エマール王国

「何と表現したら良いのでしょうか……」


「お化粧なんてする気になれないし、このローブのまま帰りたいですわ。」


「我が家のメイドが、こんなにマッサージ上手だったなんて……」


「それに、この美容オイル……、普段使っている高価なものよりもしっとりしてるし……」


「肌の状態にあわせて調合したって言ってたけど、全部聞いたことのないオイルだったわ。」


「ガルラが、禁書庫に眠っていた古い書物から探し出してきた原料を使っているんです。」


「私たちはここを使えばいいけど、早く浴場をオープンしないと暴動が起きそうよね。」


「でも、そんなに大勢が来られても、美容オイルが足りなくなってしまいます。」


「ダメ。私からの最優先事項よ。職人を総動員して対応させなさい。一般の浴場の方もね。」


「できれば、一般の浴場にもオイルマッサージがあるといいんだけど……」


「オリーブオイルにも保湿効果がありますし、格安の美容オイルは用意できます。後は、マッサージのスタッフを育成しないといけませんね。」


「私たちは全面的に支援するし、夫にも協力させます。女性の気持ちが高まれば、国民の幸福感が上昇します。」


「最優先の案件ですわね。」


 王妃様からの後押しで浴場の建設が進む中、俺は国王からの呼び出しを受けた。

 王妃をはじめとして、家族全員が揃っている。


「エマールから正式にお前を派遣してほしいと依頼が来た。」


「条件はどうなんですか?」


「ライボと給水器のノウハウ譲渡に対して、金貨5000枚を用意するそうだ。」


「まあ、妥当といえそうですね。」


「それに加えて……だ。」


「はい。」


「シャイを第2王子の嫁にと申し入れが来た。」


「お父様!」


「……」


「通常であれば、断わる理由などない話しなのだが……」


「シャイは……シャイは……」


 王女はそのまま泣き崩れてしまった。


「父上、エマールとの友好を深めるのに最良の縁談ではないですか!私は賛成です。」


 王子のニヤニヤした笑いに、怒りが込み上げてくる。


「エマールとの国力の差は歴然ですが、ライボや給水器などの普及により、国民の意識と意欲はこれまでにないくらい高まっています。後は兵力さえ上げられれば……。」


「母上!エマールと戦うおつもりですか!」


「そうではありません。対等の武力があれば、対等の交渉が行えるという事ですわ。そうすれば、このような屈辱的な申し入れ、簡単に跳ねのけられるでしょうに。」


 王妃はからかうような視線を送ってきた。

 

