3章 圧夢駅 その3

 直雄は※※※さんが死んだ真相を知っていた。


 それは、期限内にノルマを達成できなかった※※※さんが、罰則としてデーモンに殺されてしまった事だった。


 肉体がバラバラになるほど無惨に殺されたんだ。


 それを知っていて、何で平然としてられるんだ?


『木野、これは必要な犠牲なんだ。実際に誰かがこうならないと、ノルマの存在意義が無くなる』


『だからって、人を殺していい理由には、ならないだろ!』


『いや、そんな事はどうでもいい。これが現実かどうかなんか分かってねぇし。このことを咎める者は、この場にはいない。お前を除いてな』


『酷すぎないか?ノルマを達成しろって言われても。達成できなかったら殺されるなんて。そんな事、僕は聞いてなかった!』


『あぁもう!うるせぇな!音楽が聴こえねぇって言ってんだろ!デカい声出しやがって!』


『だから!音楽なんて今はどうでも――』


『どうでもいい訳ねぇだろ!!』


 直雄はその言葉に激怒した。


 その発言の声は僕には、聞こえないはずなのに、物凄い怒号を聞いたように感じた。


 怒っているのは僕の方なのに。


『こっちはそこに命かけてるんだ!人が死ぬのはこの会社のルールだ!この無音の空間は俺の作った曲だけが聴こえるんだよ!絶対にな!そういう風に出来ているんだよ!』


 俺が作った曲だけ聴こえる!?


 何が根拠で聴こえるんだ?


 それに、うるさいとか、騒がしいとか、なんで僕の声の大きさを気にしてるんだ?音は聞こえないはずなのに。


『他の社員には全員聴こえる。俺の作った曲の音だけがな。聴こえてないのは、お前だけだ。お前は、いい夢を持っていた。小説家になるんだろう?だったらこの事実を受け入れて、励むんだ!夢を叶えるには覚悟が必要だ!その覚悟を見い出せば、必ず聴こえてくる!』


『いや、それは違うよ。いくら夢を叶えるためだからって、殺人も許される訳ないんだ!悪いけど、君の音楽は僕には聴こえない』


 そうだ、もうここにいたらダメだ。


 僕は倉庫の出口へ向かって歩き始める。


『おい!どこへ行くつもりだ!?』


『僕は今すぐ、ここから出ていく』


『は?待てよ。出ていくって、どこへ行くつもりだ?』


『ここじゃない所に行く!』


『何言ってんだ?お前はここで働くと約束したじゃないか!仕事はどうするんだよ?ノルマは?夢は?全部放ったらかしにするつもりか!?』


『そうだ。僕は僕の意思でここから出ていく。この場所が現実かどうか分からないなら、出ていって確かめる』


『ふざけんなよ…そんなの許されるわけねぇだろ!』


『ふざけているのは、そっちだろ!夢とか、音楽とか、ノルマとか、それが、人の命より大事な訳ないだろ!』


『……』


 もう、これでいいんだ。


 ここにいたのは、直雄じゃない。


 直雄に似た別人だ。


 僕は倉庫の出口の扉に手をかけた。


 直雄――それに似た何者かは、下を向いて脱力していた。


『木野……お前には…もう、何も無い。夢も、友情も、人生も。がっかりだ…』


 今更、どう言われようと僕の心は変わらない。


『気をつけて帰れよ。デーモンにな』


 デーモン!?


 いや、奴が追って来れない所まで逃げるんだ。


『ノルマなんて、もう気にしてないよ。ここから出ていくんだからな』


『何を勘違いしているんだ?外を見てみろ』


『今更――え?』


 倉庫の窓の外は真っ暗だった。


 おかしい、僕が倉庫に入ったのは、確か夕方頃だった。


 それから、ほとんど時間も経ってないはずだ。


 既に日が沈んでるなんておかしい。


 いや、僕が入った時点で、倉庫は電気が消えていて真っ暗だった。


 本来なら夕暮れ時でも陽の光が射し込んでいる明るい場所なのに。


 どうなってるんだ?


『時間だ。お前、期限内にノルマを達成できなかったな?』


『まさか!?』


 僕は倉庫に置かれている時計を確認した。


 その時計は電波時計だから、時間はあっているはずだ。でもどうして?


『午前……0時』


『そう、お前もノルマを達成出来なかったんだよ。これで、お前も罰則の対象だ』


 来るのか!?


 あの、惨状を作り上げた化け物が、ここに!?


