3章 圧夢駅 その1

 突如現れた電車、その窓に明天(あす)の姿が見えた。


 メダルを指で弾きながら、こちらを凝視している。


 付着した鮮血が見えた事から、そのメダルが僕が追っていたメダルだと、理解した。


 明天、お前に聞きたい事が山ほどある。


 だが、お婆さんをこのまま置いて行けな……あれ?


 僕に抱えられていたお婆さんは、いつの間にな居なくなっていた。


「消えた!?」


 突如現れた電車の方を見て、驚愕していたとはいえ、手の感触、重み、温もり、どれに変化も感じなかった。


 周囲を見渡してみても、お婆さんらしき人物の姿は見えず、何も聞こえず、その気配すら無かった。


 例え生きていたとしても、あれ程多くの血を流して、すぐに動けるはずは無い。


 ただ、辺りに飛び散っていたはずの、お婆さんの血も消えている。


 まるで、さっきまでの事がなかったかのように。


 僕の視点は再び、電車の中にいる明天に移る。


 今は、消えたお婆さんのことを探すよりも、この明らかに場違いな電車に乗り込み、明天の元へ行く。


 それしか道が無いような気がした。


 だが、それで本当にいいのか?


 戸惑っていた僕はお婆さんの言葉を思い出した。


『わしも真実を受け入れた。だから、あんたも真実を追いかけて』


 


 お婆さんが、死にものぐるいで、最後に僕に言ってくれた、忘れちゃならない言葉だ。


 お婆さん、僕は真実を追いかけます。


 どこにいるか、生きているのかも分からないけど、自分で決めた事は最後までやり遂げます。


 僕は、迷いなく開いている電車の扉へと走っていった。


 


 すぐにでも発車する訳でも、満員でもないが。僕は満員電車にギリギリで駆け込むサラリーマンのように、急いで駆け込んだ。


 真実を知りたい、その思いが行動を早める。


「明天!」


 だが、真実は遠のく。


 席にも、扉にも、どこにも明天の姿は見えなかった。


 それどころか、電車内には誰もおらず、ガランと静まり返っていた。


 外はすっかり夜も更け、真夜中の森林が窓に映る。その情景がまるで終電の電車を連想させた。


 だが地方のローカル線の終電だ、誰1人乗っていなくても違和感など無いだろう。


 だが、外から僕は見ている、電車に乗っている明天の姿を。


「…どこに?」


 明天が移動する様子はなかったし、この電車は一両編成だ。移動する場所なんてどこにもない。


『発車します』


「うわっ!?」


 アナウンスと共に電車は急発進した。


 僕は不意に動いた電車に対応できず、転けてしまった。


 ガタン、ゴトン……ガタン、ゴトン。


「動いてる……」


 外の景色は木々の交差が続いていた、本当に山の中を走っているんだ。


 線路も無く、酷い傾斜と木々に囲まれた電車は、真っ直ぐにブレることなく前に進んでいた。


 まるで幽霊のように物体をすり抜ながら行っているようだ。


 気味が悪い。


 電車内のどこかに明天が隠れているのではないか?


 そう思って一つ一つの座席の下を調べる。


 居ない。


 もしかして運転席?


 一番奥の扉を開けようとしたが、扉の窓に映っていたのは外の景色だった。


 おかしい。あれっ?この電車もしかして!?


 僕はこの電車に運転席が無いことに気づいてしまった。


 そもそも、こんなところに現れた電車だ、おかしな事だが気にしていてはキリがない。


 ちゃりん♪


『本日はこの電車をご利用いただき、誠にありがとうございます』


 何故か、ちゃりん♪という音ともにアナウンスが流れ出した。


 スピーカーなんて見当たらないのに。


『この電車は快速、圧夢駅行、途中停車駅はございません』


 圧夢駅、仕事から帰る道で見かけた、交通案内の看板に書かれている、僕の知らない駅だ。


 そこに向かっているのか?


 てか、誰が喋ってるんだ?


 また、明天の仕業なのか?


