4章 明天 その2

 飛び込んだ、扉の奥には、暗い場所に大きなモニターと、面をつけた2人がいた。


 それが誰なのかは、今は分からない。


 


 「明天、本当にやるのか?」


 面を付けた背が高い方の男(声色で判断した)が僕に話しかけてくる。


 明天?何でそう呼ぶんだ?


「えぇ、それしか方法はありません」


 今のは!?


 僕が喋ったのか!?


 えっ!?声が出ない!体も動かない!


 どうなってるんだ!?


 


 体を動かそうにも、瞬き1つもできやしない。


 だけど、さっき、僕の口から言葉が発せられていた。


 それは僕の意思じゃない。


 まるで、他の誰かの体に、自分の魂だけを憑依させた(実際にやったことは無いが)感覚?だ。


 


「私が、木野を救います。そのために、真実を永遠に忘れるように誘導するのです」


「分かってる、このままじゃ、自我が崩壊する。今は偽りの記憶で誤魔化したけど、いずれ、メダルの音が木野を真実へ導くだろう」


 


 偽りの記憶?


 


 モニターには、僕とリーダーが映っていた。


 映像から音は聞こえてこないが、しばらくして、映像の僕はリーダーに首を絞められていた。


 そうか、思い出したぞ。


 門宮を殺したのはリーダーだったじゃないか。


 どうしてそんな重要な事を忘れていたんだ?


 


 この映像が、あの時なら、僕が見ているのは明天の過去なのか?


 


「おい!このままじゃ、俺が死ぬぞ!」


 その時、面を付けた背の低い方が、慌てるようにモニターに映る僕を指し、明天に止めるように訴えている。


 


 俺、その一人称は、僕が小学生時代の一人称だ。


 なんだか、昔の僕と喋り方が似ているな。


 どうして僕の事を、俺と呼ぶんだ?


 


 疑問は残ったまま、映像は流れ続ける。


 僕はこの先を覚えている。


 明天が僕を助けに来て、リーダーは警察に連行された。


 あの時は、明天に感謝したが、今となっては、それも、僕を真実から遠ざけるために、やった事だったんだ。


 いや、待てよ。


 このまま、明天がここにいたら、僕は首を絞められて、殺されてしまう!?


 


「いやぁ、それは困りますねぇ。救いに行くとしますか。あなた方の未来を」


 ここで様子を見ていたのか、そしてこの時、僕の元へやってきたんだな。


 


 見られている。


 明天が言ったこの言葉は、面を付けた2人のことだったのか。


 


 明天は目を閉じた。


 そうすると、僕も強制的に目をつぶる事になる。


 視界が遮断される。


 


 恐らく僕が今見たのは、明天の記憶だ。


 電車の扉の先は、明天の記憶と繋がっていたのか?


 だとすると、このまま見ていけば真実に辿り着く、そんな気がする。


 


 面を付けた2人は、何者だ?


 背の低い方は、昔の僕に似ている。


 そして、背の高い方が言っていた、偽りの記憶、とは何のことだ?


 僕がリーダーに殺されそうになったのは、あの時思い出した真実だった。


 だが彼はその映像を見て、偽りの記憶で誤魔化していると、言っていた。


 そして何故か僕は、リーダーの事を忘れていたけど……あれ?


 


 それが偽りの記――思考を遮るように、目が開く。


 閉じていた時間は、ほんの数秒である。


 他に手掛かりはないか?辺りを見渡して……ダメだ。


 やっぱり体の自由が利かない。


 


 過去の追体験をしているから、行動は全て行った後、なのだろうか?


 だから、僕が明天の行動に対して干渉できないのだろう。


 なら今は、モニターの映像に集中しよう。


 


 同じ場所、同じモニター、そして面をつけた2人、視界にそれらが写った。


 場所に変わった様子は無い。


 でも、映像が切り替わっているから、時間が少し経ったのか?


 


 モニターの映像は、夜の森、屈んでいる老婆、ななと書かれた木の根元……この場所は、賽銭箱を担いで逃げた明天を、追って入った山の中だ!


