第3話 砲撃、飛び降り、回復魔法
振り返るとそこには自らを盗賊のミカと称する少女がいた。
背中には身長よりもはるかに大きい大砲を背負っている。
ミカの身長は140cmくらいだろうが、大砲は2m近くある。
彼女の砲撃によって実験室の外の壁が崩壊したらしい。
「おい!アイザック!!その少年の身柄を吾輩に渡すがよい!!」
ミカは威勢良く叫ぶが、その姿は小さく、どこか愛嬌がある。
それに対して、アイザックさんは怯む様子もなくむしろ悪びれながら答える。
「や〜だよ〜、こいつは俺が何回も実験を繰り返して漸く作り上げた最高傑作だぞ!!」
そう言うと、アイザックさんは僕の手を掴んだ。
「え、ちょ待ってくださ…」
途端のことで混乱する僕を無視して、アイザックさんは力強く腕を引っ張り走り出す。
「逃げるぞ!サツキ!ミカの砲撃にあったたら灰になっちまう」
その言葉に恐怖を感じる前に、アイザックさんはスタスタと走り出す。
「待て!逃げるな!!」
背中から聞こえるミカの静止を無視して僕たちは走る。
向かう先は先ほどミカが撃ち抜いた壁の穴である。
嫌な予感がする。
「待って!!本当に待って!!何をしようとしているんですか!!!」
「決まってるだろう!あの穴から飛び降りる!」
胃袋がヒュンと持ちあがる感触がした。
どうやら、アイザックさんはミカに撃ち抜かれた壁の穴から飛び降りようとしているらしい。
冗談じゃない。
彼に手渡された剣をぎゅうと握り、穴に飛び降りようとする彼に叫ぶ。
「無理です!無理です!こんな高さから飛び降りたら死んじゃう!!」
「死なない!!ここは2階だ安心しろ!!」
そういう話じゃない。
2階と言っても高さ10mくらいあるじゃないか。
こんな高さから落ちたら怪我をしてしまうだろう。
そんなことを考えているうちに穴まであと数メートルのところに来てしまった。
「くぅ、仕方あるまい。」
聞こえてきたのはミカの声だ。
「お前らもろとも撃ち抜いてくれる!!」
そう言うとミカは僕たちに向かって大砲の銃口を向けた。
「飛ぶぞ!!サツキ!!」
アイザックさんがそう叫んだ瞬間背中が浮いた。
「えっ、ちょっと待ってくださ…」
僕の講義を無視して、彼は僕を肩に担ぎ上げた。
まるで袋か何かを持つかのように、僕の体をしっかりと抱き込まれる。
視界がぐるりと反転して壁の穴が目の前に映る。
「やめて止まって、落ちる落ちる!!」
「安心しろ、俺を信じろ!」
彼の憎たらしいほど軽い口調に反して、僕の心臓はバクバクと音を立てる。
徐々に壁の淵に近づくたびに、頭は真っ白になっていく。
目の前にバンジー、背後に大砲。
こんなの前門の虎後門の狼だ。
ああ、ただでさえさっき死んだばっかりなのになんでこんな目に遭うんだろう。
アイザックさんの足は遂に穴の淵にまで届いた。
それと、同時に大砲の球が発射される音がする。
終わりだ。
ドギャァァン!!!!
