第5話 冒険者ギルド長

「な、何で効かねえ!」


「残念だったな。あたしはシュリ様のメイドだ。もう奴隷じゃない。」


「何を言ってる……」


「そんな事よりも、あなた方は奴隷商の関係者ですね。これは、苦情を言わないといけませんね。」


「仕方ねえ、おい、そっちの二人を押さえろ!」


「分かった……ぐっ、なんだ、近づけねえ!」


「うふふっ、ギルドの新商品、トーチカ(要塞)ですわ。よろしかったらご購入くださいね。」


「ふ、ふざけるな!」


 叫んだ男に、ライラが高速で近づいて腹にパンチを撃ち込んで倒した。

 もう一人の男は、それを見て戦意を無くした。


 荷物を私とレノアが手分けして抱え、気絶した男をライラが担いで公安の詰め所に行く。

 公安は町の治安維持を目的に設置された政府の機関だ。

 所定の手続きを行って男二人を引き渡す。


 そして、家に帰って食事を済ませ、片付けをライラに任せてレノアと地下室に降りる。

 日記はとっくに解読が終わり、私たちは主に魔法具の事が書かれた本を読んでいる。


「シュリさま、ここマジックドールの起動と休止について書いてあります。」


「えっ、ホント!こっちには、マスター登録の方法が出てたわ。」


 それでも、慎重に進めるため、私たちはマジックドールについて書かれた2冊を読み込んでから起動し、マスター登録を行った。

 驚くべき事に、このマジックドールには、音声認識や発声機能もあり、自己判断が可能な自律型人形である事が分かっている。


『あなたの名前は?』


『はい、マスター、私の名前はイヴと言います。』


 当然だが、イヴの知っている言葉は、イスパラル語だ。

 それでも、イヴは3日でこの国の言葉であるライム語を覚えた。

 

 イヴは身長170cmと高い。

 私はイヴに弾力のある塗料を塗り、人間の肌に近い感じに仕上げた。

 当然、胸もふくらませてある。

 そして、イヴのサイズにあわせて、メイド服一式を購入した。

 ウィッグは水色だ。

 外出時には、表情を見られないように、フード付きのワインレッドのマントも用意した。


「これで、買い物とかもいけるかな。」


「当面は私が同行しますよ。」


「何かあった時のために身分証が欲しいわね。」


「身分証なんて、私たちも持っていませんけど……」


「そうだっけ、ごめんね。じゃ、三人とも冒険者登録しちゃおうか。」


「冒険者ですか?」


「そうよ。冒険者証を発行してもらえるから、それを携行すれば身分証として使えるわよ。町の門も出入りできるしね。」



 イヴの身支度を整えて私たちは4人で冒険者ギルドへ行き、新規登録を頼んだ。


「ああ、もう。何で先月来てくれなかったんですか!」


「いいじゃない。アイさんの実績にはなるんでしょ。」


「まあ、そうですけど。」


「じゃ、3人の登録をお願いします。」


「承知しました。あっ、そうだ。ギルマスからシュリさんを呼んできて欲しいって頼まれてたんだ。」


「ギルマスですか?何の用だろう。」


 ライラとイヴは字が書けないのだが、レノアがいるから問題ない。

 3人の手続きはアイさんに任せて、私は男の人に案内されてギルマスの部屋を訪れた。


「失礼いたします。魔道具ギルドのシュリ嬢においでいただきました。」


「ああ、お休みのところすまないね。どうぞ、そちらにかけてください。」


 冒険者ギルドは、魔道具ギルドと違って休みがない。

 むしろ、勤め人が休日に冒険者活動をする事も多いため、休日は逆に賑わっているのだ。

 だから、交代で休みをとるらしいし、受付は24時間体勢なため、3交代で対応しているらしい。

 平日でも自由に過ごしている私からすれば、とても苛酷な職場だと思う。


 ギルド長(通称ギルマス)は、60才くらいの背の低いお爺ちゃんだった。

 頭は禿げており、作務衣のような服を着ている。


「ギルド長のスカラ・ジャパニールです。」


「あっ、シュリ・マジェスタです。」


 そこへ、女性の職員がお茶を持ってきてくれた。

 流行りの香り付けした紅茶だった。


「いい香りですね。」


「王室で使われているものだよ。兄上が送ってくるから、仕方なく飲んでいるんだ。」


「えっ?……スカラ・ジャパニール……様って。」


「知らなかったのかい。エンリケ・ジャパニール、現国王は俺の兄になる。」


「ええーっ!し、失礼しました!」


 私はソファーから飛び降りて、その場で土下座した。

 貴族のマナーなんて知らない私には、土下座しか選択肢がなかった。


「あははっ、聞いていたとおり、君は面白いね。」


「……滅相もございません。」


「まあ、座ってくれ。」


「……」


「座れ。」


「は、はひぃ……」


「代々、国軍の総司令と、冒険者ギルドのギルド長は、王族の身内が務めているんだ。この意味が分かるかい?」


「……兵力の掌握……ですか。」


「そういう事だ。有事には、俺たち王族が盾となる。」


「……」


「本当の事だ。有事には俺も最前線で戦う。」


「……死んでしまったら……」


「大丈夫だ。後を継げるAランクの王族冒険者が何人か育っている。」


「……」


「それでだ、最近、国内の魔物が増えていると報告がある。」


「魔物が?」


「スタンピード(魔物暴走)の前兆かもしれん。」


「ス、スタンピード……」


 スタンピード。

 記録が残っているのは205年前で、その時には推定100万の魔物が集結し、大陸の半分が巻き込まれた。

 突如として迷宮から魔物が溢れだし、それが合流して大群となっていく。

 205年前の時は、12の町が巻き込まれ、二つの国が消滅した。

 首都となる町を完全に破壊され、王族が全滅した国は復興できなかったのだ。


 しかも、暴走状態の魔物は、家畜も野菜も果実さえも食い荒らし、世界的な食糧不足を引き起こした。

 被害のなかった国は、食料を抱え込み、植えた国は戦争を引き起こす。

 300年戦争の引き金となったのも、スタンピードだと言われている。

 

「シュリよ。」


「は、はい。」


「至急、スタンピードを想定した、圧縮空気の防壁を開発してくれ。」


「ぼ、防壁ですか。」


「そうだ。例えば、高さ5m、厚さ5mの圧縮空気の壁だ。」


「例えば、町全体を覆う圧縮空気のドームとか?」


「それも効果が期待できるな!お前の発想で、使えそうなものを作ってくれ。これは、王族からの依頼だと思ってくれ。あっちのギルド長には俺から連絡しておく。」


「はい……」


「出来上がったものは、お前の言い値で買い取ろう。」


「仮に……、世に公表できない技術があったとしたら……どうなさいますか?」


「……そんなものが……存在するのだな?」


「……」


「……そうだな、少し待て。」


 ギルド長は席に戻って、何か書いて持ってきた。


 紙には、スカラ・ジャパニールの名において、シュリ・マジェスタに関する全ての知識・技術・財産を保護する。と書かれていた。


「言っておくが、俺の保護ってのは、そこいらの大臣クラスの指示よりも重いんだぜ。」


「……まさか、そんな……」


「これが、俺のお前への期待だと思ってくれ。」


「もったいないお言葉でございます。」


 私は、ギルド長かた受け取った紙を胸に抱きしめた。

 

 これだけ期待されたら、やるしかないでしょ。



【あとがき】

 5話まで来てしまったが、終わりが見えない……

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