脳内会議

透き通る声は消え、規則的に鳴り響く電子音で目を覚ます。

酷いくまのついた顔を水で流しリビングに入ると

《おはようございます。今日は9月9日金曜日、天気は晴れのち曇り、降水確率は午前午後共に20%です。》

いつもの無機質な声が部屋に響く。

コーヒーメーカーのスイッチを押し椅子に腰掛けると不意に携帯が震える。

アラームを消し忘れていたようだ。アラームを消すと画面に表示される自身の最悪な睡眠の質フラグ。

「…はぁ…」

これには流石にため息も吐きたくなる。気が付かなかった。こんなにも自分の周りには機械と人工知能が溢れているなんて。

《睡眠の質の低下を確認致しました。睡眠導入曲を_》

「黙れ」

再び流れ出した機械音に感情をぶつけ、頭を抱えて天を仰ぐ。瞼を閉じれば愛おしい彼女が僕に微笑みかける。あのよく話す人工知能は彼女が可愛いからと買ってきた。僕は彼女のいう可愛いという意味をよく理解出来なかったが、彼女が嬉しそうに笑うだけで僕も嬉しかった。

「…。」

僕のたった一言で話さなくなった人工知能。

どこが可愛いのか。

どこに人間味を感じるのか。

僕は人工知能を横目に家を出た。


2日前の9月7日の夕方頃、彼女は亡くなった。

彼女の大好きなアンドロイドの腕の中で。

冷たく音の響く廊下が泥沼のように歩き辛く感じる。

すれ違う研究員の声と顔が上手く認識出来ない。

僕は今、道を外さず歩けているのだろうか?

冷たい廊下の突き当たり、研究所の一室に足を踏み入れるとそこにはもう2人が揃っていた。

「遅くなり申し訳ございません。」

そう言って冷たい椅子に腰掛けると屈強な男が姿勢を正す。

「いえいえ、先生はお忙しいですから。」

「……私も今来たところですので、」

その向かいには屈強な男を冷たい視線で見た細身の男。

屈強な男は警察官の山本さん。細身の男は東京大学の望月さん。

「…では、何のお話でしょうか。」

硬いパイプ椅子に深く腰掛け浅いため息を漏らす。

「何って…!あなたは何とも思わないんですか!?」

望月さんは身を乗り出して怒りを露わにする。

「思わないわけがないでしょう。この世でたった一人の愛する人を失ったんですから。まさか結婚式の日に葬儀をあげるなんて思っていませんでしたよ。」

そう言うと望月さんは苦虫を噛んだような顔で椅子に座った。

「…この度は後藤さんにご不幸があったことに際し、心からお悔やみ申し上げます。こんなお忙しい時にお時間を割いて…、本当に感謝しております。

我々としても真相解明のために全力を尽くしたいのですが…」

静かになる部屋。

廊下からは遠くから響く研究員たちの会話が聞こえるくらいの静寂に包まれた。

「お二人の目的は同じですよね、理由は別として。

だから婚約者を無くしもぬけの殻同然の私をどうにか説き伏せて自分の目的を果たしたいんですよね。」

眉間によるしわを指で直し頭を抱える。

今でも彼女が人を責めるような言い回しはやめるように怒っている声が聞こえる。

「先生に対して大変失礼極まりないことは100も承知です。ですが今は真相解明が後藤さんの為になるとは思いませんか?」

山本さんがおずおずと口を開くと

「私はただ、彼女が傷つくのが我慢ならないんです…」

慌てて口を開いた望月のその言葉に乾いた笑いが洩れた。

「彼女?随分親しげなんですね。あぁ、同じ職場でアレの面倒を見てましたもんね。」

そう言うと彼は何か言いたそうに再び俯いた。

「山本さん、アレはあくまでも僕と恵梨香の最初で最後の所産なんです。

そう簡単に僕のいない所でどうこうできるものではありません。」

再び訪れた沈黙に溜息を飲み込んで顔をあげる。

「…改めて確認したいのでお二人の目的とそれに対して何をしてほしいのか、

そして僕が得られるものは何なのか教えてくれませんか?」

そう言うと山本さんは一つ咳ばらいをして話しだした。








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