スライム融合

第1話 初めてのお使い

 スライムには無限の可能性があった。


 俺がそれに気づいたのは、3年前の夏だった。

 当時小学校の4年だったから、年齢は10才だ。

 

 その年……2035年の1月だったか、世の中に突然スライムが発生するようになった。

 原因も理由も未だに分かっていないが、10cnから30cmくらいまでのスライムだ。

 ともかく、饅頭のような水羊羹のようなスライムが突然発生するのだ。

 特徴といえばゼリーみたいにプヨプヨしたからだに、目が二つというシンプルなものだ。


 スライムは、直接的に人間を襲う事はしないのだが、間接的に影響を与えた。

 電車や自動車の前に突然現れ、それを踏んだ車両がスリップして衝突事故を引き起こした。

 航空機のエンジンがスライムを巻き込んで爆発した事もある。

 米大リーグのワールドシリーズ。

 LAD対NYYの最終戦でO谷の放ったホームラン確実と思われた打球が、突然現れたスライムにぶち当たりそれをライトの選手が捕球してしまった。

 AIはこれをホームランだと判断したが、NYY側はスライムは生物でないため石と同様でインプレイと主張。

 結局MLBはHRと判断した、規約改定でスライムを生物とする判断を下した。


 その後、スライムの出現頻度は僅かながら増えているのだが、人間への害が直接なく、残飯などをエネルギー源としている事からペット化する者が現れてきた。


 そんな中で、俺、中谷進之亟は自宅で寝ていた時に激しい頭痛に襲われた。

 頭が割れるような感覚と、意識が膜に包まれる感覚。

 どれだけの時間痛みが続いたのか分からないが、痛みが治まって額に手をやるとプニッとした妙な触感。

 額に感触はあったが、その部分だけ冷たい感じがする。


 慌てて鏡を見た俺は驚いた。

 額から頭にかけて、水色のゼリー状のものが張り付いている。

 まるで発熱時におでこに張り付ける熱吸収シートの裏側みたいな感じだ。

 

 最初に考えたのは、これじゃあ学校に行けないという事だ。

 絶対にからかわれる。

 スライム男とか言われるに決まっている。

 そう、額のそれはTVで見たスライムそのものだった。



 俺はクローゼットを漁って黒いニット帽を探し出した。

 1階の台所に行って、パックのオレンジジュースを冷蔵庫から出してコップに注ぎ一気に飲み干す。

 喉を通る冷たい感触と、甘酸っぱい味……

 慣れた感覚なのに、新鮮な驚きを感じるもう一人の俺がいた。


 足元に黒猫のニケが寄ってきた。

 ニケに対しても、初めて見るような感情が沸き起こってくる。

 ニケを拾ってきてもう2年になるハズなのに……

 

「どうしたの?眠れないの?」


 母親のヒトミだった。

 いわゆるシングルマザーで、女手一つで俺を育ててくれている。

 

「いや、喉が乾いちゃって。」


「どうしたの、帽子なんて被って?」


「ちょっと、自分で髪切ったら変になっちゃって……明日はオンラインで授業受けるよ。」


「お昼ご飯はどうするの?」


「冷凍食品かカップ麺にするから大丈夫だよ。」


 俺はニケを連れて部屋に戻った。

 母さんに見られたら、絶対に病院に連れていかれる。

 そうなったら、周りにバレるのは確実で、”スライム男”が確定してしまう。

 それだけは絶対にイヤだった。


 ため息をついてベッドに座ると、ニケが膝に乗ってきた。

 アゴの下を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らす。

 いつもの行動なのに、どこかで驚いている自分がいる。

 

 ポケットからスマホを出して、翌日の授業でオンラインを選択しておく。

 そのまま寝転んで布団の中に入ると、ニケが潜り込んできた。



 翌朝、目覚ましで起きる。

 鏡でおでこを見ると、心なしかゼリー部分が小さくなった気がする。


 そもそも、何でこんな事になった?

