第4話 奴隷解放

「ネコは意外と人気がありますから、どうしてもお高くなってしまいますが、野良ではなくブリーダーの元で教育された1匹でございます。」


「家事のスキルはどうなんですか?」


「料理と掃除がBランクで、洗濯と裁縫と礼儀作法がDランクですね。」


「価格は?」


「金貨120枚です。」


「た、高いです!」


「ここまで育てる手間と、施した教育を反映すると、どうしてもこれくらいには。」


「金貨30枚なら買います。」


「ご冗談を。それでは足がでてしまいますよ。まあ、ギルド長の紹介という事ですから……」


 金貨30枚というのは、一般的な奴隷の相場らしい。

 価格交渉で、半分までは最低でも値切れると言われてきたが、金貨50枚まで下げる事ができた。


 奴隷には隷属文が入れ墨で刻まれており、現金と引き換えにその呪文が書かれた紙を受け取った。


 奴隷少女の名前はライラといった。

 途中でライラの着替えと総菜を買って帰宅した。

 当然だが、メイド服だ。



「さてと、私の名前はシュリ。魔道具ギルドの職員よ。」


「シュリ……さま。」


「さまは付けなくていいんだけど、人目もあるから我慢してちょうだいね。」


「えっ?」


「この家に住んでるのは私だけよ。だから、奴隷じゃなく普通に接して欲しいんだけど、人前では奴隷として扱わないといけないからね。」


「何で?奴隷は奴隷……でしょ。」


「うん、確かに私の身の回りの事はお願いしたいけど、それはあくまでも仕事としてやってほしいのよ。お給料も払うわ。」


「仕事?」


「そう、仕事よ。住み込みのメイドさんを雇うと、相場で年に金貨1枚。ライラには、お給料として金貨2枚払うわ。」


「なんで?」


「説明は難しいけど、私はイスパラル人のライラをメイドとして雇いたいの。」


「イスパラル人?」


「そうよ。奴隷ではない、イスパラル人のライラよ。」


「シュリさまは、金持ちなのか?」


「まあ、それなりにお金は持ってるわね。」


「頼みがある……ます。」


 ライラの頼みというのは、同じ奴隷商にいる妹を買ってほしいというものだった。

 私とライラはそのまま奴隷商に引き返して、ライラの妹レノアを同じ金額で買った。

 家に戻る途中で、小さめのメイド服と、大量の食材を購入した。

 何しろ、今日から3人分の必要になるからだ。


 家に着くなり、ライラとレノアは声をあげて泣き出した。

 まあ、この家は圧縮空気の壁で覆われているから、音が漏れる事はない。

 好きなだけ泣けばいい。


 泣き止んだ二人を連れて、私たちは地下室に降りた。


「この地下室の事は誰にも言わないでね。」


「何ですか、ここ。」


「1000年前の、イスパラル人の工房ね。」


「えっ!」


 妹のレノアは興味を示したが、ライラの反応はいまいちだった。

 ライラは体育会系で、レノアは文系。

 イメージそのままだ。

 同じ赤毛なのに、癖っ毛ショートの姉と、セミロングストレートの妹。

 体格も、マッスルタイプの姉に対して、スレンダーな妹。

 身長は、私より10cm背の高い姉と、私より15cm低い妹。

 まあ、150cmの私も小さいほうなのだが、レノアは10才という年齢のせいかもしれない。


 私は2人に身体強化の腕輪と、エアーシールドの籠手とエアーシューズを装備してもらった。

 これならば、買い物に出てトラブルに見舞われても大丈夫だと思う。

 そもそもが、ネコ系獣人である二人は、身体能力が高いのだ。


 3人の暮らしは快適だった。

 パン作りの得意なレノアと、麺作りの得意なライラ。

 肉料理の得意なライラと、魚料理の得意なレノア。

 そしてレノアは、驚くべき速さで、イスパラル語をマスターしていった。

 1か月過ぎる頃には、比較表なしで読み書きできる程度に。


 そんな平穏な日々が続いていたのだが、ライラから驚くべき話しを聞かされた。