 この電車に乗ったのは間違いだったような気がする。


 だけど今更引き返せないし、走行する電車から飛び降りる勇気なんてない。


 それ以前に窓も開かないし。


『この電車の、運賃は夢です』


 このアナウンスの声も、誰なのかは分からない。


 何?夢が運賃?


『お客様が、お持ちの将来の夢、それがこの電車を動かし、圧夢駅へ向かって行けるのです』


 将来の夢。


 あるには、あるが、仕事で手一杯で、最近は思い返す事も出来なかった。


 いや、そうじゃなくて、それで納得できるか。


 それなら、将来の夢を持った人なら誰でも乗れるじゃないか。


 この電車の事も分からないが、終点の圧夢駅ってなんだ?


『圧夢駅は、夢を持ったお客様の夢を叶える職場でございます。そこでは、仕事よりも夢を叶えることが優先されるため、心が豊かで安定しながら、生活していくことになります』


「生活!?」


 いや、住まないだろ!


 僕はただメダルを追ってきただけだ。


 明天が持っているメダルを、一目見れればそれでいいんだ。


『ご案内は以上です。ご清聴ありがとうございました。しばしの間にはなりますが、電車の旅をお楽しみください。昨日までの事を振り返りながら』


 それから、アナウンスは聞こえなくなった。


 車窓の景色は森林から変化は無い。僕は座席に座り、夜の森を眺めながら、アナウンスの言ったことを整理していた。


 


 圧夢駅?運賃は夢?


 昨日までの事を振り返る?


 


 圧夢駅は、どうやら職場らしい。


 将来の夢を持つ人が働きやすい環境だと言っていた。本当にそんな場所など存在するのだろうか?


 


 昨日までの事か……会社でのあの事件から、ずっと長い夢を見ているようだ。


 電車に乗る前の老婆と犬の事もそうだし。


 会社で起きた事件、門宮が事故死ではなく……に殺されて……?


 誰に?……殺されて?


 いや、殺されたのは事実だ、でも、誰に!?


 ついこの前の出来事だ、忘れるはずがない!


 今でもあの光景が、脳裏に焼き付いて離れない。


 犯人の事は決して許してなどいない。


 それでも、思い…出せない。


 


 誰が門宮を殺した?


 


 メダルを、真実を追わなければ。


 


『間もなく、終点、圧夢駅〜圧夢駅〜』


 早っ!もう着くのか?


 外の景色は相変わらず、暗闇の森の中だ。


 乗ってからまだ5分も経ってないのに。


『降りの際は、忘れ物に注意してください。それと、圧夢駅に関して、1点、注意がございます』


 注意?


『圧夢駅では、あらゆる音が一切、聞こえません』


 音が聞こえない!?どういう事だ?


『ですが、ご安心を。音が聞こえなくても意思疎通は可能ですので、現地に到着すれば分かります』


 はぁ……。


『ここまでの長旅、ご苦労さまでした。アナウンスは、この明天、が務めておりました。いやぁ、あなたは最後まで気が付きませんでしたね〜』


 やっぱりそうだったか。


「明天!そこにいるなら答えてくれ!僕を何処へ連れて行く気だ!」


『間もなく電車が止まります。到着しました。圧夢―――』


 無視か。


 電車が止まった瞬間、アナウンスの声が途切れた。


 だが、僕にはハッキリと喋っていたように感じた。


 圧夢駅と。


 


 電車の扉が開く、僕は恐る恐る外を覗いた。


 そこに見えたのは、


「会社!?」


 僕が務めている工場の入口だった。


 職場に連れて行きたかったのか?


 電車から降りて、そこに近づいた。


 間違いない、僕はこの入口を通って現場に入る。


 ちゃりん♪


「何?」


 音がして振り向くと、電車は既に過ぎ去っていた。


 周りの景色も、何もかもが同じだ。


 ただ、何の音も聞こえてこない、風や虫、車や人が出す環境音が聞こえてこない、不自然な静寂に包まれていた。夜だから、そんなに違和感は無いが、それにしても静かすぎる。


『静かだ』


 自分の声すら、聞こえなくなった。


 耳が聞こえなくなったのか?


