スライム人

第1話 金色のスライム

「ヨクサ、スライムのエサを忘れるなよ。」


「分かってるよ、父さん。」


「スライムは貴重な食料だが、エサの配合を間違えると簡単に毒性を帯びてしまうからな。」


「それって、本当なのか?俺は、毒を持ったスライムなんて見たことねえぞ。」


「町の外に行けば分かるさ。」


 俺の名前はヨクサ。

 今年12才になる、スライム農家の2男だ。

 髪は茶色で、身長は120cmと少し小さい。

 瞳は母さん譲りの茶色だ。

 貴族みたいに家名とかないから、単にヨクサと呼ばれている。

 ここは、セバーノ王国の辺境領サバクという町で、オヤジはスライム牧場を営んでいる。


 スライムが食料になると分かったのは30年前の事で、スライム研究家のトゴー博士が発見したらしい。

 

 本来、野生のスライムは強アルカリの腐食毒を体内に持っており、それが紫色の一般的なスライムだとオヤジから教わっている。

 ところが、33年前にトゴー博士が発見した谷のスライムは、透き通る水色で毒性がなかった。

 そして、通常はアメーバ状のスライムだが、この谷のスライムには弾力があり、団子状になっている事もあって、当初は別種のスライムだと思われていた。

 しかし、エサを変える事で、まったく同じスライムである事が確認された。

 

