第4話 鬼

「き、君はいったい……」


「俺の能力は、通信やシステムに特化してるんですよ。」


「どこまでできるんだ……」


「ネットワークで繋がっている場所なら、世界中どこへもアクセスできますよ。」


「それでどうなる?」


「そうですね。ホワイトハウスの全部のシステムデータをデリートするとか、隣国の核弾頭を爆発させるとか……、ああ、ファイヤーウォールとかカウンター用のシステムは役に立たないですよ。」


「な、何が目的だ。」


「イヤだなぁ。こちらの手の内を見せているだけですよ。今、世界中の首脳に協力をお願いしているところですから。」


 こうして俺たちは政府の協力を取り付けた。

 国内で8箇所の国有地がスライムの終結場所として確保され、自衛隊が訓練に協力してくれた。


 この行動により、世界からスライムの姿が消えた。

 実際には人目に付かない場所に集結しているだけだったのだが……


 半年過ぎたころ、僅かだが、自発的にスライムと融合する隊員が出てきた。

 そして、民間でもペットとしてスライムを手元に残していた者はスライムとの親和性があがり、融合する者も出ている。


 当然だが俺たちはスライムのネットワークで繋がり、希望があればスリムで受け入れる。


 こうして、融合者が全国で1万人を超えたころ、そいつが現れた。


 初めての目撃情報はロシアからだった。

 車のライトに浮かび上がった暗褐色の不鮮明な姿。

 体高1mくらいで、猿のような毛むくじゃらの体。

 だが、ロシアにサルはおらず、車に撥ね飛ばされて消えてしまった。


 ネットで拡散されたその写真に、人々は逃げ出したペットとか、アクマとかフェイク動画とか好き勝手なコメントをつけていた。


 次はオーストラリアから鮮明な写真がアップされた。

 昼間に撮影されたそいつは、黒に近い緑系の体に、赤い目と額から生えた2本の小さな角。

 1mの毛の生えた体に牙。


 そして車に襲い掛かり、噛みつきまくってワイパーを引きちぎる狂暴性。

 アクマとの遭遇というタイトルで投稿されたが、大半はゴブリンじゃないのかと書き込まれた。


 その次はアメリカの牧場からで、牛をかみ殺すゴブリンの様子が公開された。


 俺は防衛大臣に面会を申し入れた。


「ゴブリンがやってきました。」


「ゴブリンが、君たちの言っていた脅威なのかね?」


「ゴブリン自体はそこまで脅威ではありません。銃や剣で殺せますし、国民に注意を呼びかければ、そこまで大きな被害は出ないと思います。」


「では、脅威とは……まさか……」


「俺たちと同じように人間に融合した場合です。」


「まさか……」


「スライムよりも強力な能力を持っていますからヤバいですよ。」


「そんなのが結託して人を襲いだしたら……」


「ゴブリン程度はいいのですが、もっと恐ろしくて凶悪な魔物が存在しますからね。」


「ド、ドラゴンとかかね……?」


 俺は無言で肯定した。


「ど、どうすればいい?」


「前から言っているように、戦える味方を増やすしかありません。スライムと融合すれば、ゴブリンとの融合を防ぐ対策にもなります。」


「い、いや、それを国が推奨する訳には……」


「海外では、募集を始めている国もあります。それがネットで拡散されるのも時間の問題ですよ。」


「……」


「何より、スライムの訓練場が襲われたら、せっかく訓練したスライムが消滅してしまいます。そうなったら、誰が責任をとるんですか?」


「緊急で閣僚会議を開く……」


「言っておきますが、こちらに被害が出た場合、僕たちは事実を隠さずに公表しますから。」


「お、脅すのかね……」


「ここまで決断してこなかったのに、これ以上の引き伸ばしは許さないと言ってるんですよ。ヨーロッパでは、首相が率先して融合した国もあるんですよ。まあ、日本の政治家と融合したがるスライムはいませんけどね。」