『お前こそ、俺の知ってる木野じゃねぇよ。だから、夢のために死んでくれ』


『おぉぉい!誰かぁっ!助けて下さいっ!』


 ドンドンドンと、音が出ないのに無意味に扉を叩くが、誰の反応もない。


 早く逃げないと。


 来る!


 だからっ!早く!開けよっ!


 ガチャガチャ。


 倉庫のドアノブにどれだけ力を込めて捻っても、扉は開かない。


 何で!?出られないっ!


 待って!?来るっ!まずいっ!


 


 直雄が呼んでくるのか!?


 そう思って直雄の方を見ると、彼の耳から血が流れていた。


 その手には、面!?


 面を持っている!?


 


 それを頭に被ると、面から白い垂れ布が出てきた。それで顔を覆った。


 あのデーモンがつけていた物と同じ、白い垂れ布だ。


 そして、直雄は真っ二つに折れたドラムスティックを取りだした。


『あ…お前……まさか!?』


『ヤッッヂマオォゼ、MUTEKIノカアダダ』


 意味不明な言葉と共に、その折れたドラムスティックを、思いっきり自身の両耳に突き刺した。


 


 直雄の身体はみるみるうちに、黒く変色し、筋肉が膨張していく。


 着ていた服が、その膨張に耐えきれずビリビリと張り裂けていく。


 マンガやアニメに出てくる、人体とは思えない程の巨大な身体。


 それが僕の目の前で出現したのだ。


 


 お前だったのか、あの恐ろしいデーモンの正体は!


 


 ※※※さんを無惨に殺した、デーモンと僕は今、向き合っている。


 そこに直雄の面影など存在していなかった。


 彼は既に、デーモンだったのだ。


『オォマァエアッ!』


 ズシンズシンと、音はしないが、デーモンは拳を振り上げ、こっち突進してきた。


『うわぁぁぁっ!』


 


 パチッ(消音)


 


 僕は咄嗟に電気を消し、その場でしゃがんだ。


 デーモンの拳が、僕の頭上を掠めたのだろうか、大きな風圧を感じた。


 逃げろ!


 僕は、ほふく前進でその場から離れた。


 多分、デーモンの両足の間を、足に触れることなく、通れたんだ。


 それだけじゃない、血溜まりと肉片が転がっている中を、這いずって逃げた。


 吐き気を抑えるのに必死だった。


 入ってきた時と同じ状況なのに、ここまで感覚が違うのか。


 


 またしても、暗闇と静寂が倉庫に訪れた。


 でも今回は、ここにデーモンがいる。


 早く逃げないと!


 でもどうやって?


 倉庫の出口はあの場所しかない。


 デーモンを、あそこから遠ざける必要がある。


 だが、もうベタベタとそこら辺の物を触って移動するのは、無理だ。


 あのデーモンがここに居ると確実に分かってしまった以上、そんな事はできない。


 それ以前に、もうここにある物に、触れたくない。


 


 ビチャッ(消音)


 


 っ!?


 僕の顔に肉片が飛び散ってきた。


 僕は、声を漏らさないように、血塗れた手で、口元を必死に抑えた。


 音は聞こえずとも、喋ってしまえば、場所はバレる。


 デーモンが暴れてるのか?


 ダメだ、ここでじっとしていても、いずれ捕まる。


 あの巨腕に掴まれてしまったら、助かる術は無い。


 


 僕もここで無惨に殺されるのか?


 


 いや、僕は絶対、生きて真実に辿り着く!


 動け!考えろ!


 この場から逃げる方法を!


「プァッジョンインギャダッ♪」


 


 何!?


 今、音として声が聞こえた!?


 その声は、デーモンが発している。


 何故ならここには、僕とデーモンしかいないからだ。


 分かる。


 あの意味不明な叫びは、デーモンの声だ。


 その声の元にデーモンはいる!


「ヅダァワラナィヨォォォ♪」


 だったら!


 僕は自身の足元を探った。


 触ってられないなんて、言ってる場合じゃない!


 そしてそこに落ちていた、※※※さんの腕を掴んだ。


 ごめんなさい!


 その腕をデーモンの声と逆方向に投げた。


「オワラナイデェイテッ!?」


 デーモンが投げた腕に反応して、こっちに来ているはず。


 僕はその場から後ろに身を引いた。


 また風圧が僕の前を横切った。


 移動した!今だ!


 ※※※さんには、申し訳ないけど、僕は犬にボールを投げる要領で、デーモンを扉から引き剥がした。


 扉に向かって行くぞ。


 僕はその場から動き始める。


 早く!扉にっ!?


