4章 明天 その1

 デーモン(直雄)は、電車に轢かれて動けなくなった。


 それでも、直雄は死んでおらず、僕に対して、二度とここに戻ってくるな、と何度も言い放つ。


 だが僕は戻るつもりなどない。


 


 僕はその電車に乗り、圧夢駅を発つ。


 やっぱり、この電車も無人だ。


 誰も乗っていない。


 それでも、電車は動き出した。


 電車内では振動だけが伝わってくる。


 音が無い環境にもすっかり馴染んできたが、それも今日で終わりだ。


 真実を追うために、ここから出る。


 そして明天を探す。


 


 ガタン、ゴトン。


 


「何っ!?」


 電車が走り出してしばらく経つと、久々に音が戻ってきた。


 それにびっくりした僕は、思わず声が漏れていた。


 音が聞こえるのはこんな感覚だったか。


 今、圧夢駅を出たんだな。


 


 いや、待てよ。


 


 僕は久々に音を聞いたんじゃない。


 大きな音が聞こえたから、驚いたんだ。


 直雄の声や、メダルが落ちる音、圧夢駅でこれらの音は、確かに聞こえたじゃないか。


 


 何故だ?


 


 圧夢駅は、一切の音が聞こえない空間?のような場所だった。


 あの場所で数ヶ月、働いて過ごしたが、聴覚が無くなったのか?と思う程、何の音も聞こえなかった。


 


 それでも、デーモンに殺されそうになったあの時、メダルの音が聞こえた。


 だからこそ、僕はその音が、今乗っている、この電車を呼び寄せている事に気付くことができた。


 


 だから、こうして脱出できたけど……いや、振り返ってみると、これまでに様々な場面で、不自然にメダルが落ちる音が聞こえていた。


 


・門宮が殺された時


・門宮を殺した犯人に、僕が殺されそうになった時


・なな(犬)を見つけた時


・山で突然電車が現れた時


・その電車で圧夢駅に着いた時


・デーモンから逃げる最中に3回


 


 ありえない事ばっかり起きたけど、メダルの音はどの場面にも共通して聞こえてきた。


 


 僕は音に導かれるまま、この場所にたどり着いたのか?


 


 誰が何のために?


 


 ……門宮なのか?


 


 明天は言っていた、誰かに見られている、と。


 僕を見ているのは門宮なのか?


 あの時、何もできなかった、ただ見ているだけだった僕を、恨んでいるから、こんな逃げ場の無い悪夢を、見せているのか?


 


 それなら、僕は何をすれば許されるんだ?


 そんなの、考えても分かるはずがない。


 


 いや、そもそも、僕はメダルを見ようとしただけだ。


 メダルに映る自分の姿、それが面を付けているのか、いないのか。


 それを確かめるために、あの神社の賽銭箱に拾いに行ったんだ。


 


 それなのに、いつの間にか、僕は真実を求めていた。


 


 一体、何の真実だ?


 


「あなたは、その忘れられた真実を思い出したくないのです」


 ……明天!


 座席越しに振り返って見ると、電車に乗っていたのは、僕を圧夢駅に案内した、面を付けているスーツ姿の男だった。


 今もその時と同じように、面を付けている。


 だがその声は聞き覚えがあった。


 僕がずっと探していた明天だ。間違いない。


 圧夢駅では、声が聞こえなかったから、気づけなかったのか?


 


 それ以前に、どこから現れた?


 いや、どこに隠れていた?


 元々、神出鬼没な奴だった、いつどこで現れてもおかしくは無いだろう。


 もしかすると、神社からずっと、いたのか?


 山にいる時も、圧夢駅にいる時も、僕をずっと見ていたのか?


 そんな事は、考えたくもない。


 


 明天は、僕に対して向かいの座席に座り、話始める。


「忘れられた真実。それが、私達をここに導いたのです」


 


 忘れられた真実?


 


 この際、どこから来た?とか、何が目的だ?とか、聞いてみるのは無駄そうなので、あえて聞かない。


 


 明天の言う、忘れられた真実、とは何だ?


 


「言葉通りですよ。あなたが忘れた真実であり、そして、今あなたが求めている真実です。この真実こそ、全ての元凶なのです」


 


 …僕に分かるように説明してもらえるか?