 夜なのに、まるで映画のように映像が鮮明に見える。


 記憶…だからか……。


 


 映像をしばらく見ていると、画面の奥の方に犬が現れた。


 あれは、ななだ。


 あの時だ、この先は思い返したくない。


「そんな……嘘だ!」


「どうした!?」


 


 背の低い方が、映像に犬が写った途端、両膝を着き、崩れ落ちた。


 もう1人が心配そうに、問いかけるが、背の低い方は、泣き叫びながら地面を何度も殴り、暴れていた。


 明天はそれに対して、無反応なのか、動きはなかった。


 


「ななは!死んだ!死んでいたんだ!!」


「なな?」


「俺はぁ、信じたくなかった!だから、お婆ちゃんに頼んだ!ななはどこに行ったの?1人ぼっちで今頃寂しがってるよって!俺のせいだ!うわぁぁぁ!!!」


「おい!何があった!?明天、これはどういう事だ!?」


「思い出しただけですよ、面によって忘れていた記憶を」


 


 この子のお婆ちゃんだったのか。


 すまない……僕は、この時何も分かっていなかった。


 


「映像を止めろぉ!止めてくれぇ!この先は見たくなぁい!」


 うずくまって、両腕に顔を埋めて、涙声で映像を止めようと、モニターに手を伸ばす。


 そりゃ、見たくないよな……この先は。


 だけど、僕は見る事しか出来ない。


 顔を逸らす所か、目を瞑ることすら出来ないのだから。


 


 それでも、耐えろ。


 真実を知るために。


 


 映像のお婆ちゃんが、両手を広げて、ななに近づいた。


 来る、あの時の、絶望が!


 


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「これの、どこが問題なんだ?いい関係じゃ――あ……」


 


 犬がお婆ちゃんの首元に噛み付いた。


 僕が必死に止めに入るも、既に遅かった。お婆ちゃんは、僕の腕の中で死んだ。


 あの時と何も変わっていない、結末だった。


 


「ぁ……………」


 


 泣き喚くのを止め、うずくまったまま、ぐったりと動かなくなった。


 まるで生命の糸がプツンと途切れたように、活動を停止した。


 何度も地面を叩いた拳は、骨が折れているのか、血塗れで、歪な形をしていた。涙や血が彼の周りに散在している。


 その面は、バキバキに割れていた。


 


「おい!おい!しっかりしろ!」


 強く揺さぶっても反応は無い。


「明天、お前は知っていたのか!?この事実を!」


「いやぁ、どうでしょう?」


 何が起こったんだ?


 


 明天の表情は、僕からは分からないが、今確かに、笑うように口元が動いた気がした。


「知っていたんだな!ならどうして見せた!」


「見せる?彼は思い出したのです。大好きだったペットの死を受け入れることが出来ず、年老いたボケ老人に、探して、と懇願した事を。


 ななはどこに行った?と何度も何度も、懇願したのです。その結果、あの老婆は毎日、意味も無く、山の中に入り、死んだはずの犬を探し続け、最後は野犬に襲われたのか、転んだのか知りませんが、哀れな遺体で発見された。彼にとっては悲劇でしたね。そうして、身近な人が突然亡くなる事が、トラウマになったのです」


「……これが、本当に木野を救う事なのか?こいつは、この光景を目の当たりにしたのか?」


「いいえ、木野が体験したのは、彼の記憶、と言うより印象と言うべきでしょうか」


「印象?」


「事実を聞いた時に思った強い印象。老婆の遺体を見た時に、想像してしまった事、その時に思った強い印象が、このモニターに映った出来事なのです。お婆ちゃんは、山で遭難し、ななによく似た別の犬に殺された、と彼は思ったのでしょう」


 


 この子の強い印象、それが僕の体験した事だったのか。


 


「ななも、老婆も、現実では亡くなっている。その事実を知っているから、幽霊のようにあの場所から消え去ったのでしょう。まるで、元の記憶を思い出したかのように」


「そんな……」


 動かなくなった遺体のような彼に、顔を向け、声のトーンが低くなった。


 そうして、溢れ出た感情は、この子に対する哀れみではなく、明天にぶつける怒りだった。


「だってこいつは、過去――待て!明天、どこへ行く!?」


 


 彼が振り上げた言葉の拳を避けるように、明天はモニターに背を向け歩き始める。


 


「救うべきは、木野です。何を犠牲にしてもね。私が導かねばならない、真実とは逆の方向へ。あぁ、それと、あなたも面を付けているので、彼と同じような、もしくはそれ以上の、忘れたい記憶があるんじゃないんですか?」


「僕に……」


 彼が面の存在を知っているのかはどうかは分からないが、その意味を理解しているようだった。


「いやぁ、あなたには思い出せないでしょうがね」


 


 明天は、何がしたいんだ?


 この子の、トラウマを思い出させて、面を壊した。


 もう1人の方に、まるで脅すように、同じ事が起こると告げた。


 こいつは過去、背の高い方があの子に向かって、そう言っていた。


 


 過去?