 ドンっ!(消音)


 大きな何かにぶつかった。


「アンダヲミティルヨォォォ!?」


 それは、デーモンの背中だった。


 しまった!出るのが早すぎた!


 だが扉に向かって走り続けた。


 扉が開くのか、分からないけど、今は、止まるな!


 そしてドアノブを、力いっぱい捻った。


 ガチャガチャ。


 何度捻っても扉は開かない。


 やばい、デーモンがこっちに来る。


 開け開け開け開け開け!開けよ!


 


 ちゃりん♪


 


 その時、久々にメダルが落ちる音が聞こえた。


 何で聞こえた?


 いや、今はいい!


 えいっ!


 その音を気にする余裕もなく僕は、一か八か、扉に向かってタックルした。


 


 ガチャッ(消音)


 


 やった!開いた!


 僕はやっと倉庫から脱出できた。


 扉を開けようと手こずっていた時に、デーモンに追いつかれてもおかしくなかったが、何とかなった!


 この一直線の渡り廊下を突っ切れば、工場の出口だ!


「ドォリョクグァナンダッ!♪」


 デーモンはその巨体のせいで、両肩が出口に引っかかって、すぐには出てこれなかった。


 走れっ!


 僕は止まらず、工場の出口を目指した。


 そして難なく、工場の出口の扉に辿り着いた。


 デーモンはまだ、倉庫から出てこれてない。


 倉庫から出ようとしているのか、ドシンドシンと、何度も両肩を出入口にぶつけている。


 そのぶつける振動だけが僕に伝わった。


 それが、デーモンの力強さを表しているようで、改めて恐怖した。


 急いでここから脱出しなければ。


 脱出……脱出しなければ!脱出…脱出…脱出…あぁ…早く…脱出を!…何で!?


 またしても扉は開かなかった。


 早く出ないと!またデーモンが来る!


 他の出口は!?


 辺りを素早く見渡して、他の出口を探る。


 外の景色が写った窓が僕の目に入った。


 窓、そうだ!


 だが窓を開けようとしたが、どれだけ力を込めても、開かなかった。


 だったら、窓を割って逃げればいい!


『うおおぉっ!』


 窓を割ろうと力強く肘打ちした。


 ダメだ!ビクともしない!


「ヤッッチマオウゼ♪」


 デーモンは!?


 声が聞こえて、僕は倉庫の方を見た。


 既にデーモンは、体を捻って倉庫から出てこようとしていた。


 このままじゃ、追いつかれる!


 くそっ!


 僕は一旦、身を潜めるために、近くのロッカールームに転がり込んだ。


 そして、細長いロッカーの中に、自分の体を無理やり、押し込んだ。


 バタンと強く扉を閉める。


 はぁ……はぁ……。


 ここにいても結局意味は無い。


 でも、今脱出できないなら、デーモンに見つからない場所にいるしかない。


 見つかったら終わりだ。


 怖い。


 今、生きてるのが不思議なくらいだ。


 どうしてこうなった?


 なんであんな物が、存在しているんだ?


 


 ちゃりん♪


 


 また、メダル?


 その音とともに、僕は直雄との、思い出を漠然と思い出した。


 


 


「なぁ、木野。これめっちゃカッコよくね?」


「いいな、この曲!」


 その感想は僕の本心だ。


「なぁ!マジでこの人天才だわ!ホンマにすげぇ!」


 直雄は、僕に色んな曲を聞かせてくれた。


 一緒に色んな曲をカラオケで歌った。


 そして直雄は、自分が気に入った曲を作った作曲者を、とても尊敬していた。


 その人に心から憧れていた。


 自分もそうなりたいと、願っていた。


 高校を卒業した直雄は、働きながら、作曲家として本格的に活動を始めていた。


 だが現実は甘くなかった。


「よし、できた!新しい曲だ!後はアップロードするだけだな。よし、頑張ったから、なんか美味い物でも食おうかな!久々に!」


 直雄は、いつも家で食事をしているが、その日は久々の外食を取った。


「あっ、この曲は…」


 その店内で流れる音楽は、直雄がかつて憧れた作曲者の作った曲だった。


 その人は、世間的に人気になっていて、街中でも曲が流れる程だった。


 それを聴いた直雄は、何故か暗い表情になり、沈んだ気分のまま家に帰った。


 そして、自分が作った曲を今一度、聞き直してみた。


 憧れた人には、遠く及ばなかった。


「…何だ?…この曲は…」


 直雄は失望した。


 憧れていた作曲者と、今の自分を比べてみて、その圧倒的な実力差を明白に感じたからだ。


 まるで成長していない。


 そんな自分に苛立ちを覚える。


 それだけでは無い、作曲家は他にも沢山いる。


 自分より遅く曲作りを始めたのに、自分より上手い人は大勢いる。


 それらの事実が積み重なり、また苛立ちを覚える。


 その苛立ちは、自分だけでは収まらなかった。


 俺はいい曲を作った!


