森はスライムであふれている

第1話 トコヨの森

 その森はスライムで満ちている。

 子供たちは森で遊び、スライムと共存していたといえる。


 事態が一変したのは、国の首都から定期的に視察にやってくる王族が現れてからだ。

 今回視察に訪れたのは、国王の4男である国務大臣補佐官のヘンドリックス・フェルミナという30代の線の細い男と、その家族だった。

 一番の問題は、夫人のキャサリンが大のスライム嫌いだった事で、それを知らない領主が視察コースにトコヨの森を選んでしまった事だ。


「大変よ!あそこ、子供がスライムに襲われているわ!」


「あははっ、大丈夫ですよ。この森のスライムはおとなしくて、子供の遊び相手なんですよ。」


「何を言ってるの!スライムは魔物なのよ!あなた!すぐに討伐させてください!」


 補佐官は恐妻家であった。

 スライム1匹に4名の兵士を向かわせ、嫌がる子供を引き剥がしてスライムを処分する。

 別に兵士でなくとも、スライムごとき大人なら木の棒で始末できる。


 始末を終えた兵士は、その先にも2匹のスライムを見つけてしまった。

 別の兵士にそっちのスライムを処分させる。

 ……と、その先にも3匹のスライムやってきた。


 兵士は馬車に戻ってキリがないと伝え、夫人は森を焼き払うべきだと夫に進言した。


 この広大な森は多くの果実のなる木を内包し、イノシシ・キツネ・ウサギなどの小動物も豊富で、少し奥まった場所に切り開いた畑は豊かな収穫をもたらしてくれる。

 領主は思いとどまるよう懇願したが、ムキになって焼き払いを主張する夫人に押し負け、森は焼き払われてしまった。


 森の恵みにより生活を維持していた人々は仕事を失い、町全体が食料不足に陥った事で、物価が高騰し人々は生活に窮するようになる。

 やがて、盗み・強盗・殺人等の犯罪が増え、税収にも支障をきたすようになる。


 住民や領主がどれだけ頑張っても、まともな住民は近隣の町へと移住し、無法化は止まらない。

 ついに、国はトコヨの町の放棄を決定し、国の資産を引き上げて撤退した。



 俺の名前はコディ。

 家名は父の死と共に捨てた。

 トコヨの廃墟に残り、森を再生するのが俺の生きている意味だ。

 あの放火から6年。

 黒く焼け落ちた森の跡から苔や草の芽が生えてきたのは2年後。

 次の年には木の芽が見られた。


 森が焼かれた時、俺は10才だった。

 あの時の俺は、森が焼かれるのを見ているしかなかった。

 なぜ止めないのか、全力で父に抗議した。

 俺が想いをぶつけられる相手は父しかいなかったからだ。


 今でも俺の脳裏には、炎に照らされて高笑いするキャサリン・フェルミナの顔が明確に浮かんでくる。

 俺から、森とスライムと家族を奪ったあの女だけは許さない……

 

 俺は毎日森の跡地を歩き回り、森の再生を妨げるようなモンスターを狩っている。

 元々、俺の家はトコヨの森を護る一族の長の家系だった。

 父には能力は受け継がれていなかったようだが、俺にはそれなりに受け継がれている。

 森を護るエルフの血が……


 俺の祖先は人間の娘と恋に落ち、トコヨの森を人間の住める村へと変えてしまった。

 豊かな森の恩恵を受けて村は栄え、何代か経つうちにフェルミナ王国に吸収され町へと変わっていった。

 確かに、製鉄の技術などを持たなかったエルフにとってその知識は驚くべきものだったらしい。

 だが、自然と共生するエルフにとって、その破壊的活動は耐えがたいものでもあった。

 

 製鉄のために、人間は多くの木を切り倒し、トコヨの森の30%が失われた頃、他のエルフたちはトコヨの森を出ていった。

 トコヨの町に残ったのは、オヤジ……領主の一家だけになった。

 そして森が焼かれ、町に残ったのは俺とサイティーとエバンスの3人だけだった。

 

