1話.黒と赤
1-1.始まり(オメガ)の日
むかーしむかし、あるところに。
なんの力もない男の子とお姫様がいました。
彼はお姫様に向かって、無邪気に言いました。
「ぼくがきみのナイトになってあげる!」
お姫様はその言葉にとても喜んで、輝くような笑顔で答えました。
「きっとずっと、わたしをまもってね!」
そう、約束を交わした二人は、これから続く未来に何の疑いも持っていませんでした。
しかし、二人はまだ何も知らなかったのでした。
お姫様が攫われた日。
男の子は、ただその場に立ち尽くすしかできませんでした。
彼の目の前に広がっていたのは、薄暗い部屋と、すべてを真っ赤に染めた血の海。
男の子はお姫様を助けられず、ただその姿を見つめるしかなくて。
無力な自分を呪うこともできず、ただその光景に飲まれていきました。
彼女は真っ赤に血を浴びながら、なぜか笑っていました。
その笑みは、まるでこの全てが予定されていたかのように、冷たく、不気味で……恐ろしいものに見えました。
「つぎはちゃんと、やくそくをまもってね?」
彼女の言葉は、無力な男の子の胸に深く突き刺さり、冷たい鉛のように沈んでいきました。
男の子はお姫様を守れませんでした。
彼は勇者でもナイトでもなんでもなかったのです。
あの日、無力さという重い現実が、その心に深く刻み込まれました。
彼女が目の前で奪われ、彼はその時、初めて気づいたのです。
『守る』という言葉が、どれほど重く、そして痛ましいものかを。
それでも、彼は誓いました。
「つぎは、ちゃんとまもるよ」
その言葉は、彼の心に深く刻まれた最後であり、最初の「契約」でした。
しかし、それがどれほどの代償を伴うものか、彼はまだ知らなかった。
その誓いは、彼の運命そのものとなり、逃れることのできない鎖として彼を縛り続けることになり、そして、いつの日か。その誓いの重みが彼を再び引き戻すことになるのです。
そうして、俺は息を止めた。
それはいつかの、もう遠い過去の話だ。
だが、もう二度と間違えるわけにはいかない。
***
「だから……。まだ、終われないんだよ……! 待ちやがれコウモリ野郎……!!」
俺は地面に這いつくばったまま、血まみれの拳に力を込めた。
普段の学校の風景なんかじゃない。空は真っ赤に染まり、地面には俺の血と魔獣の息が渦巻く。身体中が痛みに悲鳴を上げているが、それでも立ち上がらなきゃいけないんだ。
目の前の魔獣が足を止め、冷たく振り返った。人間とコウモリを混ぜ合わせたようなグロテスクな顔。そいつの目が俺をじっと見据える。まるで、「次はない」と言わんばかりに。その不気味な瞳に、俺は負けじと睨み返した。胸の奥で、何かが熱く燃え上がる。
『――今度こそ』
脳裏に浮かぶ、優しい声。あの声だ。耳に付いて離れない、あの時の声……。俺はこの声を忘れたことはない。そして、あの日の後悔を繰り返すわけにはいかない。失血で身体はもう限界に近い。それでも、俺は立ち上がった。
コウモリ魔獣が不気味な超音波を放ちながら突進してくる。次の一撃で俺を終わらせるつもりだ。爪を振り上げ、狙うは俺の心臓。
『――□□を守ってね』
その声が、再び脳裏に響いた。涙と一緒に流れたあの日の記憶。
あいつの笑顔と、悲しげな瞳。俺の身体がそれに反応し、動き出す。身体の痛みが消えていくような感覚が広がる。心の奥底から熱がこみ上げ、俺を突き動かしていた。
「あいつには、指ひとつ触れさせない……!!」
俺は叫び、拳を強く握り締めた。次の一撃にすべてを賭ける!
もう後戻りはできない。コウモリ魔獣の爪が目前に迫る。俺の拳もまた、運命を決するべく振り上げられた。
『――君に貸すこの力は、終焉。呼び覚ます言葉は』
瞬間、爪と拳が交差する。全身の血が沸き立ち、
「うおおおおおおおお!!! 『
その時。俺の全身を鋼鉄の鎧が包み込んだ。まるでそれは、鋼の戦鬼。
「最強」のイメージが俺の身体を支配する。それは二度と、誰にも壊されないための力……。
その瞬間、俺は生まれ変わった。
鋼鉄の装甲に包まれた身体は、さっきまでの満身創痍を忘れたように動く。
コウモリの翼腕から放たれた爪撃を、俺は悠然と受け止められる。痛みはもうない。まるで、時間が止まったかのように、魔獣の動きさえスローモーションにすら見える。
思考が加速し、この殺し合いの死の流れが俺には見える。無我夢中で振り抜いた拳が、真っ直ぐに魔獣の腹部へと抉り込んだ。
メキメキと組織が壊れる音が耳に響く。だが、魔獣は吹き飛ばない。拳の衝撃が、そのまま肉に吸い込まれていく。
血と何かの体液が飛び散る中、俺はさらに腕を伸ばし、魔獣の首を狙った。革のような硬い皮膚を裂き、指が魔獣の肉に深く食い込む感触。握りしめた力を解放する。
「今、終わらせてやる」
全身に魔力が溢れ出し、その熱を思いのまま操れる感覚が広がる。まるで初めて呼吸の仕方を思い出したかのような全能感が俺を満たしていく。これは俺に与えられた力だ。俺が手にした「
俺の戦いが、ここから始まった。
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