 


 明天は、付けていた面を取り、素顔を見せた。


 その表情は感情が欠落したかのような、真顔だった。


 面は直雄が付けていた物と同じようなものだろうか。


 


「正直、ここまで来るとは思いませんでした。ですが、人の興味というのは、一つの答えに辿り着くまでで、無くなることは無い。私は全てを話すつもりです」


 


 本当か?


 


「もちろん、それがあなたのためですから」


 


 ここはどこだ?


 


「精神世界の類、とでも言っておきましょうか。ここは、あなたの心の中です。ですが夢や妄想とは違う、曖昧な世界なのです。私にもここがなんであるのかは、ハッキリと断定できていないのです」


 


 やはり、現実ではなかったのか。


 だったら、門宮や老婆、なな、直雄や、※※※さんは、この精神世界の人物なのか?


 


「その通りです。ですが、これらの人物は、あなたの記憶から抜き出された人物なのです」


 


 記憶から?


 


「えぇ。人物だけではありません。この電車も、圧夢駅も、あなたの職場や、私がいた神社、それらは、ほぼ全て、あなたの記憶から出てきた物。いや、あなたの記憶その物と言ってもいいでしょう」


 


 いや、それはおかしい。


 僕は職場や直雄の事は、知っていたとしても、それ以外は見覚えが無かった。


 


「当然です。あなたが忘れたいと願ったのだから」


 


 そんな事、願っていない!


 


「門宮さんが殺された事を忘れてたじゃないですか。それと同じですよ。だってこの世界はあなたが望んで作った世界ですから。あなたにとって、都合の悪い記憶が無いんです」


 


 願ったことさえ忘れた、とでも言うのか。


 これも、面のせいなのか?


 


「そうです。ですが面は、記憶を忘れたと認識させるための、ただのイメージに過ぎません。面、そのものは重要ではありません。記憶を忘れる、という事象こそが重要なのです。そして今もまだ、あなたは、ある記憶を忘れた状態なのです。それが、あなたの求める真実です」


 


 お前は、僕にその真実を教えてくれるのか?


 


「教えても構いませんが、同じ後悔を繰り返すだけですよ。だから教えません」


 


 だったら、お前は何を伝えに来たんだ!?


 


「私の役割は、あなたを救うことです。そのために必要な事を伝えるまで。あなたは、この真実を思い出すべきでは無い。心が壊れてしまうから」


 


 以前の僕が、どんな心境だったかなんて、覚えていない。


 でも、僕はこの奇妙な体験で、真実を知って生きる意味を理解したんだ!


 


 例え、この体験が心の中だけの出来事だとしても、今度は違う答えを、導き出せると思う!


 


 門宮、老婆、※※※さん、直雄、彼らの思いを、僕は受け継いでここまで来た!


 


 だから、教えてくれ!真実を!


 


「…門宮、老婆、直雄、あと一人、何と言いましたか?」


 


 ※※※さんの事か?


 


「ふふっ。ですから、何と言ったんですか?」


 


 何がおかしい?


 


「いえ、すみません。よく聞き取れなかったもので。私には理解できない言語で喋っているのですか?」


 


 は?※※※!※※※!


 ハッキリ言ったぞ、これで伝わるか!?


 


「あぁ、そうですか。その人は、記憶に存在しない人間ですね。ですから、名前が必要ないのでしょう。だから、曖昧な言語になるのです。本人にとっては、何の違和感も無いのでしょうがね」


 


 ……※※※さんは、僕にとって何だ?


 


「あなたを圧夢駅に留まるための存在。真実から遠ざける、その為だけに必要だった存在なのです」


 


 だから、伝わらないのか……。


 


「あなたがこれまでに、体験した奇妙な出来事は、真実から遠ざけるために起こった、あなた自身が望んだ心の物語。つまり、


 あなたの記憶は、物語の舞台


 あなたの意思は、物語の運命


 あなたの真意は、真実を永遠に忘れる事。


 なのです」


 


 なら、僕は真実を完全に忘れるために、自分をこの心の世界に閉じ込めて、改心させようとしていたのか?


 


「ようやく理解していただけましたか。ですから、あなたが真実を求めて、ここに来るのは間違いなのです」


 


 ……いや、間違いじゃない。


 僕は、圧夢駅で拾ったメダルを取り出し、それを握りしめて拳を前に出した。


 


「……ん?なんの真似ですか?まだ気付きませんか?私の正体――っ!?」


 


 ちゃりん♪


 ガキャンッ!バリバリバリ!!!