 ここから研究が始まり、ガザリ草という草だけを食べたスライムは、毒性を持たない事が発見された。

 まあ、毒性がないからと言って、これを最初に食べた博士には驚くばかりだが……


 スライムは分裂して増えていくが、ともかくガザリ草だけを食べさせるように注意が必要だった。

 そのため、うちの牧場でも、清潔で十分に広い小屋を用意している。

 外に出したりしたら、他のエサを食べてしまうからだ。


「エサだぞ~!」


 俺が声をかけながら小屋に入っていくと、数十匹のスライムが飛び跳ねながら集まってくる。

 普通のスライムは、地面を這ってくるらしいので、これも養殖スライムの特徴だと聞いた。


 飛び跳ねながら餌箱に群がるスライムたち……その影に隠れるようにして、違う色のスライムを見つけた。

 普通の食用スライムは30cm程の大きさだが、折り重なるスライムの下にチラチラ見えたのは10cm程の金色のスライムだった。


 ここで、俺は人生で最大の失敗を冒してしまった。

 形状や色の違ったスライムが現れた場合、迅速に処理しなくてはいけない。

 汚染が他のスライムに広がってしまったら、全てのスライムを処理しなくてはいけない。

 だから、直接右手で掴んでしまったのだ。

 異形となったスライムは、多くの場合毒を帯びるため、常備してあるゴム手袋で処理するのだ。


 金色のスライムに指が触れた瞬間、金色のスライムは光を発し、俺の体の中に何かが入ってきた。

 それとは逆に、頭から何かを引き出される感覚。

 俺の視界は白く染まった。


 次に意識したのは、自分がしゃがんで、地面に手をついた状態だった。

 スライムに触れた直後の中腰の視界が、しゃがんだ視界に切り替わったという事は、俺の意識が途切れた事を意味している。

 餌箱の状態を見れば、それほど長い時間ではなかったと思う。


 それから、さっき見た金色のスライムを探したが、どれだけ探しても見つからない。

 仕方なく、オヤジに報告し、一緒になって探したが、金色のスライムなんて見つからず、他のスライムに異常は見られない。


 結局、俺が夢でも見たのだろうという事で終わってしまった。

 そして、その夜の事だった。


『……きろ……』


「……」


『オ・キ・ロ!』


「えっ?」


『やっと通じたか。』


「なにが?」


『俺とお前の会話しかねえだろ!』


「ど、どこにいるんだよ?」


 俺は布団の上に起き上がって、周囲を確認した。

 窓から差し込む月明りで、青く染まった部屋の中には誰もいなかった。


『ふざけんな!自分で吸収しやがったくせに!』


「吸収?」


『とぼけんなよ!お前のスキルに”吸収”があるだろうが!』


「マジ分かんねえよ。誰だお前!」


『くっ、まさか暴発だってえのかよ?』


「暴発って何だ?」


『昼間の事を思い出してみろ。』


「昼間?」


『お前が俺を見つけた時の事だ!』


「見つけた…………っ!お前、まさか!」


『ああ。お前の記憶と、俺の記憶をあわせて考えると、俺はその金色のスライムって事になる。』


「スライムが何で話せるんだよ!」


『簡単な事だ。俺はお前の知識を共有してるからな。というか、俺は産まれてから5秒くらいしかスライムやってねえんだよ。そんな、産まれたばっかの俺を……お前は……』


「な、なんか悪い……。そ、それでお前はどこにいるんだよ!」


『聞いて驚くなよ。』


「あ、ああ。」


『俺はお前に”吸収”された。』


「吸収……」


『その時に、俺のスキル”融合”発動したみてえだ。』


「融合?」


『俺の知識は、お前の知識でもあるんだが、俺には自分の能力を見極める力があるみてえなんだ。』


「うっ、そう言われると俺にも何か分かってきたぞ……」


『共有の状態だからな。お前の”吸収”と、俺の”融合”が相互作用して、”俺”という存在がお前の中に残っちまった……そんな感じだろうな。』


「だろうなって……」


『しょうがねえだろ。そうとでも考えねえと、説明がつかねえんだよ。』


「じゃあ、俺の体の中にお前がいる……って、どうすんだよこれ!」


『お前が寝てる間に色々やってみたが、脱出はできねえみたいだ。』


「……この状態で生きてくのかよ……」


『まあ、俺にしてみればスライムとしての自覚はなかったんだから、最初からこの状態で生まれたみてえなもんだ。』


「受け入れてんのかよ。」


『貧弱な体だが、まあ、訓練すりゃあ何とかなるだろう。』


「大きなお世話だ!」


『そんなわけで、俺の事は”キング”と呼べ。よろしくな、兄弟。』


「いきなり王様かよ。」


『この身体には、俺の持っていた特性がそなわっているからな。うまく使えば人間の王にだってなれるだろ。』


「……毒が無効で、身体はゴミみてえに伸ばせるのか……」


『魔法耐性もあるし、お前の吸収を使えば、魔物の特性を追加する事もできるみてえだからな。』


「筋肉は、負荷をかけてやれば走ったりしなくてもいいんだな。」


『ああ、だから体の特性を使った技を磨いて、習熟度をあげてやれば面白いだろうな。』



 その日から、生活は一変した。

 筋肉には常時支障にならない程度の負荷がかかっており、指の先を伸ばして遠くのものを掴んだりして技を磨いていく。

 身の回りにいる虫や鳥、小動物を次々と吸収して、能力を拡張していく。


 視力・嗅覚・聴力も筋力と一緒に人間のレベルを超えていった。

 暗視も効くようになったし、コウモリから得たエコーロケーションも効果的だ。

 毎日の仕事を効率的に行った事で、時間的にも余裕が出てきたので、俺は塀を飛び越えて町の外へ出かけろようになった。

 もちろん、顔や身長を変えて大人に見えるようにしている。


 町の外は刺激がいっぱいだった。

 生き物の種類も桁違いで、ウサギやキツネなどの獲物もいる。

 最初の1匹は吸収して能力をいただくのだが、2匹目以降は生け捕りにして麻縄で縛り、麻袋に詰め込んで肉屋に持っていく。


 こうして、小金を稼いだ俺は、憧れの冒険者ギルドを訪れた。

 銀貨1枚あれば冒険者登録ができ、冒険者証があれば正々堂々と門から出入りできるのだ。


 冒険者ヨクサとなった俺は、これまで以上に町の外に出かけるようになった。

 もう、顔を変える必要はない。


 遠出するようになって、スライムやゴブリンなどとも遭遇するようになった。

 

「うげっ、何だこの臭さは……」


『おえっ、もう二度とゴブリンなんて吸収すんじゃねえぞ!』


 依頼にも、ゴブリンは多いのだが、くさいし部位もとれない。

 ゴブリン討伐は人気がないのだった。



【あとがき】

 新短編スタートです 

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