まるい夕焼け
ちま
不在連絡票
『なんか変な不在票入ってたんだけど、イタズラかな?』
郵便受けに入っていた黄色い長方形の紙を撮影し、プライバシーに関わりそうな情報は一応モザイクをかけてSNSにアップする金曜の夜。それは自分の部屋番号が書き込んであり、どの角度からでも読み込めないQRコードみたいなものが載っていた。通販で何か頼んだ覚えもないし、欲しいものが届くようなリストも公開していない。宅配ボックスも確認したが自分宛のものはなかった。
『なにこれドッキリ?』
『わ、やられた』
『怖いやつなら言って~~~』
と、目を離した隙に数件リプが飛んできている。ドッキリ? 怖いやつ? そういうつもりはなかったのでスマホの画面に向かって首を傾げてしまう。どう返信したものか悩んでいると、今度はDMが飛んできた。
『まるさんこんばんはです~。さっきの不在連絡票っていつくらいから入っていました?』
そういえば今週は全然郵便受けを見た記憶がない。週明けに開けた時には雑多なDMしか入っていなかったはずなので最長でも4日くらい前から、だろうか。
『夕焼けさんこんばんはー。月曜に見た時にはなかったと思うんで、たぶん火曜以降くらいですかね?』
返信に迷いそうなリプより返しやすいDMから返してしまう。誰かに見られているわけではないものだけど、ちくりと良心が痛む。
『なるほどですね~。早く受け取った方がいいと思いますよ。明日にでも』
『え、これ本当に不在票なんです……? コードも読めなくて再配達も頼めないんですよ』
『書いてあるじゃないですか~。「お早めにお引き取りください」って』
返信を見た瞬間、思わず「えぇ?」と声が出てしまった。さっきまでは部屋番号以外何もなかったはず。モザイクをかけたところがたまたまそう見えたとか? 都合のいいことを考えながらも恐る恐る黄色い紙に手を伸ばすと――たしかにそう読めなくもない、這ったような筆跡で「お早めにお引き取りください」と書いてあったのだ。
『すいません見落としてました……』
ついでによく見ると住所らしきものも書いてあるようだ。が、かろうじて読めたのは「営業所」の文字のみ。近辺の住所に詳しければ文字を推察することもできたかもしれない。しかし自分はこの街に住み始めて1年ほど、正直自宅まわりの住所ですら少し怪しい。
『早めにってことは生ものか何かなのかな。営業所の行き方調べるにしても全然読めないですねこれ……』
『まるさんって△△線沿いでしたよね? したらこう行けばいいと思いますよ~』
夕焼けさんとは何度か飲んだことがあり、大体の住んでいる所はお互いに知っている仲だ。こんな下手……いや、味のある字でも読めるのか、と感心する。
『助かりました! 明日行ってみますね』
『あ、あと写真のポストは消しといたほうがいいかもです』
確かに、読みにくい字とはいえ近所の住所を晒しているようなものだ。該当のポストをそっと消し、リプをくれた数名に言い訳のような投稿をした。
『ごめん、写っちゃいけないもの写ってたみたいだからさっきの消したわ』
***
翌日はあいにくの曇り空。じっとりとした空気と、雨が降り出しそうな気配の中、夕焼けさんに教えてもらった行き方で目的地へと向かう。自分にはさっぱり読めないが、一応住所は載っているようなので不在票も持ってきている。
(帰るまでに雨降らないといいなぁ)
傘は持ってきているものの、どれくらいの大きさの荷物かもわからない。両手が塞がるサイズではないことを祈りつつ、乗り継ぎを繰り返し、1時間ほどかけて目的の駅にたどり着いた。
自宅から直線距離は遠くないものの、公共交通機関を使うと結構かかる場所なんじゃないかな、と思う。こういう時車があればな、とぼやきながらがらんとした道を進んでいく。
道がやけに広く、建物がやけに大きいせいか、住宅地のような、工業地帯のような、不思議な雰囲気だ。活気はなく、ところどころで植物に吞まれた廃屋のような建物を見かける。
お堂、と書かれた大きな看板がさかさまに落ちている建物を横目に歩きつつ、目的の営業所はどこだろうと探す。最寄り駅までは教えてもらえたものの、住所が読めないのでナビを使うこともできない。見知らぬ土地のせいで似たような場所をぐるぐる回っている気がしていたが、やがて緑と黄色の色褪せた看板を見つけた。
しかし、どうにも動いている様子はなかった。赤錆だらけの建物と、1台のトラックも止まっていない駐車場らしき空間。割れたアスファルトからは植物が随分長く伸びている。念のため誰も居ないか確かめようと近づいてみると、
「あ、そっちじゃないですよ」
「んぅえぇ!?」
急に背後から話しかけられ、心の底から変な声が出た。
「まるさんどうも~」
まるでここで待ちあわせていたようなテンションで、手を振りながら現れたのは夕焼けさんだった。そのまま営業所がある方へと先導してくれるようだ。知っている顔を見て少しホッとする。
「すいませんこの辺不慣れなもので」
「ちょっと難しいですよねぇこのあたり」
本当に似たような赤錆だらけの建物ばかりが並んでいる。道順を覚えてなければ駅に戻ることも難しそうだ。
「地元よりは都会ですけど、こんな場所もあるんですね」
「都会も区画ひとつ違えばこんなもんですよ」
幾つか角を曲がった先に営業所はあった。先ほどと同じくらい色あせた緑と黄色の看板と、今にも崩れ落ちそうな平屋だ。中に入らない限り誰かが居るかすらわからない。
ここで何故か夕焼けさんは一万円札を渡してきた。
「不在票と一緒に渡すんですよ」
どうやら中に入るのは自分だけらしい。躊躇いながら薄暗い家屋に入ると、受付らしき場所には小柄な老婆がひとり無表情でこちらを見つめていた。どういうシステムなんだろう、と疑問を感じつつも夕焼けさんの言うことなら間違いは起こらないだろうと思い、そのまま老婆に不在票と一万円札を渡す。
――老婆は黙って五千円札を渡してきた。しかも旧札。新渡戸稲造だ。
(え、これだけ?)
声に出せる雰囲気ではなかったのでそのまま外に出た。待っていてくれた夕焼けさんはこちらの手元をのぞき込みつつ、
「これなら差額でパーっと飲んじゃった方がいいですねぇ」
なんて上機嫌に笑っている。
夕焼けさんの手持ちだったとはいえ5千円分損した気分なのでなんだか釈然としない。
「……もしかしてこれ、増えるパターンとかあったんです?」
「ふふ、たぶんそっちの方が困りますよ」
何が何やらわからないことだらけだったが、とりあえず今日は飲む流れになったらしい。数駅となりに最近行って美味しかった焼鳥屋があるという。そこなら互いの家からも遠くないし、ちょうど良さそうだ。
いつの間にか雲は晴れ、沈む太陽が空を赤く染めていた。昼過ぎについたはずなのに、そんなに時間が経っていたのだろうか。駅に入る直前、遠くで何かが割れるような音がした。
***
そういえば。
あの駅周辺では夕焼けさんと老婆以外、誰にも会わなかったなと気づいたのは家に帰ってからだった。駅名を思い出そうとしても、酔った頭ではいまいちぼんやりとして思い出せない。
(まぁ、いいか。明日でも)
それより郵便受けは毎日ちゃんと見て、変なものを置きっぱなしにしないようにしよう。
おやすみなさい。
まるい夕焼け ちま @chima0404
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