 


 僕は拳を解き、メダルを床に落とした。


 あの音を発生させるために。


 すると、僕と明天の間の天井部から壁、床にかけて、電車内に亀裂が走った。


 そして、亀裂は電車を真っ二つに切り裂いた。


 ちょうど、僕と明天を分かつように。


 電車は、二分され、お互いがどんどん離れていく。


 


「…電車を切り離しますか!?私を遠ざけるつもりでしょうが、真実を知ったところで、同じように後悔するだけですよ!」


 


 やっぱり、この電車はメダルが落ちる音で、変化が起こるんだ。


 その変化は、僕の意思でどうなるか決まる。


 


 僕は僕の意思で真実を追う!


 お前も僕の心の中の存在なんだろ!


 だったら、もうほっといてくれ!


 お前の言う通り、本当にこれが心の物語だったんなら、これは真実を永遠に忘れるための物語じゃない!


 


 失われた真実を取り戻す物語だ!


 


「木野ぉ!」


 


 電車は、あっという間に離れていき、前のめりで何かを必死で叫んでいる明天の声も、しだいに聞こえなくなった。


 


 真っ二つに分かれた片方だけの車両でも、ブレたり、傾いたりもせず、電車は進み続ける。


 だが、これも心の中での出来事だ、今更おかしい事では無い。


 


 ただ、もしこの電車は明天が用意した物なら、行き着く先に真実は無いのかもしれない。


 無いどころか、永遠に忘れてしまう可能性すらある。


 真実へ辿り着くためには、僕が自力で見つけ出す必要がある。


 僕はまたしても、落としたメダルを拾い上げ見つめる。


 何か、手がかりは無いのか?


 メダルに面どころか、人影すら写らない。


 血も付着していないから、僕が追っていたメダルでは無いようだ。


 


 だが、このメダルの音は、この電車に様々なアクションを起こしてきた。


 だから、きっとこのメダルが、真実への鍵なんだ。


 電車にもまだ何か、あるのでは?


 そう思ってもう一度、片割れの電車内を見渡した。


 


 座席、割れた窓、散らばった鉄くず、開放的な後方、扉……ん?あの細長い穴はなんだ?


 扉の横にあったのは、半球型に凹んだ細長い穴だった。


 丁度、自販機の小銭を投入する部分と同じような形をしている。


 その横には、自販機と同じように返却レバー?のような物が設置されている。


 その穴に、メダルが入りそうな気がする。


 


 入れるか?


 


 もしここに入れたなら、このメダルは取り出せないだろう。


 このレバーを引けば返って来るのか?


 確証は無い。


 この穴の下がどこに繋がっているのかも分からない。


 それでこの扉が、開いたとしても走っている電車の外が見えるだけだ。


 それなら、電車の圧倒的に開放された後方から、飛び降りるのと何ら変わりない。


 でも、もしメダルが落ちる音で何かが起こるなら、やってみるしかない。


 いや、変化は起こる。真実への道はここにある。


 ただの思い込みかもしれない。


 それでも、そう思い込むことが重要なんだ。


 


 僕はメダルを、扉の横の投入口に入れた。


 


 ちゃりん♪


 


 ……変化は?


 


 何も変わらない?


 扉は開かなかった。


 開けてみようと手をかけた。


 


 緩くなってる。


 扉は開いているようだ。


  でも、扉の外に何も無かったら、どうしよう。


 迷っている場合じゃない!


 


 僕は目を瞑って、思いっきり扉を開け、そこに飛び込んだ。


 真実がそこにある、それ以外考えずに、前に進んだ。


 


「……す……ぁ」


 


 ここはどこだ?


 誰かの声が聞こえてくる。


 電車の外では、ないようだ。


 地面の上に立っている。


 僕は、目をゆっくりと開ける。


 


 ここは、何かの監視室のような場所だ。


 映像が流れているモニターがある。


 人の背よりも大きなサイズのモニターだ。


 何故その事が分かったのか、それは実際にそのモニターの前に、人が立っているからだ。


 2人の面を付けた人間が、こちらを見ている。


 1人は僕と同じくらいの身長だが、もう1人は小学生くらいの子供だ。


 そのモニターの映像以外は、暗くて見えない。


 モニターに写っているのは……僕!?

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