 そう思っていると、工場からスーツ姿の男が歩いてきた。


『木野様ですね。お待ちしておりました』


『誰――』


 その男が近づいた瞬間、それが見えてしまったため絶句した。


 


 この人は、面をつけている。


 


 この人も、記憶の改ざんを起こしているのか。


 いきなり出くわすとは。


 だがこのまま、見過ごす訳にはいかない。


 面が付いた人が見れるのは僕だけなんだ。


『あ、あの僕になにか?』


『ようこそ圧夢駅へ!ここは、夢を叶える職場!ご案内致します。どうぞ、中へお入り下さい』


『分かり…ました』


 僕はその人の後ろに着いて歩き、工場の中に向かっている。


 足音は当然聞こえない。


 あれ?


 だったら何で普通に会話出来てるんだ?


 誰の声も聞こえてこなかった。


 それなのに、あの人の伝えたい言葉はハッキリと分かった。


 声を発していないはずなのに、どうして理解できたんだ?


 何も理解できないまま工場に入った。


 


 そこで、見た異様な光景に今度は耳だけではなく、目も疑った。


 何かを選別する人も、機会をメンテナンスする人も、掃除をしてる人も、現場監督の様な人も。


 働いている全作業員は、面を付けているじゃないか!?


 工場を隅々まで見渡したが、誰もが面をつけていた。


 その人数は、見えるだけでも30人近くはいる。


 工場に勤務している人が全員が面を付けているのか?


 そんな状況でどうやって仕事が成り立っているんだ……。


 というか、この作業はリサイクル業務だ。


 僕が働いてる会社と同じじゃないか。


『明天から話は伺っております。さぞ、ご立派な夢をお持ちだと。ここの仕事は、木野様の現職と変わらず、ほとんど同じ作業ですので、仕事に慣れるのも早いでしょう。是非、就職をご検討ください』


 就職?


 いやいやいや、話が進みすぎてるって!


 でも、この人やこの会社は明天と繋がりがある。


 だったら、ここに就職してメダルの手がかりをつかみに行くしかない。


 この状況も、この場所も現実じゃないだろう。なら進み続けて真相を見つけてやる。


 


 その後、色々な作業風景を紹介されたが、面をつけた人が多すぎるため、気が散って頭に入ってこなかった。


 やはり、ざっと見渡しても、僕の職場と同じ作業ばかりだった。


 あらかた工場内を見回った後、事務所に案内された。


『失礼します、お連れ致しました。木野様です』


『お邪魔しま――』


『よっ、久しぶり!木野!』


 そこに待っていたのは、僕が学生時代の時によく遊んだ友達の1人、直雄(なおたけ)がいた。


『なお!?どうしてここに?』


 面をつけた人が多くいる中で、どうして彼の事が分かったのか、それは彼だけがこの工場で唯一、面を付けていなかったからである。


 直雄は事務所の中央にある大きな机にひじを乗せて、頑丈そうな椅子に腰掛けながら話しかけてきた。


 いや、よく考えろ。直雄は高校を卒業してすぐ上京したじゃないか、こんな所にいる訳がない。


『まぁ、色々戸惑うことはあるだろうが、とりあえず座りなよ』


『なお、どうしてここに?東京に行ったんじゃ?』


『あぁ、行ったよ。でも今はここで人事部として働いてる』


 僕は直雄と向かい合わせになるように、椅子に座った。


『では、私はこれで失礼します。後はごゆっくり』


『ご苦労さん』


 ここまで案内してくれたスーツ姿の男の人は、出ていった。


『さて、何から話すか…』


『ここは、一体どういう場所!?』


『職場だよ、仕事をする所』


『いや、そうじゃなくて!山の中を走る電車!?音が聞こえない空間!?僕の職場と同じ環境!?夢があれば働ける!?何一つ納得できる事がないよ!』


『まぁ、そうなるよな』


『今だって、声が聞こえないはずなのに会話ができてる!それに、面――』


 いや、面の話はしない方がいい。


 直雄が面をつけていたかどうかは分からない。


『面?』


『い、いや、何でもない。おかしな事ばかりで気が滅入りそうなんだ。分かってることだけいいから、説明してくれ』


『分かってるって。まずこの職場は、夢を持つ人が、夢を叶えるための職場だ。そのための政策が施されている』


『その政策って?』


 