 


 振り返った明天は、またしても目を閉じた。


 僕はまた、明天の意思で暗黒の世界へと、誘われる。


 


 だが考えなくては、真実へ辿り着けない。


 でも、状況がだんだん分かってきたぞ。


 


・明天は面を付けた2人と僕を監視していた。


・僕が殺されそうになった時、ここから明天が助けに来ていた。


・お婆ちゃんは、面を付けた子の祖母だった。


・お婆ちゃんもななも、過去に亡くなっている。


・その記憶は、あの子の過去のトラウマだった。


・僕があの時、体験したのは、あの子の、お婆ちゃんの死に対して抱いた強い印象だった


 


 こんな所か。


 それと1番気になるのが、


 


・リーダーが門宮を殺したのは、偽りの記憶。


 


 だった事だ。


 おかしい、僕はその記憶を忘れるために、自分にとって都合のいい記憶(リーダーが門宮を殺した)に改ざんした。


 だから、あれが本来の正しい記憶なはすだ。


 


 ……ここは、心の世界。


 


 僕の記憶から、この世界は作られているとして……どうして、偽りの記憶が必要だったんだ?


 


 それは、思い出したくない記憶だからか?


 


 そうか!だそしたら、そこに真――目が開く、薄い光が再び僕の思考を遮った。


 


 さっきと同じように、あの子は倒れたままだった。


 そして今度は背の高い方も、脱力したように倒れていた。


 モニターの映像には、電車と、その電車に轢かれたデーモンと、それを背に立つ僕の姿が映っていた。


 


 圧夢駅を出る前の時だ。


 圧夢駅での出来事が、彼にとってトラウマな思い出を掘り起こしたのだろうか?


 またしても面にヒビが入っている。


 


「僕は……どうして…あんな事を?」


 倒れた状態のまま、か細い声で、明天に尋ねる。


「激情していると、時に自分でも思いがけないような発言をしてしまうものです。直雄が殺人を犯した、その事実があなたにとって、許し難く、信じられなかった。だがら、あなたは直雄に対して、お前は人間ではなく化け物だ、と言い放ったのです。その言葉は、直雄だけではなく自分自身を傷つけた。身近な人が殺人を犯す事が、あなたにとって、トラウマになったのです」


 


 明天が話している途中で、彼は完全に意識を失ったよう、ピクリとも動かなくなった。


 明天は、倒れた2人に近づきかがんで話を続ける。


 僕が感じただけかもしれないが、明天の表情は強ばっていた。


「そう、その姿こそが、あなた達の本来の姿なのです。過去の形その物なのです」


 そう言って、明天はひび割れた彼の面に手を伸ばした。


 そうか、この面を、拾っていたのか。


 面を取り、彼の素顔が明らかになる。


 鏡でも見ているかと思った。


 この顔……僕じゃないか。


 正確には、昔の高校時代ぐらいの僕だ。


 人形のように無表情だ。


 生気が感じられない。


 


 だったら、圧夢駅での出来事は、僕の過去!?


 いや、正確には印象?なのか?


 そうか、だからあの時、僕は直雄の過去を、思い出したのか!


 忘れていたんだ、都合が悪い記憶だから!


 


 その後、明天の視線は、もう1人の方へ向いた。


 彼の方は、面が完全に無くなっていた。


 その顔にも見覚えがあった。


 まさか、そんな……!


 


 小学生の頃の僕じゃないか。


 


 そうか、彼らは、過去の僕だったのか!


 


 それじゃあ僕は、お婆ちゃんの事も、直雄の事も、全部忘れてたって事か!?


 


「いやぁ、木野の過去のトラウマ記憶を引きづり出して、体験させ、圧夢駅に留まらせようとしましたが、それでもメダルの音に引き寄せられてしまいましたか」


 


 やっぱり、明天はメダルの音から遠ざけるように動いていたんだな。


 


「ですが、私は諦めませんよ」


 


 明天は手に取った面を被る。


 その際、視線が下を向いた。


 明天の着ている服が一瞬見える。


 スーツだった。


 この服は、さっき電車であった時と同じだ。


 この後、どうにかして電車に来るのか?


 


「圧夢駅にいれば、楽だったのに。残念」


 例え想像の世界だったとしても、居れるわけないだろ、あんな所。


 


 明天は、スーツのポケットから何かを探った。


 手の感触が僕に伝わってくる。


 …丸い?そして薄い何か。


 これは、明天が持ち去ったメダルか?


