第7話 国からの脱出
結果的に、ウォールβは魔法でも物理攻撃でも傷一つ付く事はなかった。
「凄いではないか!スカラ、これは手柄だぞ!」
「恐縮でございます。」
「シュリとやら、至急これを増産しろ。できただけ買い取ってやる!」
「スタンピード対策なら、国全体で5台もあれば十分でしょ。そこまでの数は不要と存じます。」
「バカを言うな。こいつがあれば、どんな兵器だろうと無効化できる。我が国王は、世界の王となるのだ!」
「さすがは兄上。この有用性がご理解いただけたようですな。」
「お断りいたします。」
私は、ゆっくりと口にした。
「なにぃ!」
「私は兵器など、作りたくはありません。」
「青臭い事を……」
「思い出しました。300年戦争も、この国の仕掛けた侵略から始まったんですよね。」
「それがどうした。そのおかげで、お前たちは今の暮らしができるのだぞ。」
「得たものは一部の人間の繁栄。失ったものの方が遥かに大きいという事が、あなた達には理解できてない。」
「小娘にはこの壮大な理念が理解できぬのであろう。まあよい。その魔道具さえあれば、いくらでも量産できる。」
「いいえ、あなた方にこれは渡しません。」
私はウォールβを作動停止して、リュックにしまった。
「俺に逆らうという事は、国への反逆行為だぞ。」
「それならば、私は国を出ます。」
「逃がすと思うか?」
総司令は腰のホルスターからピストルを抜いた。
だが、イヴの動きの方が早かった。
総司令の右腕に手刀を叩きこみ、そのまま腹を殴って総司令を悶絶させた。
騒然とする場内を、私はイヴに抱かれて後にした。
身体強化したイヴとライラの速度に敵う者など、軍隊だろうが存在しないだろう。
家に帰った私たちは、自律型移動魔道具”アリさんγ”に必要なものを詰め込み、家を後にした。
アリさんγは、10本足の昆虫型移動具だ。
町の中はともかく、町の外はまだ道がデコボコしている。
高速で安定した移動を実現するには、車輪よりも足の方が適している。
黒い昆虫型ボディーに10本のアリのような足をもったコレは、幅約2m、長さ約6mで、荷台は拡充できる構造にしてある。
行動や思考はイヴと同じものを使っているため、簡単な指示を出すだけだ。
アリさんは1から開発した訳ではない。
基盤の半分以上は作ってあったし、ボディのパーツも8割完成していた。
私はそれをくみ上げ、基盤を完成させただけだ。
「アリさん、西へ向かって最大速度で移動。」
「はい、シュリさま。」
アリさんの試験はしていないが、大きな揺れや音もなく、町を出た。
アリさんの足には、圧縮空気の足場を発生させる機能もつけてあるため、最短距離で街壁を超え走る。
理論的には時速100kmの速度まで可能だと書いてあった。
「これから、どうするんですか?」
「そうね、とりあえずは拠点を作って、そこを広げていずれは独立国を立ち上げましょう。」
「人は?」
「奴隷を連れてくるのよ。特にライラ達の同胞ね。」
「イスパラル人を?」
「多分、獣人でいっぱいになるかもね。」
「じゃあ、マジックドールもいっぱい必要だね。」
「そうね。とりあえずはイヴのような人型を4人と、土木作業用のドールね。」
「うん、私も頑張る!」
私たちの住んでいたトリオの街から西に100km行ったところに、サリオという街がある。
そこはジャパ国の領地なのだが、その中間から北に向けて山脈が広がっている。
その山脈の北側はゾーラシアという国になっており、この山脈は緩衝地帯でもあった。
山脈の中ほどに、小さな湖をかかえた盆地を発見した。
「いいんじゃない、ここ。」
「空気も澄んでいるし、草原があるって事は、作物も育てられるって事よね。」
「お花もいっぱい咲いてます。」
「じゃ、ここにしましょうか。」
圧縮空気で床を嵩上げした家を造り、そこで生活を整えつつ、ウォールβを2台とイヴの後続機となる男性型のアダムを作った。
この盆地の外周には、既に高さ10mの岩模様の擁壁を巡らせてあるため、外敵による侵入は防げると思う。
私たちはアダムに留守を任せ、アリさんに乗ってゾーラシアを目指した。
最初にゾーラシアの魔道具ギルドを訪ねる。
「ジャパ国で魔道具師をしていたシュリと申します。」
魔道具ギルドの受付嬢にギルド証を提示する。
「Bランクの魔道具師様なんですね!」
「あははっ、まだ先日昇格したばかりですけどね。」
「とんでもないです。Bランク以上は、世界各国で共通の処遇を受けられますから、憧れの領域ですわ。」
「可能ならば、ギルド長にお目にかかりたいのですが。」
「はい、すぐにお取次ぎいたします。」
私たちはすぐに応接室に通され、ギルド長と簡単に挨拶をした。
「まさか、天才エア・マジシャンのシュリさんが、こんなにお若い方だとは思いませんでしたわ。」
「や、やめてください、そんなに大したモノじゃありません。」
「エア・ステップや、エア・テントは、うちのギルドでも販売権を取得して商品化してます。久々の大ヒット商品なんですよ。」
「それで、実はスタンピードの兆候があるという事で、冒険者ギルド長から、対策の構築を頼まれまして……」
「スタンピードの兆候は私も聞いています。冒険者ギルドからの要望も同じ流れですわ。ここは、冒険者ギルド長も一緒に聞いた方がよさそうね。」
スタッフに声がかかり、冒険者ギルド長という、40代くらいの逞しいオジさんがやってきた。
ギルド長2人を前に、ジャバ国での出来事を正直に打ち明ける。
「なるほど。エア・テントの要領で、厚さ5mの壁かよ。」
話しはあっという間にすすみ、私は宰相と防衛軍総隊長の前で、高さ5m、幅300mの壁を出現させた。
石壁に見えるよう、色はグレーにしてある。
「確かに、こんなもので街を囲われたら、降伏するしかないですね。」
「補給を断たれたうえに、外側の情報も遮断される。そして、10mの高さから、一方的に攻撃されたら……」
「情報提供と、国を逃げ出したあなたの英断に感謝します。」
私は用意してきた2台のウォールβを防衛軍総隊長に手渡した。
その代わりに、宰相直筆の”特別待遇国賓”という書付をもらった。
これで、ゾーラシアでの行動がフリーになっただけでなく、政府御用達の店でも買い付けが可能となった。
ちなみに、ウォールβの対価として、金貨500枚をもらった。
この国では、ジャバ国の金貨も使えるらしい。
アリさんを町に連れてきたら、馬がパニックを起こしてしまったので、弾力性のあるライトグリーンの塗料を塗ったら、混乱を治める事ができた。
私たちは、アダムの服や塗料、チタン鉱石などを買いあさって山に帰った。
もちろん、野菜や小麦粉、種等も大量に買ってある。
こうして私たちは山に籠ってマジックドール等を増やし、力をつけていった。
半年過ぎる頃には、野菜も収穫できるようになり、ヤギやイノシシなどの家畜も増えていった。
マジックドールは30体に増え、アリさんも5号になっている。
武器も、ライフル銃を真似たマギ・シューターも装備したし、ゾーラシアの技術を取り入れた魔道具も開発した。
半年ぶりの町は眩しかったが、この町には活気があった。
【あとがき】
ふう、一区切り……
スライム技師第1部完了です
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