5章 落としたメダルのその先で その1
真実から逃げた僕は、自分の中で永遠の眠りにつこうとした。
そうしていれば、このまま静かに過ごせると思っていた。
罪の意識は自分の存在と一緒に消えると思っていた。
あの音は聞こえてこない。
この場所(圧夢駅)では、何も聞こえない。
はずだった、だが。
ちゃりん♪
「出テイケェエ!!」
圧夢駅に残っていたデーモンに、罵声とともに殴られ、その強烈な痛みで目を覚ました。
痛みだけでは無い、あの音が、また僕の耳に聞こえてきた。
その音の方が、失いかけていた意識をより強く目覚めさせる。
どれだけデーモンに殴られても、ここで殺されてしまおうが構わない。
メダルが落ちる音だけは、聞きたくなかっ――ゴンッ!
またしてもデーモンに殴られた。
デーモンの拳が、僕の顔を凹ませる。
僕は地面に叩きつけられ、その反動で身体が宙に浮いた。
痛った。
これ絶対、死んだだろ。
と思ったが、残念ながら僕の意識はまだ残っていた。
そうか、僕は死ぬ程の痛みを1度も経験した事がないから、これは想像上の痛みでしかない。
だから死なないのか。
ここは、記憶と想像で作られた世界だった――ゴギィ!
今度は地面が陥没する程の勢いで、叩きつけられた。
この痛みは、ずっと続くのか?
それでいい。
僕は門宮を殺したんだ。
この痛みが永遠に続けばいい。
それが僕に対する罰なら、全て受けるさ。
それでいいんだけど……でも。
ちゃりん♪
だったら、どうしてこの音は止まないんだ!
何度も何度も、僕に罪を突きつけるかのように、聞こえてくる!
目的はもう終わったはずだ!
僕を真実へ導いただろ!
絶対に忘れたかった、最悪の記憶に!
だから僕は、ここで眠ることを選んだ!
そんな僕に、今更、何を求めてるんだ!?
「知ルカ」
溢れ出た感情をデーモンにぶつけた。
そうしたら今度は、後ろの壁ごと殴り飛ばされた。
壁は破壊され、僕はその奥へぶっ飛ばされた。
その衝撃で、辺りに砂煙が漂い、視界が遮られる。
ここで叫んだ所で、意味なんて無い。声なんて出てないし。
そんな事分かってる。
ちゃりん♪
まただ。
また、聞こえてくる。
これが、本当の苦しみなのか?
痛みと共に、門宮を殺した罪悪感を味わい続ける。
その為に、メダルの音が聞こえてくるのか?
倒れ込んだまま、頭痛で立ち上がる事も出来ず、思考を続けていると、破壊され壁の奥、砂煙から、何やら細身の人型のシルエットが走って来るるのが見えた。
明らかにデーモンのシルエットでは無い。
その正体は、次の瞬間、すぐに分かった。
砂煙の中から伸びた手が、倒れている僕の首を掴み、強く絞め、そのまま持ち上げる。
その顔はもう2度と、見たくなかった。
リ……リーダー!?
「黙あああぁぁぁれ!!!!!」
どうしてリーダーがここに!?
首が絞まって息ができない。
やばい……い、意識が………。
あの時と同じように、僕は意識を失っ――痛っ!
何かに強く引っ張られたような激痛が、またしても意識を呼び戻した。
まだ首は絞られている、そんな中、焼けるような激痛を感じた右手の方に、ジリジリと目をやった。
ガウッ!
み、右手が……右手が無い!?
手首の先から、右手が欠損している。
工場のVR労災体験で、手を機械に巻き込まれて欠損する、シュミレーションはやった事があるが、そんなものは比にならない。
火傷した時の瞬間の痛み、それを右手首にずっと感じているようだ。
何が僕の手を、ちぎった?
その答えを示すように、僕のちぎられた右手は近くにあった。
何か、小さな動物が口にくわえている。
ワン!
あいつは山で出会った、お婆さんを殺した犬じゃないか。
僕の右手は、無惨にもあの犬に食いちぎられていた。
痛い。
痛い。
痛い。
想像上だとしても、これは痛すぎる。
ちゃりん♪
そこに追い打ちをかけるように、またしても、メダルの音が聞こえてきた。
だからどうして!?
疑問には誰も答えない。
音が聞こえる理由、それは、僕を真実に導くためだ。
真実を知った僕にとって、この音は何の意味があるのか?