 俺たち3人には、エルフの特徴である尖った耳はない。

 だが、サイティーはエルフの特徴である銀髪が奇麗で、エバンスは瞳の色が緑だ。

 それ以外は、人間の特徴である茶色の髪と瞳だった。

 俺たち3人には、エルフの特徴である魔力量が多く、特に俺はこれまで魔力切れを起こしたことがない。

 俺自身にも限界がどこなのか分からなかった。


 町は廃墟と化していたが、俺たちのいる領主邸だけは半壊でおさまっている。

 屋敷には地下室があり、エルフの歴史と魔法関係の資料や道具が多く残されていた。

 今の屋敷は、認識疎外と迷い森の結界を施してあるため、他の者の侵入を阻んでいる。

 

 小麦や大豆は流石に税として納められたものが大量に保存されている。

 資料によれば、どちらも20年くらい保存できるそうだ。

 森が再生したら、また森の中で植えてやればいい。


 俺たちは必要な分だけを粉にして、焼いたりして生活している。

 肉はエバンスが捕ってくるし、葉物は俺が集めてくる。

 

 ある日、夕食を終えて寛いでいる俺たちに、結界を強引に破ろうとする警報が伝わってきた。


「何の用だ。ここは俺たちの住処だ。」


「ああ、そうかい。俺はフェルミナ王国勇者のカタギリだ。中に入れてくれ。」


「何でお前たちを入れる必要がある。この町はフェルミナから切り離された独立地域だ。」


「国が方針を変更したんだ。隣国トロニカ帝国と交易を始めるために、この辺りに中継地を作ろうという事になってな。」


「断る。ここは先祖代々俺たちの土地だ。」


「先祖代々だと?元々はトコヨの町。フェルミナ王国の領地だったハズだが。」


「ここはトコヨの森だ。俺たちトコヨの一族が護ってきた土地だ。」


 カタギリという男の横にいた黒いフードを被った男が会話に混ざってきた。


「確かにこの結界はエルフの術だと思うが、そちらのお嬢さんの髪の色……君たちはエルフの血を引いているのか?」


「そうだ。エルフの土地に対する侵略は法に触れるハズだろ。」


「残念だが2年前に国王が代わり、その法は撤廃されている。」


「ならハッキリ言ってやる。ここは俺たちが守るべき土地だ。侵略は遠慮していただこう。」


「そういう訳にもいかねえんだ。ここは立地的に拠点を作りやすい。お前らこそ立ち退いて明け渡せ。」


「まあまあ、そう事を荒立てないでもいいだろう。」


「なにぃ!」


「交渉の余地はあるって事だよ。」


「エバンス!何を言い出すんだ。」


「考えてみろよコディ。森が前のようになるには、まだ20年くらい必要だ。」


「森を焼いたのは王族の指示だ。だが、人間をここに受け入れてしまったのは俺たちの祖先の罪。」


「森が再生しても、エルフが戻ってくる保証はねえだろ。俺たちが他へ移住する方が楽だぜ。」


「ほう。お前は物分かりがよさそうだ。」


「ああ、ここを明け渡したら、当然補償が出るよな。」


「それは俺が国王に交渉してやろう。」


「森を焼かれて6年。一帯にモンスターが住みつかねえように3人で管理してきたんだ。一人金貨300枚出すんなら考えてやる。」


「エバンス!ふざけた事を言うな!」


「コディ、3人じゃムリなんだよ。お前はサイティーと子を作るかもしれねえが、俺はどうすんだ。少なくとも俺の居場所はねえんだよ。」


「兄さん……」


「まあ、そっちはそっちで話せばいい。とりあえず、中に入れてくれねえか。まだ飯も喰ってねえんだ。」


 勇者は3人パーティーでやってきた。

 さっきの黒フードが僧侶のルディーで緑のローブが魔法使いのアルディナ。

 そして驚くことに、現国王は第4王子のヘンドリックス・フェルミナが戴冠しているという。

 つまり、王妃はキャサリン・フェルミナという事だ。



【あとがき】

 新シリーズはエルフ

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