1章 忘れられた変死体 その3

メダル、神社の看板、明天(あす)の服、それらに描かれていた肖像画は、肖像画ではなく鏡だった。


 それは僕自身の姿を写しており、それは僕の方をずっと見ている、と明天は言った。


「その面(めん)が原因なんです。今回の事件は」


「これが、僕の姿?」


 鏡には言葉では形容し難い、不気味な面を着けた僕が写っている。いや、ありえないだろ、大体こんな姿になってたら、朝鏡を見た時点で気づくだろ。


 


 いや、僕は、本当は知っていた。


 思い出した。


 わざと忘れていた、昨日の記憶を。


 


 昨日、僕は門宮と共同で、破砕機のメンテナンスの作業をしていた。


 僕は工具を取りに、一旦離れた。


 そして必要な工具を持って帰ってくると、そこにはリーダーに殴られている門宮がいた。


 僕は怖くなり、その様子をただ見ていた。動けなかったのだ。


 門宮は声を荒らげることなく、動かなくなり、破砕機の投入口に身体を無理やり突っ込まれた。


 そしてリーダーは、なんの躊躇いもなく、破砕機のスイッチを入れたのだ。


 ぐちゃぐちゃ、ベギィ!ゴギッ!ちゃりん。


 肉と骨が碎ける音が響いて、機械は停止した。


 落ちたメダルの音に反応して、リーダーは振り返った。


「あ…………」


 僕はリーダーに見つかっていた。


 呼吸は荒く、血走った目で僕を見つめている。


 そして焦りながら僕の方へ、迫ってくるリーダーに対して、僕はこの事実を忘れたい。そう強く強く思った。


 そしてこの事実を忘れる事にした。


 リーダーも僕も、工場のみんなも、忘れた。


 事故は起きていない。そう記憶は改ざんされたのだ。


 僕は、嫌な現実に直視して、忘れたいと強く願うと、僕自身の記憶を含めた周囲の人間の記憶を改ざんできる。


 願う度にその事を思い出すんだ。


 そしてこの時、改ざんした、全ての記憶を思い出す。


 そして今、明天の言葉で、僕はこの事を思い出した。


 


 だが、今回は記憶の改ざんは起きなかった。何故だ?


「それは、真実に気づいたからですよ」


「くっ!」


 僕は逃げるように走り出した。


 忘れたい!忘れたい!忘れたい!


 違う、これは真実じゃない!ありえないだろ!僕が記憶を改ざんしたなんて!デタラメだ!そんな事、あるわけが無い!


 僕は工場の普段は使われない古い倉庫へ駆け込んだ。


 時間を稼げば、記憶の改ざんがまた起こると思ったからだ。


「はぁ、はぁ、忘れろ!忘れろ!忘れろって!」


 願っても何も起きない、こう願うと全て忘れられたと思ったのに。僕は悲しみを知らずに生きていたいんだ!忘れろ!


 ふんっ!と頭に力を入れるが、無意味だった。


「…思い出したぞ、木野」


 リーダーの声が聞こえた。


 記憶を取り戻したのだろうか。


「お前、見てたんだな」


「僕は、何も……何も知らない!!」


 逃げようとした。


 だが倉庫は狭く、使わなくなった機械や大量の備品が敷き詰めるように置いてあり、さらに僕は倉庫の奥の方にいたため、身動きが取れなかった。


 それを知っているからか、リーダーはゆっくりと近づいてくる。


 涙が溢れてくる。


「門宮は、知ってはならない事実を知った。だから殺した。どうして今までこの事を忘れていたのか、分からないが。全て思い出した、お前も殺さなくちゃならない」


「止めて……ください!絶対誰にも言いません!」


 信じられない。


 リーダーが、こんな人殺しをするなんて。


 忘れたい。


 嫌だ、殺されたくない。助けて。


「お願いします、待って!」


「……」


 これが僕の罪、なのか?


 嫌な事から逃げた僕の。


 僕は殺されなきゃいけないのか?


 違う!そんなわけが無い!悪いのはあいつじゃないか!


「僕は、僕はもう警察に話してます!」


「何!?」


「あなたが殺したという事実をね!」


 そうだ、あいつは門宮を殺した殺人者だ!その事実は間違いないじゃないか!殺しがバレたらきっと動揺する!そうだ、追い詰められているのはあいつの方だ!僕は僕の決断を信じる。


 自分の命がかかっているんだ、それだけじゃない、門宮を殺した犯人を絶対に許さない!