 直雄は、夢を叶えるための政策を語り始めた。


 


・働く条件は社員は全員、夢を持つ事


・その夢を叶えるために、目標を立て、1日に少しでも、僅かでもいいので、目標達成に向けて努力する事


・会社はそれを全力でサポートする事


・あらゆる税金や、食費、生活費、日常生活で発生する費用を、全て会社が負担する事


・夢に関することなら、有給は自由に取れる。勤務時間は1日4時間。仕事よりも夢叶えることが優先される。


 


『こんな所かな。しかも会社の近くに寮がある。家賃も会社が負担するから、何も心配ない』


『その勤務体制で、どうやって成り立っているんだ…』


『細かい事は気にしなくていい。お前にも夢があっただろう?』


『あるには、あるが…』


『だったらそれを叶えるチャンスだ!普通に就職したヤツは、会社のためにこき使われて、定年まで会社のためだけに働いて終わる。そうなりたくないだろう?』


『それは、そうだけど。いくら夢を叶えることが素晴らしいからって、こんな職場はおかしいよ!現実味が無さすぎる!』


『現実味?』


『そうだ、現実じゃないよ!こんなの!』


『はぁ、現実ってさ、お前は何か分かってるのか?』


『それは…はっきりとは言いきれないけど、常識的に考えて、この状況が、おかしい事は分かるよ』


『人は常に’’楽’’に生きようとする生き物だ。この’’楽’’とはその人の価値観よって決まってくる。俺は夢を叶えたかった。夢を叶えるために生きる事が、俺にとってと’’楽’’な生き方だからだ』


『それが何なのさ?』


『お前は現実かどうか気にしているが、俺は苦労しながらも、この会社を立ち上げ、今もこうして夢を叶えるために働いる。それで成り立っているんだ。この軌跡は嘘じゃない。有り得ないような話も現実には存在するだろう?』


『そりゃ……そうだけど』


『もしこれが仮に、寝て見る夢、だったとしたら、途中で目が覚めるはずだろう?覚めるまで気付かないのなら、それまでは、現実と変わらないさ。覚めない夢は無いだろう?』


『……』


『だったら、覚めるまではこれは現実なんだ。それまでは、全力で生きた方がいい』


 


 おかしな事ばかり起こった。


 全て現実じゃないと、思っていたが、直雄の話には筋が通っている。


 明けない夜は無いように、覚めない夢はないんだ。


 それに、いくら否定したって、別の道は無いじゃないか。


『分かった。君の言っていることは否定しないよ』


『それでいい』


『だとしても、どうしてこの場所は音が何も聞こえないんだ?』


『静かでいいだろう』


『答えになってないよ』


『まぁ、俺も明確には分かってないんだよな。いつからこうなったのか?どうしてこうなったのか?でも会話はこうして成り立ってんだ。問題ないさ』


 工場だと大ありな気がする。


『それに音が全く聞こえない訳じゃないぞ。ほら、これ聴いてみろよ』


 そう言って、直雄はポケットから自分のスマホを取りだして、音楽再生のアプリを起動させた。


 慣れた手つきで、画面を操作しながら、一つの音楽を再生させた。


 画面から見えた、その音楽のタイトルは、『見ている。』


 明天が、僕に言った言葉『見られている』と似ている気がした。


 そして直雄が再生ボタンをタップした。


『俺が作った曲だ。どうだ?聴こえるか?』


『…………?』


 再生画面のシークバーは確かに動いている。


 音楽は再生されているはずだ。


 だが音楽は聴こえてこなかった。


『いや……何も』


『そうか……まぁ、お前にもいずれ聞こえるようになる』


『だったら、そうなるように努力するよ』


『お?その言葉は、ここで働くことを認めるってことか?』


『一応、そういうこと』


『よっしゃあああっ!頑張ってくれ!』


 直雄は、僕に握手を求めてきた。


 僕は差し出された手を握った。


 どの道ここで働くしか、真実を確かめる方法は無いんだ。


 待っていろ、明天。


 僕はどんな手を使ってでも、真実に辿り着いてみせる。

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