耳元で大きな爆発音が響く。
運がいいことに、大砲の玉からは避けられたようだ。
だが、その時の僕はそれに気づかなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
なぜなら、僕は10mから落下中だからだ。
心臓が浮く感触がして、風がビュゥと肌を掠める。
僕は地面を見ることができず、ぎゅうと目を閉じた。
直後、ドサッという大きな衝撃が体を揺らす。
「うぎゃっ!!」
僕は素っ頓狂な声を出して、地面に放り出される。
大きな衝撃が体の中に走り、頭までガクンガクンと揺れてしまうようだった。
「うう…いたた……」
膝下を見ると、着ていたネグリジェはビリビリに破けて太ももの横が丸見えになっていた。
怪我は運のいいことに少しの擦り傷だけで済んだようだ。
渡された剣は数メートル先に放たれていた。
よろめきながらも、それを拾おうと立ち上がると声が聞こえた。
「ずいぶんセクシーな格好になっちまったモンだな。」
アイザックさんは掠れた声でカラカラと笑った。
その声を聞きながら僕は当たりを見回す。
どうやら、実験所の外は一面の野原になっているらしい。
「アイザックさん!!」
野原の茂みの上に黒いローブを着た影を見つけた。
でも、様子がおかしい。
服が破けてはだけていることを気にせずに彼の方にかけていく。
アイザックは野原の上に仰向けになって倒れていた。
「おお、サツキか?」
「アイザックさん、大丈夫ですか?」
慌てて近寄ると、彼は弱々しく答えた。
「ああ…サツキ、ずいぶんセクシーな格好になっちまったな…」
「そんな事言ってる場合じゃないですよ!!本当に大丈夫ですか?」
「ああ…しくじって頭打ったけど、今は逆に運がいいな…」
「運がいいなんて……そんな冗談……」
僕はしゃがみこんで、彼の様態をくまなく確認する。
彼の右手は折れ曲がっていて、右足はあらぬ方向に曲がっている。
左足も爆撃のせいで酷い火傷だ。
「うう……どうしよう……」
「サツキ……お前ならできるさ……」
彼はそう言って、僕の手を握った。
「ミカのせいで言い損ねたが、お前は回復魔法が使えるんだ。」
「僕が…魔法…?」
そんな事言われても、使い方なんてわからない。
だって、さっきここに来たばかりなのだから。
それでも、とりあえず深呼吸をして彼の手をさすり続けた。
「大丈夫だ…、お前ならできる……呪文を唱えるんだ…」
そう言うと、彼は意識を失った。
呪文なんて言われてもそんなもの知らない。
僕はここに来たばかりなんだ。
それでも、知らないなら、記憶の限りから探せばいい。
僕が覚えている限りの癒しの呪文を記憶から掘り起こさないと。
痛いの痛いの飛んでけ、
チチンプイプイ
多分きっとそれらのどれでもないなら…
脳裏に浮かぶのは小さい頃の思い出。
妹に無理やり着せられたフリフリのフリルだらけの衣装。
『ユキユキヒーリング♡みんな元気になぁれ!!』
そんな子供じみた呪文が効くとは思わないが、思いつく限りこれしかない。
記憶の奥底にある昔見たアニメのセリフ。
あれは遊びでしかなかったけどこの世界ではどうだろう。
目の前のアイザックさんを救うには何でも試してみるしかない。恥ずかしいけど。
「ゆ、ユキユキヒーリング♡みんな元気になぁれ!!」
震えた声で呪文を唱えると光がアイザックさんの体を包んだ。
まるで炭酸のような光がシュワシュワと傷を包みアイザックを癒していく。
信じられない、子供じみた呪文が本当に回復の効果を持つなんて。
「お前…すごいな、やっぱり俺が作っただけある…」
「アイザックさん!!大丈夫ですか!!」
「ああ、サツキ。ピンピンしてるよ、お前のおかげでな!」
彼はそう言いながら僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「いや〜、それにしてもユキユキヒーリングかぁっw」
僕は、彼の揶揄い混じりの笑い声に顔が熱くなるのを感じた。
「もう、笑わないでください。」
「ははははっ、いやでも、本当にすごいぞ、お前は天才だ、ここに来たばかりで魔法が使いこなせるだなんてな。」
褒められたのは嬉しいが、やっぱり恥ずかしい。
「あ、因みに呪文なら何でもいいぞ。なんなら無詠唱でも念じれば使える。」
「え?」
「だから、呪文はなんでもいいんだ。」
「何ですか!!せっかく恥ずかしい思いをしたのに!!」
「ははっ、悪い悪い。でも、お前の回復のお陰でだいぶ体が楽になったよ、ありがとうな。」
アイザックさんはそう言いながら立ち上がった。
憎たらしいほどピンピンしている。
どうやら、万全の状態に戻ったようだ。
嬉しい反面、少し複雑な気持ちだ。
「さてと……これからどうしようか……」
アイザックさんが振り向いた先には大砲を持った少女。
「ぐぬぬ…吾輩の砲撃を避けおって…」
そうだ、まだ問題が全て解決したわけじゃない。
まだミカという少女から逃げ切れたわけじゃないのだ。
「とりあえず逃げるぞ。」
そう言って彼は懐から光る石を取り出したのだ。
石からは不思議なオーラを感じる。
「それはなんですか?」
「これは『魔晶』だ、これはテレポートに使える奴だな」
そう言って彼はそれを高く掲げた。
すると、その石は光だし僕たちの体を包み、同時に僕は浮遊感を感じた。
魔晶によって体が浮かされている。
「おい!待て!!姑息な手を使いよって。」
「盗みを働く奴が何を言うんだよ!一昨日来やがれ!!」
次の瞬間周囲の景色が暗転した。
どうやら、テレポートは成功したようだ。
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