまでもが、椅子を回してこちらをじっと見つめてきた。
「な、なるほ、ど……」
重火器を扱えるのはヴィルか神矢か。三人はそれぞれ考えて、結局私を選んだらしい。
「神矢、重機関砲の扱いは? 履修していたはずだと思うが」
「ヴィルの言う通りです。ただ、実際の機銃を見せてもらわないと」
「了解。ロブ、俺は船尾の魚雷の使い方を神矢に教えてくる。その間は手榴弾でどうにかするから、照明に遮光処理を施してくれ。照明弾で死ぬやつはいない」
「分かった」
「リエン、航路はこのままでジグザグに操船するんだ。挟み撃ちに遭わないようにな」
「あいよ!」
私は再びヴィルに腕を掴まれ、キャビン後部へと連れられて行った。
※
ヴィルに続いて後部甲板に顔を出すと、ぶわっ、と海風が私の頬を軽く濡らした。
これが海風か。私は任務時以外、つまり私用で海に行く機会がないので、なかなか面白い体験だった。作戦時でなければ、ゆったりと海の魅力を味わえただろうに。
ある種の生臭さというか、生き物の神秘性……などというと大袈裟だけれど、そんなものが直接的に感じられる。が、今の私に、そんな呑気なことを楽しんでいる余裕はない。
私は慌てて梯子を上りきり、先行するヴィルへ頷いて見せた。ヴィルは既に防水シートの下から、新たな兵器を展開させている。
私がそこまで辿り着くのと、ヴィルが閃光手榴弾を投擲するのは同時。先ほどロブがヘルメットに装着してくれた遮光版を下ろし、閃光から目を守る。
こちらの場所が判明してしまうが、僅かとは言え敵の動きを留める効果はあった。
その間に、私は魚雷の操作方法をヴィルから教わり、一発で頭に叩き込んだ。
「やれるか、神矢?」
「はッ、問題ありません!」
「とにかくロブの言うことを聞いていてくれ。方向とタイミングはあいつに任せるんだ。俺は前部のガトリング砲を」
「了解!」
キャビンを通って、ヴィルがガトリング砲の方の下まで駆けていく。けたたましい銃声が再び私の耳を打つ。
だが私は私で、戦わなければならないのだ。
《神矢、君が撃ち損じても十分威嚇にはなる! 派手にぶちかましてくれ!》
「了解!」
こうして、派手な海上戦闘は開始された。
あまり岸壁から離れていないから、民間人に通報される恐れはあった。だが、最初に仕掛けてきたのは海保の方だ。
これ以上、事態を加速させたくはあるまい。
そんな楽観的なことを思いつつ、私は指示に従って魚雷を全四発を撃ち切った。
信管のない、つまり爆発しない魚雷だったけれど。
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