第7話 妹と小学生の話をしよう
トンネルを抜けると、妹が餌付けをしていた。
いや、語弊がある。まず俺は電車で最寄り駅まで行き、そこから家まで十数分掛かる帰路を歩いていた。その途中に高架下があるんだが、そこを抜けると小さめの公園が見えてくる。そこで何故か日菜美が女子小学生と思われる少女に飴を与えようとしていたのだ。
いやはや、中年男性なら通報案件なのだが、そこが女子高生に置き換わると、どこか華やかになる。これが「ただしイケメンに限る」…、いや、「ただし美女に限る」か。
見て見ぬふりが正解かと思ったが、妹が犯罪を犯しているかもしれないのを黙認する訳にも行かないので、声はかけて置くことにする。俺が少し近づくと、少女が日菜美の後ろに隠れる。どうやら警戒されてしまったようだ。
「何やってんの」
「あ、にぃ。大学終わったんだ」
「おう。で、今度はこっちの質問に答えてもらいたいんだけど…」
「この子、今知り合った優里ちゃん。一人でシーソーしてるところに声をかけたの」
1人シーソーとは…、かなりの上級者だな。俺も誰もいない公園でよくやったもんだ。進化すると真ん中で立ち上がってサーフィンのように乗ることもある。
「そうなのか。優里ちゃん、俺はこのお姉ちゃんの兄の名島一。よろしくね」
俺が手を差し出すと、優里は少し警戒するように日菜美の後ろから顔を出し、恐る恐る俺に近づいて手を握った。
「東雲優里…、三年生。よろしくね…!」
「ん、よろしく」
その瞬間、日菜美が驚愕する。
「ど、どした…?」
「この子の苗字、教えて貰えなかった…」
「そうなのか」
「そうなのかじゃなくて。お兄ちゃん、そういうの冷めてるよね…」
冷めてるねぇ…、まぁいちいちガッツポーズなんてしてたら逆に引かれるだろう。そんな俺たちを置いて、シーソーに股がっていた。
「日菜美ちゃんー」
「呼ばれてるぞ」
「私スカートだからパス。お兄ちゃん、行ってあげて」
「ラジャ。お前は優里ちゃんの隣に居てあげな」
「うん」
「おー、日菜美ちゃん、一くん」
一くんねぇ。一応俺はかなり歳上なんだがな。優里は楽しそうだし、別にいいか。
「ぎっこんばったーん」
「あはは…」
「お兄ちゃん、もっとゆっくり!」
「へーい」
…一体なぜ俺は職場からの帰り道に小学生と妹と一緒にシーソーで遊んでんだろう。
「楽しいなーあはは…」
「んー」
この子が満足するのが先か、俺の体力が尽きるのが先か…。
数分後…、六時を告げるパンザマストが鳴り響いた。
「帰らなきゃ!日菜美ちゃん、一くん、またねー」
「あ、これどうぞー」
日菜美が優里に飴を渡す。
「ありがとー、じゃあねー」
「うん、バイバイ!」
「じゃあな」
飴をポシェットに入れ、小走りで公園を後にする優里。何だか、思ってた以上に明るそうな子だった。
「にしても飴玉ね。あの子好きなの?飴玉」
「あの子のお兄ちゃんが飴ちゃん大好きなんだって。だから好きになったって教えてくれた」
「んだよ、お前めっちゃあの子と仲良くなってんじゃん。俺そんなこと言われなかったぞ」
「まぁねー」
にしても東雲ねぇ…。あの子の名前を聞いた時、もしやと思った。珍しい苗字だとは思うが、あれもただのペンネームだし。
「お兄ちゃん?」
「いや、なんでもない。ただ、同じ苗字の知り合いがいたんだよ」
そう、彼の噂は常々彩さんから聞かされている。彩さんは、いつも彼のことをこう呼んでいた。
『天才』と。
「ってか、お前最近毎日のように体操服持ってくよな。体育祭でもあんの?」
「んーん。実は創立祭があるの、私の学校。文化祭の代わりにね」
「なるほどな…」
その時、携帯電話に着信が入った。彩さんだ。「先に帰ってな」と日菜美にジェスチャーを送る。こくりと日菜美は頷き、帰路に着く。俺は少し脇道に逸れ、ベンチに腰かけながら電話に出る。
「お疲れ様です、名島です」
『名島先生!見つかったよー、この時期に文化祭やってる高校!いや、正確に言えば違うんだけど!向こうにも話は通しといたから、参加もできる!』
口振りからして、やはり彩さんもこの時期にやってる文化祭を探すのが一苦労だということには気がついていたらしい。それを、一日も経たずに文化祭のやってる学校を絞り出し、入場の手続きまで済ませてくれているとは…、あの人にはほんとに頭が上がらないな。
「マジですか!で、それってどこですか!」
『東栄高校!』
「…マジですか!?」
それって、日菜美が通ってる高校じゃないか!もしも、日菜美と俺がかち合ってしまえば、きっと俺に気がつくはずだ。バレないように重装備で行くしかないか…。
「ただいまー」
「おかえりぃ。飯少し待ってなぁ、今ピラフ作ってるからぁ」
「ん、お兄ちゃん!」
「手ぇ洗えよぉ」
「んー!あ、あと今日友達ができたよー。名島日菜美ちゃんと名島一くん!」
「名島一かぁ…」
「知ってるの?」
「同姓同名の奴かもしれねぇけどなぁ…」
「どーせーどーめー?」
「分からんならいいよぉ。もしもそうなら…、持ちかけてみるかぁ」
「持ち込むー?おやつは一人三百円までー」
「そうだなぁ…。今度うちに連れて来てもいいぞぉ」
「やったー、楽しみー!」
「そこで口説き落とす。何としても。あんたの世界を一番よく表現出来んのはあいつじゃねぇ、俺だぁ…!」
「どうしたのー?」
「なんでもねぇよぉ。さぁ、ピラフ一丁上がりぃ」
「わーい!いただきます!」
「たぁんと食べろよぉ」
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