「今日、一人で買い物に出たのですが、途中で男二人に襲われました。」


「襲われたって……」


「突然立ちふさがって、隷属の呪文を使ってきました。」


「えっ!」


「一番弱い電撃の呪文だったので、身体強化を起動して屋根まで飛び上がって逃れたんですが……」


「それって、奴隷商の一味って事だよね。」


「ブリーダーの可能性もありますし、教育係も知ってます。」


「特定はできないのね。どうしたらいいんだろう。」


「私たちは奴隷として作られたんだから、どうしようもないわ。」


「あれっ、ちょっと入れ墨のところ見せて。」


「どうぞ。」


「……これって、色をつけた溶解液みたい……それなら……」


「切り取っちゃう?」


「首だもん、そんな危ない事できないわよ。……もしかして」


 私が思いついたのは、溶解液に含まれる魔石の魔力を使い切ってしまおうというものだ。

 この家の地下室で見た、魔力を使い切った魔石を見ていたから思いついたのだ。

 そうなってくると、道具は首の入れ墨の上に巻くチョーカーで、発動する魔法をどうするか。


 紙に魔法式を書いていく。

 魔力供給元などの初期設定の式に続けて、身体強化の魔法式を書き込み、その次には物理シールドと魔法シールドを追加する。

 この魔力供給元を指定する魔法式は、地下室の本を参考にしたものだ。


「うん。これを1分ごとに発動するようにしたから、これでどれくらいで魔力を使い切るかですね。」


「でも、そんな事をしたら、奴隷としての縛りが……」


「最初に言ったでしょ。私はイスパラル人のメイドを雇っただけよ。そりゃあ、勝手に出ていかれたら困るけど。」


「あっ……」


 入れ墨の魔力は10日で尽きた。

 心なしか、入れ墨が薄くなった気もする。


「じゃあ、一番弱い電撃から行きます。”ゾリドン274”」


「だ、大丈夫です。」


 当然だが、ライラとレノアの隷属呪文は違う。

 レノアの呪文も試したが発動しなかった。

 順に強い呪文を試したが結果は同じだった。


「ふう。これで、二人の奴隷契約は実質無効ね。」


「まさか……そんな事が……」


「シュリさま、ありがとう!」


 泣いて佇むライラと違い、レノアは私に抱きついてきた。

 これからは、対等な人間関係を築いていこう。

 私も嬉しくなって泣いてしまった。


 この10日間は、ギルドの帰りに私が買い物をしていた。

 そのため、小麦粉のストックなどは底をついていた。

 久しぶりに3人で買い物に出かけ、粉物や乾物類を大量に買い込んできた。


 帰り道に、黒服の男2人が現れた。


「ライラだな。」


「お、お前たちは……」


「ご主人さまに怪我をさせたくなかったら、おとなしくついてこい。」


「失礼ですが、どちらさまでしょうか?」


「お前には関係ない。おとなしくしていれば危害は加えない。」


「ですが、ライラは私の奴隷ですわ。勝手に連れていかれては困ります。」


「残念だが、そこは諦めてもらうしかねえな。」


 私はレノアに目配せして新しく作った個人シールドを起動した。

 これは、圧縮空気で身体を覆うもので、本来は魔物討伐用に開発したものだ。

 当然だが魔道具として出願中だ。


「ライラ、その男たちは誘拐犯と判断します。公安に突き出しますので捕えなさい。」


「承知いたしました。」


 ライラは持っていた荷物を地面に置いて、身体強化を発動した。


「クックックッ。そいつは、残念だったな。くらえ”ゾリドン274”!」


「なんだ?そのふざけた呪文は。」


「変ですわね。お店と私しか知らないはずの呪文を、何であなたたちがご存じなのかしら。」



【あとがき】

 痛み止めの薬が効かないので、寝るときにはジクロフェナクという座薬を使っています。

 

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