「第二王子の評判は確かに良くありませんが、平和的な関係を築くのにこうした婚姻は普通の事。シャイだって、それくらいの覚悟はしているハズです!」


「……お父様が必要とご判断される……なら……」


「ガルラ、お前はどうなのだ?」


「はぁ?父上、こいつには関係ありません!王家の問題ですよ!」


「王家など関係ない。国の未来がかかっているのだ。ガルラ、シャイがエマールに嫁いだとして、お前は国に残ってくれるのか?」


「父上!このような平民、俺が言う事をきかせてやります!」


「来月、俺は国政に対する権限を国民の代表に委譲する。」


「えっ?」


「そうなれば、俺やお前には国王という肩書しか残らない。お前にガルラに指示できるだけの実績があるのか?」


「な、何を考えているんですか父上!」


「陛下の発表にあわせて浴場が解放されるの。そうしたら、国中の女性からまたガルラとシャイの支援が高まってしまうわ。」


「そんなもの、どうとでも……」


 俺は考えていた事を口にした。


「……馬車を10台……改造します……」


「なにぃ!」


「ほう、それでエマールに対抗できるのか?」


「各町にも3台配備すれば、……十分に防衛できます。」


「ガルラ!」


 王女が抱きついてきた。


「でも、国を攻めて人を殺すような武器は作りたくないです……」


「何故だ!力があるなら、他国を攻めて広げていけばいいだろ!」


「世界を統治するという考えも、古い文献には残っていましたけど、民族的・宗教的に相容れない考えが存在するみたいです。」


「そうよ……、だから手の届く範囲で……人々を幸せにしていくの……」


「それが、俺たちの考える国の在り方です。」


「よかろう。馬車20台で国を護れると証明したら、シャイはお前にくれてやる。」


「あらあら、そんな言い方、世の女性に嫌われてしまいますわよ。」


「どうせ、来月にはハリボテの国王だ。」


 俺は軍の管理する馬車を1台持ち帰り、改造を施した。

 スラゴムを使った車輪に、コウスラで外装の強化。

 ライボによる全方向の照射。

 そして上部への回転式座席と攻撃用武器の設置だ。


 今回は、弾ではなく、氷の矢と炎の矢と風の刃を切り替え式で射出できるようにしてある。

 更に、威力をあげた氷槍への切り替えも可能だ。


 翌日、昼からのデモンストレーションには、王家と全局長だけでなく、国軍の隊長級が見学にやってきた。

 御者席にスケさん、屋根にはカクさんがあがっている。

 場所は、城の裏手にある岩山だ。


「じゃあ、始めます。」


 俺の合図でカクさんが射撃を開始する。

 毎秒10発の氷矢・火矢・風刃が射出され、50m先の大岩が削れていく。

 

「次は槍です。威力が上がる分、連射速度は落ちて、1秒間に2発です。」


 バスン!バスン!と撃ちだされる氷槍と火槍に岩が粉砕されていく。


「本体は軽いので、取り外して城壁に移動する事も容易です。」


「こ、こんなのが10基もあったら、それこそ城も簡単に落とせてしまいますぞ。」


「これならば、魔物の大群に襲われても撃退できるでしょうな。」


「詠唱を必要とする魔法師よりも、格段に攻撃力が高いですな。」


「魔法も魔法陣も、威力を高めてしまうと対抗手段がなくなってしまいます。ですから、優位性のあるうちに、不可侵条約みたいな約束が必要と考えます。」


 こうして俺は王女を妻にした。

 婚約だと思っていたら、エマールの王妃に対して、婚約では生ぬるいだろうと言われ、一気に婚儀となってしまった。

 そして、俺は正式に宰相の養子になり、そのまま離れに住み続けている。


 当然だが、既成事実を作ってしまえとせかされ、メイド長の指導の元、俺たちは体を重ねた。


 そんな慌ただしい状況の中、俺はエマールに向けて出発した。

 スケさんとカクさんの他、商業ギルドから2人同行している。


「あっ、ちょっと止めて。ホバホバの木があるから、オイルをとらせてもらう。」


 ホバホバの木からとれるオイルは根に貯えられている。

 ミキシングで、掘り起こさずにオイル成分だけを抽出できる俺は、これまでの経験から半分程度オイルを抜いても枯れることはないと分かっている。

 ホバホバオイルは、肌の保湿効果が高いため、いくらあっても使い道はあるのだ。


「俺たちが子供の頃は、このラードみたいな油は毒じゃないかって怖かったんですけどね。」


「今じゃ、王都の周りに植樹しようってくらい人気なんだから、世の中分かりませんよね。」


 俺たちはこんなふうに寄り道しながらエマールの王都を目指した。

 季節は秋になっており、ドッグローズの群生からオイルをとる事もできた。

 国内ではドッグローズの種を集めており、来年は浴場敷地内や城での栽培だけでなく、町の外にも畑を作って栽培する予定なのだ。

 従って、手持ちのオイルはないのだが、本によれば美白効果に優れたオイルらしい。

 シャイも王妃も、美白と聞いて目を輝かせていたので、この土産は喜ぶだろう。


 そして、10月終わりに俺たちはエマール王都に到着した。



【あとがき】

 ライボの普及開始です。

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