それを知るためには、音が鳴る方へ向かうしかない。
このまま、音がずっと続くのは、嫌だ。
僕は、自身に取り巻く、トラウマの権化を振り払うべく、気を強く保とうとした。
ここは、自分の想いが創った世界だ。
この痛みは過去の痛みだ。
たった1つの疑問の答えを、求めるために、強くあれ。
自分に言い聞かせた。
音の方へ向かう、その先にどんな絶望があったとしても。
そう思うと、リーダーは、僕の首から手を離し、幻影のように消えていった。
それでも、絞められた苦しみは残っている。
今も、首がだらんと垂れた状態で、自由に動かせない。
身体は、デーモンに殴られすぎて、神経が麻痺したのか、ピクピクと痙攣している。
右手は犬に喰いちぎられて、焼き付くような痛みと、傷口から出血が止まらない。
でも進まなければならない。
音が何を示すのか、僕は知りたい。
フラフラと1歩づつ、歩き始める。
ちゃりん♪
メダルの音が聞こえる方へ。
歩いていると、また、不意に横からガッツリと首を掴まれた。
リーダーがまた現れたのだ。
ちゃりん♪
首の中で何かがゴキュゴキュと、潰されている感触があった。
首が絞まって息ができない、苦しい、それでも僕は止まらなかった。
首を掴まれた状態なのに、前に進めたのだ。
原理は分からない。
ただ、音がする方へ、歩く意思を強く持っていた。
明天は、僕がここで眠りにつく、そうすれば、全ての苦しみから開放される、そう助言した。
それは、僕が真実に耐えられなかったからだ。
だけど、明天は真実に耐えれたのか?
ガウッ!
今度は犬が左足に噛み付く。
うぐっ!
僕の足首に噛み付いたその凶悪な口は、足を断つようにゴリゴリと、閉じていき、やがて僕の左足は切断された。
手首の比じゃないほどの血飛沫が、辺りを真っ赤に染める。
またしても、僕は身体の部位を欠損した。
思わず膝を着いた。
首もまだ絞まっている。
そのあまりの痛みに、涙が一気に溢れた。
痛みで、もう歩けない。
だけど、脳裏をよぎったのは、明天の事だった。
この痛みや苦しみを、明天は知っているのか?
これらを乗り越え、真実を受け入れて、生きていこうとした……?
なら、どうして、過去その物である僕を眠らせようとしたんだ?
僕が、過去その物なら、真実もそこに含まれているはず。
それを、消去(永遠の眠り)しようとした?
明天の行動に疑念が生じる。
だったら、なおさら進まなければ。
ちゃりん♪
首を掴まれ、足を食いちぎられても、それでも進むんだ。
立ち上がれない僕は、這いずって進んだ。
血溜まりから、体を引き摺って、音が鳴る方へ、その先へ。
そもそも全身が痺れていて、思うように動かない。
僕は、顔を地面に擦りながら、進んだ。
一体、何をしているんだ?
どうしてそこまでして、進もうとするんだ?
音が何を示すか、そこまでして知りたいのか?
これは、何の物語なんだ?
僕の記憶は、物語の舞台
僕の意思は、物語の運命
僕の真意は、真実を永遠に忘れる事。
僕の記憶、意思、真意は、僕だけのものじゃない。
明天の記憶、意思、真意でもある。
だけど、今の僕は真意は、真実を永遠に忘れることではなく、音が何を示すのか知ること。
音が示すのは――出テイケ。
ゴフッ!
いつの間にか僕を見下ろしていたデーモンに、蹴り飛ばされた。
宙を舞い、僕は地面に激突した。
ちゃりん♪
音が近い。
すぐそこで聞こえる。
身体を起こし、目を開くと、そこには真実があった。
破砕機、そこからはみ出た、門宮の無惨な半身。
音が聞こえる度に、この光景を思い出していた。
耐え難い光景だ。
だけど、逃げるわけには、いかない。
ここにあるはずだ。
あのメダルが。
ちゃりん♪
あった。やっぱり、あの血溜まりに落ちていたか。
ようやく見つけれた。
やっと辿り着いたんだ。
それを残った左手で拾い上げ、凝視する。
そこに映るのは、面を着けた僕だ。
何も変わっていない。
だけど、分かった。
何故、まだメダルの音が聞こえるのか?
それは、僕がメダルの音に向かっていく、その行為に意味がある。
重要なのはメダルの音が聞こえる場所に、たどり着く事では無い。
リーダーや犬、それらがもたらす痛み、それが現しているのは、門宮を殺した罪悪感が、生み出した心の痛みだ。
デーモンも同じように、痛みをもたらすが、それだけじゃない。
出テイケ、と何度も圧夢駅から追い出そうと殴ってきた。
その殴り飛ばされた先で、このメダルを拾ったんだ。
メダルの音を追う。これが、物語の運命、すなわち僕の意思だ。
そして、その過程で理解したのが僕の真意だ。
真実を永遠に忘れ、眠りにつく。
そうじゃない。
デーモン、犬、リーダー、全員が僕を見つめている。
僕は、痛みの中、震えながらメダルを握りしめた手を、前に出す。
ここにある全ての存在は、過去から作られている。
僕は、木野。
昨日までの僕、過去そのものだ。
手を開き、メダルを音(おと)す。
過去である僕の真意、それは、明天に過去を受け入れさせることだ!
ちゃりん♪
フォオオオオオン!!!
トラウマを消し去るように、現れた電車は、全てを轢き、僕の前で止まる。
乗れ、そして向かうんだ。
明天の元へ!
それが僕の意思だ!
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