「くっ、官邸に行く!」


 それでも政府は決定しなかった。


 融合を果たした自衛官は、仲間に呼びかけ、特に独身の自衛官の多くは融合を希望してくれた。

 そして、ゴブリン出現の情報が広がり、被害報告が増えるにつれてスライム融合の噂を聞きつけて会社への問い合わせが加速度的に増えていった。


 1カ月過ぎても国会は議論を続けていた。

 その中で、与党・野党から議員団による視察の申し出があったが、相手にしなかった。


「シン君困るじゃないか!今、国会は大変な時期だというのに!」


「悪いけど、俺はもう日本の政治家は相手にしない。」


「なにぃ!」


「あんたに言ったよな。もう猶予はないんだって。


「だ、だが……」


「この1カ月で何か変わったのか?」


「だから、もう少しで国会を通りそうなんだ!俺だって遊んでいるわけじゃない!」


「何かしていれば、働いていると自分に言い訳できる。自分を胡麻化してるだけじゃねえか。」


「ふ、ふざけるな!」


「前回の議事録を含めて、状況を国民に公開する。」


「バ、バカな!」


「誰が悪いのかは知らん。だか、この1カ月で確実に5人がゴブリンの被害にあい、命を落とした。ゴブリンの討伐に本腰を入れてないために、ゴブリンはコロニーを作り、力を増している。」


「まさか……」


「自衛隊も動かさずに傍観している国に期待はしない。自衛隊員7000名を自主退職させてスリムで活動してもらう。」


「そ、装備はどうするんだ。自衛隊の装備を持ちだしたら違法行為だぞ。」


「まあ、俺たちは法律は犯さない。今、仲間が一連の動きと、お前が中国系企業から献金を受けている資料と、高官との電話の内容を音声データでアップしているところだ。」


「何を……」


「ああ、首相も同罪というか、親中の閣僚は全員辞職せざるを得ない資料を公開するよ。」


「そんな事をして、ただで済むと思っているのか!」


「大丈夫だよ。次の総理は、迅速に動く事を約束してくれたからね。」


 翌日、防衛大臣の辞任が受理されたタイミングで、統合幕僚長はゴブリン対策の専属チーム発足を公表した。

 官房長官も、これはやむを得ない処置であると認めた。


 そして翌日、ゴブリン対策チームは山中に潜むゴブリンのコロニーを強襲する動画を公開した。

 確認できたゴブリンは23体で、隊員たちはコロニーを包囲し手にした竹やりや軍用のナタでゴブリンに襲い掛かる。

 もちろん全員が俺たちの仲間であり、この程度の数ならば瞬殺できる。


 動画の最後で、自分たちには発砲許可が出ていないので、こういう地道な戦法で対応するしかないとコメントしてある。


 これを受けて、解散直前まで追い込まれていた自治党は特措法を緊急で成立させた。

 というよりも、内閣総辞職で政治の空白期間に非常事態が起きた場合の方策を整えないと許されない状態だった。


 そして一か月後、新内閣が発足し、新しい防衛大臣は自らスライムと融合して国民にスライムとの融合を推奨した。

 そう、別に国会の承認を得る必要はないのだ。

 こうする事で、不慮の事態から家族を護る事ができる。それだけの事だ。


 日が経つにつれゴブリンの出現が増えてくる。

 そしてついにそうつが現れた。

 神奈川県小田原市、小田原城の天守閣に現れたそいつは、巨大な火球を全方向に放っていた。

 ドローンが空中から捉えたそいつは、人間の服装をしていながら、黒灰色の顔で額に2本の角があった。

 その様子を放送したTV局は、”小田原の鬼”とテロップを出した。


 すぐに自衛隊のゴブリン対策チームが出動すると同時に、周辺住民の非難が開始される。

 だが、対策チームの自動小銃は、そのゴブリンが融合したらしき人間の皮膚を貫くことはできなかった。



【あとがき】

 ゴブリンを小鬼と表現する事があります。

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