 そして、これはホントにスライムなのか?

 スライムなのだとしたら、どういう状況なのだろうか?


 ネットで”スライム”と”額”で検索したが、スライムにぶつかったとか、ヘディングの画像しか出てこない。

 スライムの部分を掴んで引っ張り出そうとしたが、痛いだけだった。


 授業は最初だけ帽子を被って参加し、5分くらいでこっちのカメラをオフにした。

 モニターを見ながら先生の説明を聞くというスタイルは学校でも変わらない。

 違いがあるとしたら、顔が見えない事だけだった。

 クラスメイトはどうでもいい。隣のクラスの美咲ちゃんの顔を見られないのは寂しい。


 授業を受けていても、絶えず初めての経験という感覚はあった。

 その分集中できるので、理解は普段よりも早い。


 3日過ぎると、額のスライム部分は半分ほどになっていた。

 幅2cm、縦4cmくらいだ。

 

 この頃になると、俺は一つの可能性に思い当っていた。

 というよりも、ネット小説でそういうのがあった。

 魔物との融合だ。

 可能性としては、寝ていた俺の頭に、スライムの発生が重なったのだろう。

 大きさとしては、ちょうど脳を覆うくらいのスライムが出現したとみるべきだろう。


 ただ、それが俺にどう影響するのか想像もできない。

 今のところはこの外見以外に変化は見られず、生活に影響も出ていない。

 全ての事が初めてのように感じる違和感は、スライムの部分がそう感じているのではないか……


 俺は、ネットで検索をしなおした。

 ”スライム””融合””合体”などのワードを使って検索していくと、何件か気になる書き込みがあった。

 スライムが腕から生えたとか、足にスライムのようなできものがあるとかいうものだ。

 中には画像付きの投稿もあり、今の俺と似た状況と思える。


 俺は今の状態を写真に撮っておき、その投稿者達にDMを送った。

 とりあえずは生活や状態に影響はないかという問い合わせだ。

 

 1週間が経過して俺のスライムが見えなくなったころ、DMを送った左腕にスライムが生えたという女性から返事が来た。

 女性によれば、スライムは腕の中に埋没して見えなくなったとの事だった。

 高校生だという彼女は、俺と同じようにオンラインで授業を受けていたといい、もう少し様子を見るとの事だったが、体や生活に異常はないという。

 ただ、心なしか左手の力が強くなったかもしれないと書いてきた。

 

 悩んだ末に、俺は頭にスライムが入り込んだ事を打ち明け、これからも相談に乗ってくれないかとDMを送ったところ、すぐにOKの返事が来た。


 外見的に目立たなくなったため、俺は少しだけ外に出てみる事にした。

 具体的には、コンビニに買い物に行くのだ。

 コンビニまでは徒歩で5分。

 俺はリュックを背負ってマンションの1階へ降りて、歩き出した。


 エレベーターや、外を走る車に対して、初体験の感覚が強い。

 自転車や街路樹、公園で遊ぶ子供やすれ違う人に、いちいち興味を魅かれてしまう。


 困ったのは、コンビニ内の情報量の多さだった。

 考えてみれば、いったい何種類の商品が陳列されているのだろうか。

 

 2000か3000か、少なくともその程度はあるのだろう。

 当然だが、何に使うのか知らない商品もある。そんな、俺の知識にない商品に強く興味を持ってしまうのだ。

 頼むから、女性の生理用品とか下着とかガン見しないでくれ……いや、させないでくれ。

 酒もダメ、タバコもダメなんだ。


 俺は意識して好きな食べ物に集中する事にした。

 ポテトチップスと牛乳をカゴに入れ、肉マンと唐揚げを買ってスマホで決済する。

 いや、世の中の仕組みを理解させるには、お金で支払った方が良かったかもしれない。


 こうして、初めてのお使いは終わった。

 結局1時間近くかかってしまったが、こいつの好奇心は満足できたみたいだ。



【あとがき】

 現代社会でスライム登場です


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