 


 その予想は当たった。


 付着した血が、何よりの証拠だった。


 僕がずっと追い求めていた、メダルだ。


 取り出したメダルを親指と人差し指の間に挟み、じっくりと見つめる。


 


 メダルに、面を付けた明天の姿が映った。


 


「このメダルの音が原因だが、壊す事も、隠す事もできなかった。だからこうして持ち去った。木野の近くで音がならないように。でも無駄でした。音は木野を真実へと導いた。このメダルさえ、何とか出来れば……」


 


 メダルに映る面、僕が真実(偽りの記憶)を思い出した時に、初めて見た光景だった。


 今思い返したら、その時にも不可解な点がある。


 真実を思い返したはずなのに、僕の面にはヒビが入っていなかった事だ。


 


 それは、僕が何も思い出してない証拠だった。


 


「木野、あなたを救いたい。真実に触れてはならない」


 


 明天がメダルをじっと見ていると。


 まるで、僕が面を付けているような錯覚に陥りそうだ。


 実際そうなんだろうが、その真実を突きつけてくるような気がして、辛く感じる。


 


 このまま目を閉じてしまいたい。


 


 …閉じれた……!?


 閉じれた!?


 


 目を見開いた!


 体が動く!


 ここは、あの電車の中だ!


 僕の手は、血が付着したメダルを持っていた。


 


 そこに映ったのは面を付けた僕だ。


 


 驚きのあまりに持っていたメダルを離した。


 


 メダルが落ちる。


 そして音が聞こえるだろう。


 


 僕は真実にたどり着――パスッ。


 


 メダルは地面に落ちる直前に、誰が拾ったようだ。


「大事な物なんでしょう。落としてはなりませんねぇ」


 


 明天!


 


 僕の手元の下に手を伸ばし、メダルをキャッチしたのだ。


 


 どこから来たんだ!?


 電車が!元に戻っている!?


 真っ二つに割れていた、電車は元通りにくっついていた。


 いつの間に!


 


「もう離しませんよ。これ以上真実を追わせるわけにはいかない」


 


 明天は、メダルを握りしめた手を離さないように、グッと力を入れる。


 


 もう少し!あと少しだったのに!


 


「この電車は、圧夢駅に向かっています。このまま共に参りましょう」


 


 圧夢駅!


 しまった!このままじゃ、戻される!


 何か!ここを打破できる方法は!?


 


「無駄ですよ!メダルは私の手にあります!もう音は鳴りません!」


 


 いや、メダルはもう1つある。


 そのメダルは、この電車に様々な現象を起こしてきた。


 だが、そのメダルは、電車の投入口に入れてしまって、もう取り出せない!


 


 僕は周りを見渡した。


 車窓、机、扉、メダルの投入口、返却レバー?これだ!


「メダルはありません、大人しく――」


 


 僕は急いで、扉の前に行き、その返却レバー?を引いた。


「それは――何!?」


 明天は握っていた手を開いて驚いた。


「メダルが、無い!?」


 


 ちゃり♪


 


 落ちた!どこだ!?


 あった!机の端だ!


 あれを落とせばっ!


 


 間髪入れずに、机の上に飛び込み、血塗られたメダルに手を伸ばした。


 


「させるかぁ!」


 だが寸前の所で、明天が僕に覆い被さるように、机の上で押さえつけてきて、メダルの落下を阻まれた。


 僕は警察に取り押さえられるような形で、拘束された。


 僕の手がメダルに触れないように、手をしっかりと握られているから、全く動けない。


 かなり強い衝撃だったのにメダルは、机から落ちなかった。


 それは明天の意思だからか。


 


 だけど、指先をほんの少し伸ばせば届きそうなんだ!届けっ!


 人生で一番暴れてやる!


 僕は全力で抵抗した。


「このまま、圧夢駅まで行きますよ」


 


 そんな事させるか!


 手を、いや指先さえ、触れれば落ちるんだ!


 伸ばせ!もっと強く足掻け!


 


「止めろぉぉ!」


 明天の怒号が飛ぶ。


 


 ピキリと、僕の面にヒビが入る。


 動いた!もっと奥へ!


 ジリジリとだが、メダルに近づいている!


 いける!いける!いけぇぇえええええ!


 


 僕の指は、メダルに触れた。


 はずだった。


 


 届いた……のか?


 


 指先は何かに当たっている、だがそれは、メダルでは無く、スイッチだった。


 


 見覚えのある場所、ここは職場――ぐちゃぐちゃ、ベギィ!ゴギッ!


 


 ちゃりん♪


 


 ……………え?


 


 僕が押したのは、破砕機のスイッチだった。


 その破砕機からはみ出しているのは、真っ赤な人の半身だった。


 


 これが、真実だ。


 


 僕は門宮を殺した。

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