 それなのに、他にいい曲を作るやつが多すぎるから、誰にも見向きされないんだ!


 多い!多い!多すぎるんだよぉ!


 考え出すと、怒りが収まらず、暴れ始めた。


 物に自分の怒りをぶつけた。


「クソが!クソが!クソがっ!あんな奴らがいるから!あんな奴らが曲を作ってるから!誰も俺の曲なんて、聴きやしない!クソっ!」


 部屋にあった物を手当り次第、掴んで投げる。


 それが楽器でも、テレビのリモコンでも、本でも、何でも投げ散らかしていた。


 バギッ。


 たまたま投げた物が、置いてあったドラムスティックをへし折った。


 それを見て、正気に戻る。


 あぁ、何をしているんだ俺は。


 自分に呆れた。


 いつの間にか憧れた人を、冒涜していた。


 そんな自分は、何だ?何者なんだ?


 醜い、醜い、自分が嫌いだ。


 そう思っていても、嫉妬心は消えない。


 うつ伏せになり、何度も床を叩いた。


 何もかもが許せなかった。


 自分も、他人も。


 精神が壊れそうだ。


 


 そう思っていると、家の外から、例の作曲家の曲が大音量で聞こえてきた。


「うぁぁぁぁぁ黙れ!!」


 それは耳障りを超えて、もはや不快だった。


 耳を塞いでも、その音が耳にこべり着いたように離れない。


「くそっ!くそぉ!」


 


 音が憎い。


 


 もう何も聞きたくない。


 折れたドラムスティックに手を伸ばした。


 折れた切れ端が鋭く、ギザギザになっている。


「静かにしろ!あぁぁぁぁっ!」


 それを自分の両耳に突き刺した。


 痛みと引き換えに静寂を手に入れた。


「ヤッッヂマオォゼ、MUTEKIノカラダダ」


 この言葉は、自分が作った曲の歌詞だった。


 誰かに聞いてもらおうとして、発した言葉だった。


 外で流れている音楽は、自身の邪魔をしているように感じた。


 だから、外でその曲を流している原因を壊しに行った。


 例えそれが人間だったとしても、どうでも良かった。


 


 自分が作った曲だけが響く、誰もが自分のことを認めてくれる、そんな都合いい場所が欲しかった。


 


 それは、実現できたのだ。


 面の力を使って、全ての記憶を改ざんした。


 他人も、自分も、過去も、現実も、状況も、全て改ざんした。


 そうやって作られたのが、この職場だった。


 もう何の音も聞こえてこない。


 ここには自分の、曲だけが響くんだ。


 


 それが、直雄の過去だった。


 


 


 デーモンの言葉は、歌詞だったのか。


 僕は、今、その話を思い出した。


 いや、僕が直雄が高校を卒業してからの話は知らないはずだ。


 何で、僕がその話を覚えているんだ?


 なぁ、何で、そんな思いをしてるのに何も言ってこなかったんだ?


 なぁ、どうしてそんな、悲しい目を僕に向けているんだ?


 


 ロッカーの空気穴から覗いている僕は、いつの間にかデーモンと目が合っていた。


 デーモンは白い垂れ布をめくって、僕の顔を見つめている。


 それなのに、デーモンは襲ってこなかった。


 僕を見つめるそのデーモンの素顔は、間違いなく直雄本人だ。


 ここに来た時、直雄は唯一面を付けていなかったから、何も起きてないと思っていたが、そうではなかった。


 彼は苦しんだ末、こうなってしまった。


 面の力が、その悲しみを糧にデーモンを生み出してしまったのだ。


 だったら、彼の心はまだ残っているんじゃないのか?


 僕の声を耳障りだと言った彼なら、僕の声が届くのではないのか?


 デーモンはこっちをずっと見つめている。


 この状況を打破するためには、それに賭けるしかない!


 それが唯一、直雄を救えるかもしれない方法でもあるんだ!


『なお!正気に戻れぇ!』


「オマエラッ!♪」


 っ!?


 デーモンはロッカーのドアをこじ開け、僕の首をガッシリと掴んだ。


 ダメだ!心は残っていない!