「僕を殺せば、お前の犯行は明白にな……」


「黙あああぁぁぁれ!!!!!」


「うっ!」


 僕の言葉はただの煽りにしかならなかった。リーダーは両手を広げ、発狂しながら僕の首を掴んできた。


 抵抗したが、力及ばず。リーダーは僕の首を思いっきり、絞めてきた。


 リーダーは血走った目をぎょろぎょろとさせながら、腕に力を込める。


「ぁ……ヵ……」


 息ができない。めっちゃ苦しい。


 僕の目玉が飛び出そうだった。


 それでもリーダーの手は緩まない。


 あれ?どうして?僕は間違ったのか?


 意識が…………遠の………く。


 せめて……この事実だけでも……忘れ……たかっ……た。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


ちゃりん♪


「その手を離しなさい」


「痛っ!お前は!?」


「ガハッ!ゴホッ!」


 意識が戻った。


 四つん這いで、僕は嗚咽しながら、必死に息をする。


 僕の視線の先にメダルが見えた。


 明天の声が聞こえる。


 僕は勘違いしていた、本当のヤバい人はリーダーだった。


「どうしてここが!?」


「いやぁ、あなたが知る必要は無いですよね。取り抑えなさい」


「はっ!」


 近くにいた、他の警官がリーダーを捕まえて、そのまま連行していった。


「怪我はありませんか?」


 僕は明天に、泣きながら謝った。


 どれだけお礼を言ったか分からないほど感謝した。


 それと同時に、自身の浅はかな行動を悔いた。緊迫した状況下ではあったが、あの時、命乞いをしていれば首を絞められる事も無かったかもしれない。


「いやぁ、私も同じくその面をしていましたから。同じ過ちを犯しています」


 明天も、かつて僕のように、記憶の改ざんをやっていたらしい。


「でも私は、もう既に治っています。あなたもそうですよ、ほら、何も映らないしょ?」


 明天の服の模様、肖像画の様な刻印は見えなかった。


 明天はどうやら、このメダルを投げつけて、リーダーを止めたらしい。


「あなたの面は取れました、記憶の改ざんは、もう起こりません。ですが、面をつけた人は、この世にまだまだ存在します。あなたにもその人たちが見えるはずです」


「でも、僕はその人たちに何をすれば?」


「真実と向き合わせれば、面は取れます。私があなたにしたように。いいですか?面はあなたにしか見えないのですよ」


 明天は、そう言うと立ち去ろうとした。


「分かりました。本当にありがとうございました!」


「……おや……あなた、まだ見られていますよ」


「え?」


「では」


 明天は去った。


 


 それから、一夜明け、僕は新しく生まれ変わったような気分なった。


 これで門宮が報われたのかどうかは、分からない。


 ただ一つだけ気がかりな事があった。


 明天は、『もう面は取れた』と言っていたが、本当にそうだろうか?


 確かめる方法は、あのメダルや、神社の紋章をその目で見ることだ。


 いや、あの場所にはもう正直行きたくない。真実と向き合う必要は無くなったのだ。事件は解決したのだ。


 ……それでも、真実と向き合う必要がある。


 僕は真実を否定した結果この惨劇を起こした。


 だったら、最後の最後まで、自分の目で真実を確かめよう。その責任がある。


 恐怖心もあった、もしあのメダルにまた、あの不気味な仮面が映っていたら、僕はまた記憶の改ざんを起こしてしまうのだろうか?


 そう思った僕は仕事終わりの夕暮れにあの神社へ向かった。


 山は暗いので、携帯のライトで照らしながら進む。すぐに神社が見えた。


 あ、人影だ。隠れないと。


 ライトを消して息を潜め、コッソリとその人影を覗いてると、どうやら、賽銭箱の前に立っているようだった。明天?なのだろうか。


「まずいな……」


 僕にも言えたことだが、明天らしき人物は、賽銭箱をしばらく覗き込むと何かを確信したのか、おもむろに賽銭箱を持ち上げたのだ。


「えっ!?」


 声が出てしまった。


 賽銭箱を持ち上げるのはかなりの力が必要なはずだ。だが明天は、それを軽々とやってのけた。


 声で居場所がバレたのか、その人はこちらを見ると、ニヤッと笑みを浮かべながら、山の奥へ走り去ってしまった。


 賽銭箱の小銭が踊り、ちゃっちゃっ♪っと音が辺りに響く。その音は次第に遠くへ行った。


「明天……だった。あ、メダル。やべぇ!メダル持ってかれた!?」


 状況は理解できないが、今、明天はメダルが入った賽銭箱を箱ごと持っていったのだ。


 どうして……。

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