 そのまま、ロッカーから僕を引きずり出した。


『くそっ!離せ!なお!なお!頼む戻ってくれ!』


「アンタヲミテイル!♪」


 僕の言葉に対しての反応は無かった。


 そしてどれだけ抵抗しても、力が緩まることはなく、無意味だった。


 


 終わった。


 


 持ち上げられ、その腕でバラバラにされる。嫌だ!そんな死に方、絶対に!


 


 ちゃりん♪バギッ!


 


「!?MUTEKIノカラダガッ!?」


『かはっ!』


 デーモンは僕を離した。


 何が起こった!?


 でも今だ!


 片手を着いて、立ち上がると同時にその場から去ろうとした。


 その時、床に何かを引きずったような、跡が見えた。


 それは平行な2本の直線だった。


 僕はロッカールームを出て、今度は倉庫の方へ離れた。


 どうして助かった?


 あの時何が起こった?


 あの時…メダルが…落ちる音!?


 


 助かった理由を考えていると、今度はすぐにロッカールームから、デーモンが出てきた。


 だが様子がおかしかった。


 


 デーモンは、ロッカールームの扉に手をかけ、片足を引きずっていた。


 よく見ると、その片足は歪な方向に折れ曲がっている。


 何かにぶつかったのか?


 いや、その程度で折れるような足には見えない。


 そのせいでデーモンの移動速度は格段に落ちていた。


 廊下を通ってこちらに来るまで、さっきよりも、時間がかかるはずだ。


 だが、どうする?


 また倉庫に戻るか?


 いや、それじゃ一生ここから出れない。


 現場の方に行っても、それは同じだ。


 どうすれば!?


 僕は倉庫の入口の方に、後退りした。


 ちゃき。


 っ?今、何かを踏んだ。


 この状況で、そんな事、気にしている場合では無い。


 そのはずなのに、僕は踏みつけたそれを拾った。


『メダル?どうしてここに!?』


 メダル、落ちる音、2本の直線跡、折れたデーモンの足。


 何だ?


 何かが繋がりそうだ。


 ……はっ!?


 僕はここに来た時のことを思い出した。


 あの時も、メダルの音が聞こえていた。


 それらのバラバラな情報から、1つの結論に至った。


 そしてたった1つ、この場を切り抜ける方法が分かった。


 だか、それをすると直雄はもう2度と元に戻らないだろう。


「ハァヤク、ナントカシテクレヨ〜♪」


 デーモンは、叫びながら、遅くとも着実にこちらに近づいている。


 


 だが、もう下がらない!


 


 僕は拳を握り、親指の上にメダルを乗せて前傾姿勢で右手をを前に突き出した。


 メダルを落とさないように、手首を支え、震えを抑える。


『僕は、ここから出ていく!』


 そして、指でメダルを宙に弾いた。


 その行為に、意味があるようには思えないだろう。


 だが、この弾いたメダルが床に落ちる、その瞬間。


 


 ちゃりん♪


 


 その時、音は、発生する!


 その音が導くのは、


『電車だ!』


 フォオオオオオン!!!


「ナッ!?」


 グチャッ!


 


 虚空から突如、電車が現れ、デーモンを轢いた。


 


 本当に、あの痕跡は電車が通った跡だった。


 あの足は電車に轢かれたんだ。


「あ…あぁ…」


 デーモンはその半身を電車に潰されて、弱っていた。


 だがデーモンはまだ息がある。


 でも、もう助からないだろう。


 


 直雄は、もうそこにはいなかったんだ。


 僕はこの場所から出る。


 そして、真実を求めて、明天の所へ行く。


 これは僕の意志だ。


 


 そして、ここから脱出する方法は、恐らくこの電車だろう。


 この電車に乗れば、ここから脱出できるはずだ。


 僕は落ちたメダルを拾い、電車のドアに近づいた。


「………行くのか?」


『っ!?』


 直雄の声がした。


 僕はその言葉に引き止められるように、その場で立ち止まった。


「早く行けよ。こっから出てけ…そしてここに……二度と戻って来るなぁ!」


 僕は黙ったまま、直雄の話を聞いた。


「お前が、俺の夢を否定して、俺の職場を壊した。なのに罰則を受けねぇなら、戻ってくんな!絶対に!絶対にぃ!」


 僕は振り返ることも、頷くこともせず、電車に乗りこんだ。


 


 直雄に言われなくても、僕がもうこの場所に戻ることは、二度とないだろう。


 戻ることは無い、今までに亡くなった人達のためにも、真実を追い続けるんだ。


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